誓い
すべてを聞き出せる言葉だ。この国の出身ではない彼女がどこから来たのか。それに、これで彼女がリアーナに重なってしまう理由もわかる。キールの言葉に、うーんと老婆は悩むように声を出した。
「悩んでも無駄だ。どうせ、答えなければならないのだろう」
歪みの番人である彼女が何者なのかは知らないが、昔からずっと変わらぬ姿のままでワスレジの森に居続けている。もちろん人間ではないが、その正体は誰にもわからない。ただ、彼女には制約がある。ワスレジの森の聖域に来た者の問には、一つだけ必ず答えなければいけないというものだった。もちろん嘘はつけない。入り組んだ森の中核にあるこの聖域にまで辿り着く者がそもそもあまりいないため、この制約を知る者も少ない。同じ森の守りであったウヴェーリの間では昔から語り継がれている話だった。まあ、そのウヴェーリも近年では人間からの迫害により数が大幅に減り、今ではこの歪みの番人の存在を知る者もわずかとなってしまったが。
「あまり乗り気じゃないが、しょうがないの……。本来、異なる世界の者の話はしてはならんのじゃが――」
ふーと一呼吸おいて老婆は話し出した。
「お前も薄々気づいておるのだろうが、あの少女はこの世界の人間じゃないよ」
「……」
――やはり、そうか。
普通は動揺こそすれ納得のできるような話じゃない。しかし、今は老婆の話が妙に納得できた。それは、このワスレジの森にあるとされる世界の歪みの存在を知っていたということもある。けれど、それよりも……。
「あの子のウヴェーリに対する態度は、この世界の人間のそれとは思えなかったからな」
「……悲しいことじゃな」
老婆も目を伏せ答える。数年前までは共生していたのだ。現在の変わりように、やるせない表情になる。
「なにも婆さんのせいじゃない」
軽く言うと、目を細めキールのぶっきらぼうな気遣いに嬉しげに息を吐いたあと、すぐに顔を引き締める。
「それでも、あれが引き金となって歪みが大きくなった。歪みについては、キール、お前もよく知っていることだろう」
「ああ……」
短く答える。よく知る名だ、忘れたくとも忘れられない。ワスレジの森の守り獣をしていたのは、その存在があったからなのだから。
「もともと、お前も森の聖獣として人間から畏敬の念を受けておったのにな――」
昔を懐かしむ老婆の言葉。いまとなっては昔の話だ。
――それより、あの子は歪みの向こうから来た人間、か。
反芻するように心の中で呟く。
そもそも歪みとは、世界の切れ目のようなもので遥か昔から存在し、代々それを守っている者がいる。世界の切れ目である歪みはどこの世界でも存在し、それがウルスタ皇国のあるこの世界ではワスレジの森にある。人間が忘れたウルスタ皇国の伝説によると、一人の人間の女とウヴェーリが手を組み、歪みを封じたとされている。歪みを封じたのは人間とウヴェーリ双方の力があってこそ成し遂げられたこと。そのため、両者のバランスが崩れることは、歪みにも影響をもたらすこととなる。
二十年前、技術発展が著しかった人間が、さらなる発展と資源獲得のために一部の森を伐採した。その際、そこに住んでいたウヴェーリ達が追われるかたちとなった。それからだ、徐々に人間とウヴェーリの間に亀裂が出来てきたのは。
特に人間は自分とは違うものを、無条件に拒絶するきらいがある。一部の人間の中では、人間至上主義という名のもと組織を確立し、ウヴェーリを迫害する者までもが現れた。しかし、当時はそれも一部の人間だけの話しで、大多数の人間がウヴェーリを受け入れてくれていた。それは、当時の皇女リアーナ・エリュスタによる影響が大きかった。
遠くからか、近くからか、今でも彼女が自分の名を呼ぶ声が聞こえる気がする。リアーナはその分け隔てなく優しく、明るい、聡明な人柄で国民に愛されていた。また、彼女は大のウヴェーリ好きでもあった。そのため、国民から好かれる皇女が友好的に接している相手であるウヴェーリを、表だって否定する者の数は少なかったのである。しかし、十年前、即位してすぐのリアーナ皇女が人間とウヴェーリの争いを止めようと自ら仲裁に入り、ウヴェーリをかばい命を落とした。
そこからは、あっという間だった。いままで何とか均衡を保っていた人間とウヴェーリの関係の歯車が狂いだした。転落していくのははやく、人間が大挙してウヴェーリを襲ってきた。大好きな皇女が亡くなった原因をすべてウヴェーリのせいにして、自分たちは悪くないのだと悲しみから目を逸らした。
「過去から目を背ける人間に、未来などない」
呟いても、老婆はなにも言わず、ただ悲しそうな顔をした。
「あの子はリアーナ皇女だよ」
「――!?」
覚悟をしていたとはいえ、衝撃を受けずにはいられない言葉に一瞬息が止まる。
「いや、ちがうか。リアーナと同じ魂の持ち主だよ。歪みが大きくなったことで、こちらに迷い込んでしまったみたいだがね。……もしくは、導かれた、か」
「――導かれた?」
「本来の運命では、リアーナ皇女はまだ死ぬべき人間ではなかった」
「!?――なんだと」
「星には皇女が死ぬ兆候は出ていなかった。それなのに、皇女の星は急に落ちた。だから、この国はおかしくなった。そして、おなじ魂のあの子がひかれてしまったのかもしれないね」
「……リアーナと同じ魂」
驚愕に目を開きながら、言葉をかみ砕く。しかし、うまく飲み込めない。リアーナと結希は同じだけれど、違う人間なのだ。この事実をすぐに受け入れろというほうが無理な話だった。
「質問には、答えたからね」
「……ああ」
「今度は、ちゃんと守っておやり」
「……―――」
その言葉が何を指すものなのか、すぐにわかったが、なにも言わずにおく。そのことは、自分が一番よく承知している。誰かに言われずとも、もともとそうするつもりだった。たとえ結希がリアーナ皇女とは全く関係のない者だったとしても、キールが受けた好意は変わらない。結希にはちゃんと恩を返そうと思っていた。
「余計なこと、だったかね」
キールの様子をみた老婆は薄く笑むと、現れた時と同じく、霧のように霞んでいき、消えた。あとに残されたキールが再び静謐な静けさに包まれる。
「わかっている。今度こそは、自分の命にかえても、彼女を……」
静かな森に決意の音が響く。爪が土に食い込む。
今度こそはなにがあっても、どんな敵からも、あの娘を守る。そう誓った。




