美しい男
地方とはいえ中心地というだけはあって、人が多くいる。軒を連ねる店を、通りを歩く人々が覗き込んでいた。道幅は大人二人が両手を広げたくらいでそれほど広いというわけではないが、そこに人が無尽蔵に歩いている。イメージとしては祭りの時に見る屋台の通りに似ていると思う。人と人との間隔は狭く、人垣をぬって走るアンナに冷や冷やする。
「おねえちゃん!おねえちゃん!!」
先にいるアンナが、後ろ歩きで結希に手をふる。危ないと注意する前に、アンナが誰かとぶつかり、しりもちをついた。
「あ、アンナ!!」
慌てて駆け寄り、アンナを立たせて、おしりの埃をはたいてやる。
「……ごめんなさい」
そう言い項垂れるアンナの頭を撫でてから、そのぶつかった人の方へと顔を向けた。
「あの、どうもすみませんでした」
頭を下げる。頭上から丁寧な声音の男性の声が聞こえた。
「大丈夫ですよ」
ぶつかった男の手が優雅に差し出され、顔をあげるように促される。その仕草は洗礼されたもので、今まで出会ってきた人たちとは違うものを感じた。もしかすると高貴な人なのかもしれない、そう思いながら結希は顔を上げ、男の顔を見る。
「――!?」
男の目が見開かれるのがわかった。次いで、息を呑む。まるで幽霊でも見ているかのような反応だった。
「あ、あの――?」
思ってもいなかった反応に戸惑いつつも、かろうじてそう返すと、男は我に返ったように「ああ」と一呼吸おいて、声を出した。
「失礼、しました。……知人と似ていたもので、驚いてしまい」
「そう、なんですか?」
それだけ言うと男は結希から目を背けてしまう。そんな様子が気になって、結希は男をよく見た。墨を広げたような漆黒の黒髪は細く真直ぐで、それに囲まれた顔の輪郭はシャープ。涼やかな目元は笑えば人好きのしそうな様相で、蝋の様な白い肌。身長は結希の頭一つ分ほど高く、歳は二十代後半くらいだろうか。
(――きれいな人、だな)
素直にそう思った。キールの白銀の幻想的な美しさとは反対の、黒く刺すような美しさがあった。けれど、それは酷く危なげな美しさだと、男の瞳を見て思った。人のよさそうな表情の奥に冷やかな色が見える。しかし、冷やかだけでない、どこか儚げな……。
(大人の、それも男の人に対して儚げだなんておかしいか)
そう思って、結希は思考を中断した。今更ながら、まだよく知りもしない人をまじまじ見るなんて不躾だと思いなおし、目を逸らす。
「本当に、ぶつかってすみませんでした。……じゃ、じゃあ、私達はもう行きますので」
横にいるアンナの手を握る。一人残しているキールのことも気がかりで、そうそうに立ち去ろうと口を開くと、男は結希達に視線を戻した。
「そう、ですか」
「――?」
一瞬寂しそうな顔をする男に首を傾げる。初めて会ったはずなのに、どうしてそんな顔をするのだろう。気にはなったが、こんなきれいな人に会ったら、いくらなんでも忘れないだろうし、ほんとに知人に似ていただけなのだろう。そう思って、歩きだした。
男の影が遠ざかっていく。男がいつまでも結希達の消えた方向を見ていることにも気づかずに。
そういえば、今頃キールはなにをしているのだろうか。一人森の中で待っているキールを想う。なにかしたいことがあるような感じだったけれど、それはなんだったのだろうか。
「おねえちゃん、どうしたの?」
下から見上げるアンナの目とかち合う。結希は首を振り、笑みを浮かべた。
「ううん、なんでもないよ。さ、行こう?キールが待ってる」
そうだ、キールとは森に戻れば会えるのだ。その時にでも、聞いてみよう。結希はそう思った。
その後、しばらくキールとは会えなくなるということを、この時は思いもしなかった。
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トップルのすぐそばにある森の中、気配を隠して周囲の様子を探る。都市部で店が多くあるため、品物の卸や、運送、販売を生業とする者が多く、狩人は少数。そのためか、ワスレジの森近辺に比べて森への人間の出入りは極端に少ない。それでも周囲を警戒しながら先へ進み、街を覗ける位置まで来る。結希達が戻った時に入れ違いにならないためにも、出来るだけ街の様子を探れる場所まで来たかった。ワスレジの森から南下したためか、以前に比べ風が温かい。空は厚い雲に覆われてはいるものの、雪もほとんどなく、木の葉が揺れている。
「まだ、か」
結希達の姿が見えないことに、そう結論付けてしばらく街の様子を眺める。森のなかの今いる場所から街までは百メートルほどの距離がある。しかし、ウヴェーリの視力ならば容易に見通せる距離だった。
なに気なく、街の様子を見る。人々が店を見、子供が駆ける、そののどかな姿に複雑な思いがこみ上がる。ウヴェーリがこの中に混ざり生活をしていたことがひどく懐かしい。動物の姿で人の言葉を操るウヴェーリを神の使いだとして畏敬の念を向ける人間すらいたというのに。今では家畜以下の扱いだ。ウヴェーリが一体なにをしたというのだろう。あの事件は、ウヴェーリだけが悪いというわけではないはずだ。リアーナさえ生きていてくれれば、そう思わずにはいられなかった。けれど、いまは――。
「――結希」
そうだ、あの子がいる。
なんとなく感じていた結希とリアーナとの関係もわかった。同じ魂なのだというのならば、やはりこの国の希望となりえる者なのかもしれない。そう期待せずにはいられない。
しかしそれは、あの子にとって負担以外のなんでもない。だから口にはしないが、思わずにはいられない。そのためにも、否それを抜きにしてもキールはなにがなんでもあの娘を守らねばと思った。
「――?」
見慣れぬ馬車が目に入る。地方都市とはいえ、田舎であるこの街では珍しい上等な馬車だ。黒く光沢のある籠が光に反射して鈍く光る。小さな窓は布で覆われ、中を確かめることはできない。馬車は徐々に速度をあげ、あっという間に見えなくなる。馬車はトップルよりもさらに南につづく方角に走っていった。 あの、方角は――。
「王都、ローファス」
嫌な予感がする。速まる鼓動を、息を深く吸うことで無理やり抑え付ける。胸の内にかかった不安の正体を考えあぐねていると、森へ走ってくる子供の姿が目に入った。顔を手で覆い、大粒の涙を流している。悪い予感が大きくなる。
「アンナ?」
アンナが一人で歩いている。そばに他の人影を見つけることができない。
いるはずの人の姿が見えない。
「――!!」
悪い予感が確信に変わっていく。アンナが完全に森の中へと入り、人の目からは見えなくなったところで、すぐさま駆け寄る。
「おねえちゃぁん――!!!」
アンナが泣きわめきながら、結希を呼ぶ。しかし、それに応えてくれる彼女はいない。はやる気持ちから、声が大きくなる。こんなに余裕がなくなることも久しぶりだった。
「アンナ!!結希はどうした?」
「キール!おねえちゃん、消えちゃった――」
「――!?」




