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無力


 ガッツォが目を見開いて、同族であるはずの結希を見る。そして、その背にかばう者が人間でなく、ウヴェーリであることを視認する。驚きから、他の人間達は武器を持つ手を下ろし、ウヴェーリ達も目を見開いている。その中から、川で助けたウヴェーリの少年の「お姉さん」と呼ぶ小さな声が漏れ聞こえた。すぐ背後では切羽詰まったキールの声が聞こえる。


「あ、アンタはなにをやっているんだ!人間のくせにウヴェーリを庇うようなことをして――。例えアンタが人間でも、なにをされるか――」

「心配、してくれるの?」

「……――」

 

 後ろのキールに問うと、目を見開いた後おもむろに視線をそらされる。いじわるだったかな、と見詰めていると、冷静に「そんなことを言っている場合じゃない」とキールが再び前に視線を向ける。結希もキールにならい前方に視線を戻すと、そこには狂気に顔を歪めたガッツォがいた。


「はっ、小娘が!ウヴェーリの味方だと!?これは傑作だな!!」

 

 骨太のたくましい手で頭を掻き毟るように抱えるようにしてガッツォが嗤う。狂ったように嗤うその声には、嘲りと嫌悪する響きが含まれていた。ひとしきり嗤うと、ガッツォが憎しみがこもった深い灰色の瞳でキールとともにいる結希を睨み据える。


「ウヴェーリを庇い立てするならば、同じ人間とて容赦はしないぞ」


 どこまでも冷たく、冷酷な声。そのあまりに鋭い眼差しに、結希が身を竦めそうになっていると、その瞳から庇うようにキールが結希の前に出た。その何度も助けられた背に勇気をもらう。自分は何のためにここまできたのか。怯んでばかりではいられない。


「どうしてそんなにウヴェーリを敵視するの?」

「は、愚問だな。そんな汚いぼろ雑巾のような奴らを庇うほうがどうかしている。ウヴェーリに生きている価値なんてない、お前らのようなゴミは、俺達が、俺がこの世から抹殺してやるよ!!」

 

 ガッツォが声を張り上げそういうと、狩人たちも次々に賛同の声をあげ、武器を再び上空にかかげる。キールが苦々しげに舌打ちをする音が聞こえる。


「もういい。こいつらになにを言ったところで、オレ達の声が届くことはないのだろう」

「でも、キール……」


 それなら、なぜキールはそんなにも悲しそうな顔をしているの?


 その疑問はどうしても聞けなかった。それは彼の核心に触れる、大切なことのような気がして。もうキールにそんな顔をしてほしくない。不敵に笑むガッツォに目を向ける。


「こんなの、おかしいよ」

「は?」


 首を傾げるガッツォに強い視線を向ける。それは、自分の正直な気持ち。恐怖で足が震えるけれど、それでも、抑えられない。


「こんなのおかしい。ウヴェーリだって笑ったり泣いたりするんだよ!人間と同じく感情があるんだよ。それを、それをこんなに簡単に摘み取ろうとなんてしないで!!!」

 

 出た声は自然と荒げられていた。ガッツォだけではなく、狩人全員に、そして人間に引け目を感じているウヴェーリにも伝わるようにと声をあげる。


「ほんと、アンタは――」


 キールの呆れるような声が聞こえる。こちらが真剣に話しているのにと思ったが、その声に滲む嬉しさが感じられたから、いまは反抗しないでおくことにする。


「は!きれいごと、だな」


 小さく口にするガッツォに、それでも結希はめげない。すべて諦めてきた結希だけれど、これだけは諦められない。



「たとえきれいごとでも……。わたしは、きれいごとで済む世の中のほうがいいと思っているから。どれだけ現実が過酷なものだとしても、次こそは、私は夢を語って生きたい」



 それが今の自分の本心だった。堂々と言い切る。空気が張り詰める。ガッツォの俯いた表情は見えない。しばらくの静寂の後、ひどく緩慢な動きでガッツォは顔をあげた。


「――ない」

「え?」

 

