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越えられない壁、越えられる想い


「ち、違うよ。かあさん!」

「おまえは黙っていなさい」


 不穏な気配を察したウヴェーリの子供が母に声をかけるも軽くあしらわれてしまう。ウヴェーリの母親は子供の話を聞かず、睨んだまま結希から目をそらさない。そらせば、その隙に自分の子供が襲われると思っているのだろうか。

 チクチクと痛む胸をごまかすように、結希はゆっくりと立ち上がった。グルルルルと唸る威嚇の声に、体が震える。この状態で襲われ、あの大きな牙で攻撃されれば、なんの武器も持たない人間はまず無事ではいられないだろう。それでも、恐れを悟られないようにと結希はあえて冷静な声を発した。


「ご、ごめんなさい。なにもしてはいないから、安心、してください」


 ウヴェーリの母親の気持ちもわからなくはない。いきなりやってきた知りもしない、それも敵だと思っている人間と自分の子供が一緒にいれば、警戒するのも当然だ。当然、なのだ……。


 ――それでもやっぱり、悲しいのはかわらない。


 理解はできても、感情はついてこない。人間とウヴェーリのこの深い溝は、埋まることなどないのかもしれない。諦めのような感情がせりあがってくる。あんなにも、キールに人間とのことを諦めてほしくないと思っていたのに。

 体から滴る水滴に濡れた雪が解けて、涙のあとのように地面に広がっていった。


「……じゃ、じゃあ、私がここにいるのはいけない、ようだから」

「おねえさん!!」


 ウヴェーリの子供の制止の声も聞かずその場を後にする。無意識のうちに歩を進める速度が速くなる。足元がおぼつかない。一刻も早く、あの冷たい視線から逃れたかった。雪を踏みしめるたびに水が滲みてべちゃっという不快な音と、感触がした。ウヴェーリの子供を助けたのは、お礼や称賛されたいからやったわけじゃない、それでも埋められそうにないウヴェーリと人間の溝に心が抉られる。


 離れた木の陰で足を止める。逃げるようにその場から早歩きで来たため、息が上がっている。木の幹に片手をついて息を整えていると、雪を踏む音がすぐ近くで聞こえた。


「――き、キール」

「……――」


 キールは言葉を発そうとはせず、ただ黙って結希のことを見た。瞳に、申し訳なさそうな色が浮かんでいる。キールは今起きたことの一部始終を見ていたのだ。だから彼はこんなにも悲しい目をしている、自分のことではないはずなのに……。

 自分が勝手にして傷ついたことなのだ、キールは悪くない。あえて明るい声を出すよう努めた。


「あ、あははは。失敗、しちゃった」


 無理に笑顔をつくっているためか、頬がひきつる。ちゃんと、笑えているだろうか。

キールはその顔から目をそらす。いつものの冷静な、だが優しさを含んだ声が聞こえた。


「行こう」

「……う、うん」


 ただそれだけだった。しかし、それで十分だった。

 落ち込んだ心に、小さな灯がともる。先ほどウヴェーリに拒否された、けれど同じウヴェーリであるキールには共に行こうと言われる。その言葉は救いだった。

 自分はここにいてもいいと、言われているような気がしたから。

 

 いつもは数歩離れ後ろを見ることもなく前方を歩くキールが、今日はしばらく歩くとその足を止めて、景色を見るふりをしている。わかりにくいが、どうやら結希を気遣い、歩調を合わせてくれているようだった。それを悟られたくないのか、あえて景色を見ているように首を巡られている。思わず頬が弛んだ。


「なんだ」


 そんな結希に気づいたのか、訝しげな声でキールが聞いてくる。


「ううん、なんでもないよ!」

「……」


 笑顔で答えると、なにやらまた訝しげな顔をキールはし、また前方のクリメントの家へと視線を戻した。キールのおかげで、ちょっと心が軽くなった。

 ありがとうキール、と言葉に出しても絶対にキールは認めないだろうから、音にはのせず、口を動かして白銀の背中に思いを込めた。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 翌日の朝食後、クリメントが申し訳なさそうに、結希達に寄ってきた。


「アンナが、行きたい場所が、あるそうだから、ついて行って、もらえ、ないか?」


 目を泳がせて、いつもとは少し様子の違うクリメントに違和感を感じながらも、結希は頷いた。


「もちろん、いいですよ。お世話になっているのは、こちらですから!」


 それにアンナと一緒にいるのは、結希達にとっても楽しいし、と笑顔で言う。すぐ横でくつろいでいるキールにも声をかける。


「キールも、いいよね!」


 以前ついてきてくれたから今回も、と思い確認してみる。不本意そうな、小さな声が聞こえた。


「……アンタ達だけじゃ不安だからな」


 嫌そうでも放っては置けないキールに笑みを溢す。クリメントは酷くほっとして、安堵の表情を浮かべた。


「ありがとう。じゃあ、アンナ、おふたりを、困らせないように、な」

「わかった!アンナ、いいこにしているよ!!」


 素直に頷くアンナに、クリメントも優しい微笑みをたたえたまま髪を撫でた。アンナはその感触に気持ちよさそうに、クリメントの手に頭を摺り寄せていた。

 

 クリメントにお昼にと持たされた干し肉といまだ温かいパンを携えて、結希とキールはアンナの後に続く。アンナは手に花をもち歩いている。白、黄色に染まった花は清廉で、アンナが歩くたびにこきざみに首を傾げた。父に持たされたそれを、アンナは大切に腕の中に抱えている。


「……―――」


前を向くアンナがしばらく行ったところで足を止めた。そこは小さく開けた場所で、大きな木が一本だけ生えている。その脇に縦長の石が一つぽつんと置かれている。アンナはわき目もふらずにその石へと駆け寄った。


「あ、アンナ……」

「おかあさん!お花かえに来たよ!!」


 結希が突然走り出すアンナに声をかけようと口を開くのと、アンナがそう言うのが重なった。走っては転んでしまうと言おうとした結希の言葉は宙ぶらりんのまま続きをつげられなくなった。

 あの一つある大きな石は、墓石なのだ。亡くなったアンナの母親の。


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