幕間 伯父たちの午後
お茶会の翌日。
国王執務室では、ルイをはじめ、アンリ、ジョゼフ、ルネの四人が、朝から精力的に政務へ当たっていた。
「オンラード王国、アルモニ王国、サージェス公国より、マリーアンジュ様追悼の書簡が届いております」
文官の報告に、ルイは静かに頷く。
「併せて、オンラードとアルモニよりホーフダル王国への抗議文も届いております」
「先方からも正式にホーフダルへ送達されるそうですが、こちらは我が国の交渉材料としてお使いくださいとのことです」
「そうか」
短く答えたルイの隣で、アンリが書簡へ目を通す。
「……オンラード前国王陛下は、大層お怒りのようですね」
「無理もあるまい」
ルイは静かに息をついた。
「母上の父君だからな」
オンラード前国王は、母エレオノールの実父。ルイたち兄弟にとっては祖父であり、マリーアンジュの祖父でもある。アンジェリーヌにとっては曾祖父にあたる。
男児ばかりだったセラファン王家に生まれた奇跡の王女マリーアンジュを殊のほか可愛がり、その娘アンジェリーヌとの対面も、心から楽しみにしていた人物だった。
その祖父からすれば、ホーフダルが二人へ加えた仕打ちは、到底許せるものではない。
「現国王陛下からも、『遠慮は不要』とのことです」
文官がもう一枚の書簡を差し出す。
「王太子殿下も、全面的に協力すると」
「叔父上も、あやつも変わらぬな」
ルイが苦笑する。
現オンラード国王はエレオノールの弟。王太子はルイたち兄弟の従兄弟であり、幼い頃から兄弟同然に交流を重ねてきた。
「アルモニ王国からも同様です」
「国王陛下より、『遠慮なく頼ってほしい』とのことでした」
ジョゼフが小さく笑う。
「叔母上も、さぞ怒っておられるだろうな」
アルモニ前王妃は、エレオノールの妹。アルモニ国王もまた、ルイたちにとって従兄弟にあたる。
西国境門を隔てた隣国同士ということもあり、両国との往来は古くから盛んだった。親族であり、盟友であり、互いに背を預け合う友でもある。
「セラファンへ手を出すということは」
アンリが書簡を閉じる。
「オンラードとアルモニも同時に敵へ回すということです。ヘイルトは、その意味を理解していたのでしょうか」
誰も答えなかった。答えなど、分かりきっている理解していたのなら、決して手は出さなかっただろう。
その愚かさの代償は、これから世界を巻き込んで返ってくる。その時になって後悔しても、もう遅い。
「戦はせん」
ルイが静かに告げる。
「マリーの愛した国だ。民のためにも、我らが軍を入れる必要はない」
ジョゼフが静かに頷く。
「だが、ヘイルト達だけは別だ」
アンリが書簡を机へ置く。
「許す必要はありません。そもそも、許せるはずがありませんから」
「我らは、ただ怒りの深さを世界へ示せばよい」
ルネが静かに言葉を継ぐ。
「それだけで十分です。あとは、勝手に崩れます」
部屋に静寂が落ちる。
誰も否定しなかった。いや、否定できなかった。
セラファン、オンラード、アルモニ。三つの大国が、一斉にホーフダルへ背を向ける。その意味を、この場の誰もが理解していた。
その時になって後悔しても、もう遅い。ホーフダルが払う代償は、これから世界そのものが教えることになるのだから。
重苦しい空気が、ようやく少しだけ和らぐ。ルイはふと時計へ目をやった。
「……もう、この時間か」
「どうされました?」
アンリが尋ねる。
「昨日のお茶会では、結局あまり話せなかったからな」
ルイがぽつりと呟く。
「あの子の様子でも見に行こうかと思ってな」
「それは良いですね」
ルネが穏やかに笑う。
「昨日は女性陣に全部持っていかれましたから」
「ああ」
ジョゼフが腕を組む。
「俺なんか、一言二言しか話してねぇぞ」
「私もです」
アンリまで珍しく頷いた。
「では」
ルイが立ち上がる。
「何か持って行くか」
その一言で、空気が一変した。
「でしたら菓子でしょう」
アンリが即答する。
「いや、療養中だ。果物もあった方がいい」
ジョゼフが口を開く。
「紅茶はどうだ?」
「いや」
ルネが首を振る。
「今は香草茶の方が体には優しいでしょう」
「それもそうだな」
「ああ、蜂蜜も添えましょう」
「焼き菓子も少しだけ」
「胃に負担が少ないものがいいですね」
先程まで国の行く末を語っていた男たちとは思えない会話が、次々と飛び交う。やがて話題は自然と贈り物へ移っていった。
