ウヴェーリ vs 人間
転がる死体。
もう何人の首を噛み切ったか思い出せない。口元は真っ赤に染まっている。白銀の毛が紅へと変わっていた。まだ完治していない腹部の傷が痛むが、以前ほどではない。それは、あの少女のおかげだった。
「ちっ」
自分の甘い考えに舌打ちをする。現状はどうだ。あの子に教えたウヴェーリの村に、人間が大挙しているではないか。それもこれも、人間なんかに気を許した自分のせいだ。
「こ、こわいよ」
「大丈夫だ、オレがなんとかする」
幼いウヴェーリの子供を背にかばう。その子は結希が川で救ったウヴェーリだった。現状からいえば、あの人間の娘、結希の仕業であれば筋が通る。
しかし、人間の娘なんかと言いつつも、心のどこかではあれだけウヴェーリに対して平等に見てくれた結希が密告したとはどうしても思えなかった。いつの間にか、こんなにもあの娘が心に入り込んできている。
キールは再び舌打ちをした。甘い考えの自分自身に対してと、それから――。
「ようやく見つけたぞ、ウヴェーリども!!」
目の前に立ち塞がる、暗いまなざしでこちらを睨む狩人の頭であるガッツォ・ローネ、その人に対して――。
角張った顔に、寒いこの国にしては珍しく褐色に日焼けした肌、骨太でたくましい体に、ざっくりと無造作に切られた髪が逆立っている。そんなガッツォが、仁王立ちをして片手を掲げると、いままでどこにいたのかというほど人間が集まってくる。ここにいるウヴェーリはせいぜいで二十、それに対する狩人の数は百人弱。いくら人間より身体能力の高いウヴェーリといえど、これだけの数では多勢に無勢だ。しかも、人間側はみんな狩りのプロである狩人、ウヴェーリ側は女、子供含めての二十だ。とてもじゃないが、勝負にならない。最悪の事態に、目が眩む。
ここまで来るのに、どれだけの犠牲を払ったと思っている。人間の目につかない場所に追いやられ、それでも生きていけるならと安息の地を探し、こうやってただただ平穏にと生きてきた。それだけでいいんだ、ただ平和に生きたいだけ。それなのに、そんな平凡な願いすら、人間は奪おうというのか。
「おまえ達人間は、どうあってもウヴェーリを生かさない。そういうことだな」
声にだすと、前方に立つガッツォが醜い顔で高らかに笑った。
「相変わらず、理解がはやくて助かるな。ウヴェーリの大将殿は」
その下卑た笑いに、嫌悪から鼻に皺が寄る。
「黙れ人間が!――その口から噛み切ってやろうか」
唸りながら毛を逆立て威嚇する。いままで笑っていたガッツォから笑みが消える。
「やれるもんならな。薄汚いウヴェーリが、人間様に楯突いてんじゃねぇよ」
吐き捨てるように言うガッツォの表情が嫌悪と憎悪に染まる。その様は、まるでなにかに憑りつかれているような変貌ぶりであった。
「ウヴェーリは、根絶やしだ!」
「根絶やし!!」
「根絶やしだ!!!」
「ウヴェーリは消えなければならない」
叫ぶ声。ガッツォの声に呼応するように、狩人達の声が響く。ガッツォだけでない、人間全体がなにかに憑りつかれているような、異様な光景だった。
もう何度目かしれない舌打ちを鳴らす。ウヴェーリの前線に立っている仲間たちの大部分が怪我を負っている。自分ひとりでは到底他のウヴェーリを庇いながら、この数を相手に戦うことは不可能に近い。飛び散った返り血が、汗のように頬を伝う。
――何人殺せばいい。何人殺せば、皆を救うことができる?
仲間を救うために殺さなければならないなんて、なんて皮肉だ。どちらも等しい命であるはずなのに。同じ命にはきっと、もう、思えなくなっている。雪でかすかに沈む脚で、地面を感じる。
この地はウヴェーリの地だ。人間どもの好きにはさせない。
人間とウヴェーリがお互いの動きを探るように睨みあう。キールも人間側の先頭に立つガッツォを睨みつけた。その時だった。
「――!?」
鋭い眼差しの端に見知った顔を捉えた気がして、顔を横へそらす。あの、シルエットは――。
その隙をガッツォは見逃しはしなかった。
「いまだ!ウヴェーリは皆殺しだ――!!」
ガッツォの雄叫びとともに、人間の群れも武器を上空に掲げ、声をあげる。いまにもとびかかりそうな、そんな中、一人の少女が黒い髪をたなびかせて、ウヴェーリを背にかばう形で人間に立ちはだかった。
「やめて!!!」
両腕をいっぱいに広げ、盾になる少女に、あの人の姿がどうしても重なる。
「……リアーナ、さま」
以前にも感じた懐古の念。まだ人間とウヴェーリの双方が互いを認め合っていたころの記憶。いまだ記憶に残り、消えることはない当時の女帝の名は、リアーナ・エリュスタ。
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喧噪の中央へと向かう途中で、予想外の人物の姿をみとめ、目を瞬いた。その人物は地に膝をつき、項垂れている。一瞬、泣いているようにも見えて、ためらいがちに声をかけた。
「あ、あの。クリメント、さん?」
確認するようにそう尋ねると、目の前の人物はハッと顔をあげ、驚きに目を見開いていた。
「あ、ゆ、結希、さん?ど、どうして、ここに。あ、アンナといたはずじゃ……」
「そうなんですけど、キールが突然走り出して、それを追ってきてみたら……」
目の動きで凄惨な状況を言外に指す。クリメントはああ、と納得したようにうなずいた。
「そ、そうか。……あ、アンナも、ここに?」
不安そうに尋ねるクリメントに心配ないと答える。
「アンナにはここから離れた茂みに隠れて待っているように言ってあるので、大丈夫です」
「――そ、そう、か」
目に見えて安堵の表情を浮かべるクリメントに、小さく笑みを浮かべてから、結希はいまもっとも気になっていたことを尋ねた。
「クリメントさんは、どうしてここに?」
「――……」
クリメントは再び黙り込んで項垂れてしまう。
「……」
長く続く沈黙に、なにごとなのかとクリメントを見ていれば、彼の下の雪が小さく丸い染みとなり溶けていった。
「……オイの、せいなんだ」
「え?」
小さく、低くつぶやかれた言葉がやけに響いた。その意味を捉えきれずに、結希は首を傾げる。クリメントは罪を認めるように、鉛のように重い言葉を吐き出した。
「オイが、村の、者たちに、ウヴェーリの住む場所を、教えた」
「な――?」




