衝突
人間にウヴェーリが隠れ住んでいた場所を教えた。
あんなに親身になって、他人である結希たちの世話をしてくれた心優しいクリメントさんが?
信じられずに、クリメントを凝視する。とてもじゃないが信じられない。それに、ウヴェーリの居場所は、ウヴェーリとキールに教えられた結希しか知りえないはずだ。どうしてクリメントがその場所を知っているというのか。その疑問はクリメントの言葉によって容易に解決した。
「あの日、出かける、二人をアンナが、見ていて、あの子は途中で二人を、見失った、らしいが、狩人の土地勘ならだいたいの、場所さえわかればめどがたつ、から……。アンナは嬉しそうに言ってきたんだ。その近くでキール以外のウヴェーリを見たって」
「……」
それは新しい友達を見つけた時のような、うれしさから話したことだったのだろう。そして、それをそのままクリメントに報告した。子供が、今日の出来事を親に報告するように。
けれど、それだけでクリメントが他の狩人達にそれを言うだろうか。納得できずにいると、クリメントが涙声で、息を吸う。ただでさえもつれる言葉が、涙で余計にたたらを踏んでいた。
「ガッツォ……狩人の、頭領が来て、おいに言った、んだ。ウヴェーリ、が家に入、っていくのを見た。差し出、さなければ、あの子に、アンナ、に危害が、及ぶと思え、って」
「……」
あまりにも非情なその物言いに、顔も知らぬその相手に言葉を失っていると、クリメントが涙でぬれた目で周囲を見渡した。
「こ、こんな、むごい、ことになる、なんて」
虚ろな声で呟くクリメントは地に手をつき、結希へと頭を下げる。泣き叫ぶように、濡れた声が足元で響く。
「す、すまない!!オイのせいだ。オイが、弱いから。オイが……」
そのまま拳を握るクリメントの手が、白くなっていく。なにも言えなかった。人質を取られたクリメントを責めることはできないが、しかしだからといってウヴェーリがこんな目に合わなければいけない理由もわからない。自分はウヴェーリの家族でも、この国の人間でもない。だから、自分がクリメントを罵倒するいわれはないし、クリメントに苛立ちは覚えない。
ただ、間違っていると思う。クリメントがとか、誰がということではなくて、ウヴェーリというだけで見下すその社会の仕組み自体が、ひどく歪んでいるように思う。
自分のうちに激しい感情が渦巻く。嫌悪とかではなくて、どうにもできない歯がゆさのようなものが淀み溜まっていくのを感じる。立ち止まってはいられない。こうしている間も、キールは戦っているのだから。
そっとクリメントの細く、かたく閉ざされた拳に触れる。びくっと小さく震えたのがわかった。
「……じゃあ、止めましょ。後悔しているのなら、必ず」
「けど、オイに……」
できるのだろうか、そう自信なく言うクリメントに思わず声をあげる。
「できるかどうかじゃなく、やらないと!--なにもしないままだと、なにも変わりはしないから」
目を見つめ言うと、クリメントは息をのんだ。覚悟を決めるように、いま一度拳が強く握られる。筋肉が動く感触が結希にも伝わってきた。
「オイにも、できることが、あるなら――」
そういって力強く立ち上がる。足が小さく震えているのが見えたが、見えないふりをする。自分を奮い立たせるようすは、普段のクリメントにはない頼もしさを感じた。
クリメントに先導されて、目立たぬように移動する。ようやく、動く人間とウヴェーリの影を捉えると、話し声が鮮明に聞こえるようになった。
「黙れ人間が!そのうるさい口から噛み切ってやろうか」
そう鋭い目とむき出しにした牙を向けているのは、キールだった。眼差しは初めて会った時のような昏く、陰鬱な、諦めの色で満たされている。
「――、薄汚いウヴェーリが、人間様にたてついてんじゃねえよ」
野太く、地を震わせるような響き、怒気に身をすくめた。その声のもとは、狩人の中でも一層体格の大きな男だった。
「あ―-」
どこかで見たことのある顔に、考えを巡らせていると、森のなかの廃屋にあった写真の人と似ていることに気付いた。多少歳は重ねているが、それでも強い眼差しと、精悍な雰囲気は衰えていない。ただ、その瞳は写真とは違い、深い憎悪を抱えていた。胸が締め付けられる。なにが、そんなにも彼を変えてしまったのだろうか。
再び、複数の人間の声が重なる。
「ウヴェーリは、根絶やしだ!」
「根絶やしだ!」
「――っ!!!」
繰り返し、呪詛のように叫ばれる言葉に、目を見開く。
人間のウヴェーリに対する嫌悪、憎悪がどのくらいのものなのか、改めて認識させられる。両者の溝は思っていたよりも相当に深いものだった。しかし、種族が違うからという理由だけで、少数のものが自分たちとは異なるものだからといって、こんな目に合わせていいはずがない。やるせなさに襲われる。
そのように扱われることを受け入れてしまっているウヴェーリにも――。
人間達は憑りつかれたように、言葉を吐き続けている。ずっと言われ続けてきたであろうその言葉で、どれだけウヴェーリ達に目には見えぬ傷をつけてきたのか、わかっているのだろうか。
本当に厄介なのは、目には映らない傷のほうなのに……。
「……」
クリメントも固唾をのんで様子を見守っている。この一触即発の状況下で渦中に飛び込めばどうなるか、想像にかたい。クリメントが結希が飛び出さないようにと、後ろにいる結希の前に片手を伸ばして制止するようにしている。大事なものを扱うような手つきは、アンナに対するものと同じだった。
けれど、そんなクリメントの気持ちとは裏腹に、狩人の一人が発した次の一言で結希の中のタガが外れた。
「ウヴェーリは消えなければならない」
「―――!!!」
淡々と告げられたそれは狂気だった。
誰が消えなければいけないなんて決めた。隠れて、日々を平穏に、多くを望まずに生きているウヴェーリ達を、本来とても優しいあのキールを、あんな、あんな悲しい瞳にさせたのは誰だ!!そんな目に合わせておいて、まだ足りない?
溢れ出るものを止められない。傷ついてしまっているものはどうしようもできない。一度ついてしまった傷はどうしたって痛んでしまう。それが染みついた心の傷ならなおさら。
もといた世界での自分と嫌でもリンクさせてしまう。自分のことなら諦められたのに、こんな私を助けてくれたキールが同じく傷つくのを黙って見ていることなんてできない。
「いまだ!ウヴェーリは皆殺しだ――!!」
人間とウヴェーリが衝突する直前。
「やめて!!!」
気が付けば、クリメントの制止の手を振りほどいていた。手を力の限り開いて、ウヴェーリを背にかばう。自分でもどうしようもなかった。泣きだしたい気持ちを抑え、声を張り上げる。
「どうして、どうしてこんな酷いことができるの!!ウヴェーリ達はただ生きているだけじゃない。私達と同じ、ただ息をして、ただ平穏に生きているだけじゃない。精一杯生きているものの命を狩る権利なんて、誰にもない!」
「――アンタ」
「にん、げん……?」
キールとガッツォの声が驚愕に重なる。