「私は」
アンリが静かに口を開く。
「上質なペンを贈ろうかと思っています。帳面や紙もですね。日記を書くにも、勉強をするにも使えますから」
「なるほど」
ルイも頷く。
「実用的だな」
「俺は」
ジョゼフが腕を組む。
「軽くて丈夫な革がいいと思うんだ。魔獣素材か」
ルネが身を乗り出す。
「いや、それなら白角鹿の革でしょう。軽いし柔らかい」
「でも耐久性なら銀毛狼だ。冬なら雪熊も――」
「重いでしょう」
「いや、加工次第だ」
いつの間にか二人は真剣に魔獣素材について議論を始めていた。アンリは苦笑する。
「何を作る前提なのですか」
「まだ決めてない」
「決めてないんですか」
「素材は大事だろ」
「大事ですね」
「だろう?」
二人は妙なところで意気投合する。そんな様子を見ながら、ルイだけは腕を組んだまま動かない。
「兄上?」
ルネが声を掛ける。
「何を贈るか、お決まりですか?」
「……決まらん」
真剣な顔で答えた。
「ドレスは女性陣だ。髪飾りはレオナールが贈っている。本は父上だろう。勉強道具はアンリ。魔獣素材はお前達。……何を贈れば喜ぶ?」
三人は顔を見合わせた。
「……難しいですね」
「難しいな」
「難しいです」
しばらく四人とも腕を組んで唸る。
「温室でも造るか」
ルイが真顔で呟いた。
「は?」
「睡蓮の庭もいいな。東屋も作ろう。いや。アンジェリーヌという新しい花を作らせるか……?」
「兄上」
アンリが静かに止める。
「規模がおかしいです」
「そうか?」
「そうです」
「大体、花を品種改良するには年単位ですよ」
「むぅ……」
国王は本気で悩み始めた。その姿を見た三人は、揃って吹き出す。
「はははは!」
「兄上らしいですね」
「昔もそうでした」
ルネが笑いながら言う。
「マリーへの誕生日も、毎年こんな調子でしたよね」
「……そうだったな」
ルイもようやく笑った。
「妹の時も、結局最後まで悩んでいた」
今度は四人とも笑う。先ほどまで流れていた重苦しい空気は、もうどこにもなかった。
数日後、執務の合間。
ルイは二通の書状を書いていた。
宛先は、オンラード王国王太子。そして、アルモニ王国国王。幼い頃から兄弟のように育った、母方の従兄弟たちである。
内容は至って真面目だった。
アンジェリーヌへの贈り物について相談したい。
何を贈れば喜ぶだろうか。
数日後、返事は驚くほど早く届いた。先に届いたのはアルモニ王国からだった。
「アルモニ王国より贈答品が到着しております」
外を見ると、荷馬車が何台も並んでる。
「兄上……」
アンリが窓の外を見たまま固まる。
「……多いですね」
「何台ある」
「六台ほど」
「六……?」
外では職人達が慎重に大きな木箱を降ろしていた。
「こちらは楽器でございます」
「こちらは楽譜」
「こちらは新譜」
「こちらは音楽理論書」
「こちらは演奏会の記録」
「こちらは調律道具一式」
「……」
ルイは静かに空を仰いだ。
「私は、相談しただけだ」
そして手紙。
音楽も癒やしになる。
贈るなら一流のものがよい。
足りなければ遠慮なく言え。
次は宮廷楽団ごと送ろう。
「違う、そうじゃない……」
数日後、今度はオンラードから返事が届いた。
「こちらは書状だけのようですね」
ルネが封を切る。中には一枚だけ。ルイは読み進め――止まった。
アンリが覗き込む。
そこには、
構いすぎると煙たがられる。
私も娘によく逃げられる。
気をつけろ。
ほどほどにな。
──経験者より。
追伸 娘は最近口もきいてくれん。
それだけだった。
「…………」
ルイは静かに手紙を畳む。
「兄上?」
ジョゼフが覗き込む。
「何と?」
「……ほどほどにしろ、と」
一拍。
「難しいな」
真顔だった。
「兄上」
アンリが苦笑する。
「まずは、その悩み方をほどほどになさってください」
「そうか……」
しかし、ルイの悩みは終わらない。髪飾りはレオナール。ドレスは女性陣。文具はアンリ。魔獣素材はジョゼフとルネ。楽器はアルモニ。本は祖父フェリクス。
「……温室か」
「まだ言ってるんですか」
「睡蓮の庭でもいいな」
「規模がおかしいです」
「アンジェリーヌという新品種の花を作らせるか……」
「兄上」
三人は揃ってため息をついた。
「ほどほどに、ですよ」
「……難しいな」
ルイは今日も真剣に悩み続けていた。その悩みが解決する日は、おそらく当分来ない。




