小都市 トップル
ここ最近はあまり雪が降らなくなってきたためか、地面からひょっこりと顔を出す茶色の土がところどころに見られる。木々をよけ歩く。数日歩き続けた足には疲労が感じられた。普段の運動不足がたたっているのかもしれない。
「おねえちゃん大丈夫?」
「――だ、大丈夫」
実はすこぶる大丈夫ではないが、移動することになった発案者である自分がへばっているなんて情けな過ぎる。精一杯の笑顔をアンナに向けた。息がはずみ、肩で息をしていて苦しそうなんてことは決してない、はず。
結希とアンナ、そしてキールは、あれからしばらく人間の住む街の方は避けて、街の周囲を取り囲む山間部から王都を目指していた。国を動かせるような人に会うとなれば王都へ行くのが一番手っ取り早いとキールが口にしたからだ。森の近くにある街へ行っても、国の上層部まで話が通るのに時間がかかる。場合によっては、面倒事だともみ消されてしまう恐れもある。そのため、いっそのこと直接王都まで行ってしまい、直談判した方がいいだろうということになった。
――んー、とんでもないことをしているような……。
今更ながらそんなことを思いながら結希が歩いていると、キールと目が合う。キールは立ち止まると、意外な言葉を口にした。
「一度街に行こう」
「え?」
あまりに突飛な発言に間の抜けた声が出る。人間に見られるとまずいから街には近づかないように移動しているのにどういうことだろうか。
「街には人間がいるからダメなんじゃ……?」
「だから、街には二人で行ってくれ」
「私とアンナで?」
「そうだ。王都までの道のりは長い。持ってきた数少ない食料は尽きかけているし、森での食料調達にも限度がある。一度、街で揃えといたほうがいいだろう。それに……」
結希とアンナの土に汚れ、木の枝で無数にできた傷のある服を見やる。ああ、と結希は頷いた。
「確かにこれじゃ、どうこういう前に門前払いくらいそうだね」
同意をしめすと、はてと結希は疑問を口にした。
「私とアンナが買い出しに行くのはわかったけど、その間キールはどこにいるの?」
キールは一瞬結希を見るも、すぐに目を逸らす。
「オレは街から近い森で待機している。その間に、ちょっと用もあるしな」
「――?」
訳ありげに話すキールに首を傾げるが、答えてくれる気はないらしく無言のまま先を進んで行ってしまう。
仕方なく街のある方角へと黙ってキールの後につづいた。
小都市トップル、そこは国の中心に位置する首都ローファスから見て北にある地方都市である。ウルスタ皇国は中心を王都であるローファスとし、その王都を取り囲む形で東西南北の地方都市がある。この東西南北の都市にはそれぞれ特色があり、ここ北のトップルは特に寒い地域であるためか、毛皮や火を起こすための赤石が特産であった。道を占める屋台の多くが、寒冷をしのぐためのものや、保存のきく食料、少しの工芸品などを取り扱っている。
結希にとっては珍しいものばかりが並ぶその屋台の多くに、少し歩いてはすぐに立ち止まってしまう。
「こ、これは……?」
「クロールクの干し肉」
結希の傍らからひょこっと顔を出したアンナがその赤がさした茶色の干物を見て答える。聞きなれぬ名に結希は首を傾げた。
「クロールク?」
「クロールクはね、雪深い山に住む耳が長くて真っ白でふわふわな毛をしている小動物なの。ここトップルのクロールクの肉はやわらかくておいしいって言われているんだよ!他の国にもユシュツ?しているんだっておとうさんが言ってた!」
「そうなんだ。アンナは物知りだね?」
「――うん!」
結希の言葉に自慢げに頬を赤らめアンナが頷く。アンナの話しからするに、クロールクというものは、ユキウサギに似たものなのかもしれない。動物の姿を想像するとかわいそうにも思えるが、ここではその食べ物が慣例なのだろう。郷に入っては郷に従えだ、そう思い止まっていた足を再び進めた。
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ひとり、晴れ続きで雪が溶けた湿った大地を踏みしめる。新鮮な空気が肺に広がる。森のなかでも一際静謐な空気に包まれる。ここはワスレジの森の聖域だ。彼女がいるならここしかない。
「いるんだろ」
独り言のようになにも無い空間に話しかける。すると、はじめは霧がかかるようにうっすらと、次第に輪郭が濃くなり、人間の形をなしていく。背が曲がり、老いた姿を見せ、彼女はにやりと笑った。
「懐かしい顔だね。まさか、お前さんからわざわざ会いに来てくれるとは」
ほほほ、と高く笑う老婆にむっとする。昔から食えない婆さんのままだ。健在なその様子に、開口一番に要件を伝える。
「すべて知っているんだろう」
「はて、なんのことか」
「しらばっくれるな!この森に迷い込んできた人間の少女のことだ。森の主である貴方が知らないはずがない」
大きく言うと、老婆はしばらく静寂を落とす。老婆が黙ると森そのものが沈黙したように静かになる。わずかにあった木の葉の擦れ音も、鳥の鳴き声も聞こえない。
「……森の主じゃなく、歪みの番人なんだがの―」
「ついでに、歪みが存在するこの森の番もやっているんだ。同じだろう」
「ん――」
まだ納得できないのか唸りながらも、諦めたように息を吐くと、改めて老婆はキールに向き直った。
「知っているよ、ずっと見ていたからね。それで、ウヴェーリの王はなにが知りたい?」
「――彼女が、何者なのか」