あまりにも小さな声に聞き取れず、もう一度聞くと、ガッツォは変わらぬ暗い眼差しで結希とキールを捉える。


「そんなもの関係ない。俺達は、この国にはびこる害獣を葬り去るだけだ!!」

「おぉぉぉ―――!!!!」


 ガッツォの言葉に呼応するように、再び狩人達が一斉に雄叫びをあげる。地響きのように轟く音。今度こそ武器を掲げてウヴェーリがいるこちらに駆け寄ってくる。前線にいたウヴェーリ達も呼応するように人間に向かっていく。


「どう、して……?」


届かなかった……。


自分の思いは全て伝えた。それでも、どうしても彼らには届かない。その現実だけが残る。人はそう簡単には変わらない。

絶望に自失していた結希の片腕が強く引っ張られる。


「おい、アンタは下がれ!武器も持っていないアンタじゃ、すぐにやられる」


 服の袖を噛んでキールが引っ張る。その力に抵抗する気力もなく結希は戦線を離脱する。


 ――無力だ。それどころか、ガッツォを煽る結果になってしまった。これでウヴェーリの皆がやられるようなことにでもなれば、自分のせいだ。

 

自責の念に項垂れていると、横から心配しなくていいと声がかかる。


「どうせこの戦いは始まっていたんだ。アンタがなにを言ったところでな。――だから誰もアンタを責めない。それに……」

「……――」

「それに……。オレはあの言葉、うれしかった」

  

 優しくいたわる声。キールの言葉に、こんな状況なのに泣きそうになる。泣いている場合じゃないのに。周囲では今もウヴェーリ達の噛みつく鈍い音と、人間が刀を振るう金属音、弓の鋭く風を裂く音が聞こえる。これからどうすればいいのか、戸惑っていればすぐそばにある小脇から痩せ細ったウヴェーリが顔を見せた。


「人間のお嬢さん」

「お姉さん!!」


 凛とした目付きの細いウヴェーリにつづき、幼いウヴェーリの子供の顔も覗いた。見知った顔に「あっ」と声をもらす。結希が助けたウヴェーリの少年とその母親だった。そんな結希のようすに、ほっとしたように二人が安堵したのが雰囲気で分かった。


「お姉さん、逃げられたんだね!よかった――」

「うん、ありがとう」


 そう少年に返していると、おずおずと少年の横にいた母狼が近づいてきた。


「……息子から聞いたわ。川で溺れていたのを助けてくれたって。それなのに勘違いをして――。本当にごめんなさい」


 結希は頭を振る。


「いいえ!私が誤解されるようなことをしたんだし。それに……」

 

 どうしても俯いてしまう。無力感がまた結希を襲う。


「今日改めて実感しました。ウヴェーリの皆がどうしてこんなに人間を嫌うのか。こんな状況じゃ、無理、ないですよね……」


 襲い来る人間の狂気に満ちた眼差し。ゆらゆらと雪に反射しきらめく凶器。そのどれもが負の感情からなっていた。忌み嫌われ、存在を否定される感覚が、ここまで心を軋ませるものなのだと実感する。俯いたまま、感情までもが深く沈みそうになる。


「お姉さん、ありがとう!!」

「え?」


 無力感を抱いている結希に対する感謝の言葉に思わず顔をあげる。ウヴェーリの少年がパタパタとしっぽを振って結希に話しかける。


「さっきの、お姉さんがぼくたちを庇ってくれたこと、人間に対して言ってくれたこと。ぼくはすっごくうれしかったよ!!」

「……――」


 ――オレはあの言葉、うれしかった。


 先ほどのキールの言葉が重なる。キールの方を見ると、彼もこちらを向き静かに頷いて見せた。無力だと思った行動でも、無駄ではなかった。少なくとも、ウヴェーリ達の心には届いていた。そう思うと心が少しだけ軽くなった。


「あんなふうにウヴェーリを認めてくれる人間はもういないと思っていたけれど、まだ、いたんですね」


 母親のウヴェーリがそう呟くのが聞こえた。その声には哀愁が漂っている。キールと同じ、久方ぶりに思い出したとでもいうように。




 不意にキールがある一点を睨み付ける。


「――来る」


 キールの緊張を伴った声が、その場を切り裂くように発せられる。それに反応するように、母と子のウヴェーリも身構えた。


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