13
レオナールの部屋で寝落ちした六人は、朝の日課を終えて朝食の間に向かった。
「え……、どういうこと?」
「なんで母上がいるの?」
談笑しながら真っ先に入室したシャルルとジェラルドの足が止まる。
「どうした、こんな所で止まって……母上!?」
「……母上……北にいらしたのでは……?」
続いたヴィクトルとイヴォンもその場で止まる。
「母上……エリザにアルフレッド……ファビアンまで、何故……?」
「随分と、大人数な……アンジェか……」
母に加えて妻子の姿まで見つけて呆然としたジャンは、レオナールの言葉に納得した。
熾天宮の朝食の間はいくつかの食卓で構成されていて、いつもは好きな席に着くのだが、今日はどの席も埋まっている。
父親達と祖父が、同じ食卓を囲み、別の食卓では、母親達と祖母、ジャンの妻子が食後のお茶を楽しんでいる。
「みんな、気になってたんだね」
「ま、当然か」
シャルルとヴィクトルが首をすくめて笑う。ジェラルドはイヴォンの袖をツンっと引く。
「でも、母上まで来てるとは思わなかった。いつ転移してきたんだろうね、兄様」
「……母上の行動力なら、夜のうちじゃないか」
「……ああ、うん、母上だもんね」
あはは……とジェラルドが乾いた声で笑う。
「否定できねぇ。うちとジャンの所は離宮群だからすぐそこだけどよ」
「いえ、私も子供たちまでいるのには驚いてますよ」
「でも、ブリジット叔母上だもん。来ないわけないよ。ねえ、兄上」
「……ああ。そうだな」
誰も否定できない。むしろその様子が容易に想像できてしまう。北国境伯夫人ブリジットは、そういう人である。
「ああ、来たか、お前たち」
ルイ国王が片手上げて席を立つ。
「おはようございます、父上。賑やかで驚きました」
「私も驚いた」
「え? 父上も驚いたの?」
「昨夜はルネの所にいたのでな。戻ったらこうなっていた。先に行く。今日は忙しいぞ。あとで執務室に来い」
「承知しました」
「はい、父上。行ってらっしゃい。また、あとで」
ルイは、息子達の肩を軽く叩くと早々に食堂をあとにする。ルネ北国境伯もほぼ同時に席を立つ。
「やっと来たか。今日は随分ゆっくりだったな」
「起床が遅れました」
「早く寝たんだけど、起きれなかったんだ」
「そうか。まあ、昨日の今日だからな」
こちらも息子達をぽんと叩いて足早に去る。
……母から逃げたようにも見えたが、気のせいだろう。
ジョゼフ将軍は少々手荒だ。
「聞いたぞ。また雑魚寝していたそうだな」
「痛ぇよ、父上」
バンッと背中を叩いて、大股に出ていく。最後に、といっても僅差で席を立ったのはアンリ宰相だ。
「アルフレッドが、お前がいないと朝ぐずったから連れてきた」
「それは、ご迷惑をおかけしました」
「気にするな。先に行く。あとでな」
こちらは軽く手を上げて行く。随分と慌ただしいが、ルネ北国境伯の言うとおり、昨日の今日だ。やることは山積みだろう。
「今日は私も参加する」
そうして最後に祖父フェリクスが、ゆっくりと席を立つ。
父親達が去った食堂は、先ほどまでの慌ただしさが嘘のように静かになった。これは、ゆっくりしていられない。アンジェリーヌの事が気になるが、気持ちを切り替えなければいけない。
レオナールは緩く頭を振って、手早く片付けられた席に着く。
朝食はすぐに運ばれて来た。早々に食事を終えて、最後にセラの実を飲む。
「兄上、今日も蜂蜜?」
「いや。檸檬と蜂蜜だ」
「蜂蜜入ってるじゃない」
シャルルはプッと吹き出すと、それを聞いたらしいフェリシエンヌもくすくす笑う。
「あら、レオナールも蜂蜜なの。アンジェも蜂蜜だったんですって」
「……そう、ですか」
レオナールの口元が、ほんの少しだけ緩む。
「とーさま、ぼくも!」
「アルフレッド、これはだめですよ」
「やー!!」
ジャンの膝によじ登ったアルフレッドが、セラの実に手を伸ばす。
「……仕方ないですね。泣いても知りませんよ」
ジャンが匙の先をほんの少しだけセラの実に浸す。そうして息子の口元へ。
「やーー!! にがいのー!」
うぇぇんと、泣き出す息子に、ジャンが淡々と告げる。
「だから駄目だと言ったのです。わかりましたね」
「……あい……」
グズグズ泣く息子に、今度はほんの少量の果実煮を含ませる。途端に笑顔満開だ。
「ジャン、容赦ねぇ……」
「言っても駄目なら経験あるのみですよ」
セラの実は不思議な果実だ。守護天使を持つ王族には、それぞれが好む味を。それ以外の者には苦く、とても飲めないと聞く。
自分たち王族にはわからないが、母たちを含め、守護天使を持たない者には苦いらしい。大人でも飲めないものを、三歳児に舐めさせたジャンは──
「やっぱり、僕らの長兄だね」
大なり小なり、実地で覚えさせられた面々は、苦笑を漏らすのみだった。
「母上、アンジェは……」
そろそろ出仕しなければいけない。レオナールは席を立つ前に一番気になることを母に問う。
「今朝はまだ起きてないわ」
「……そうですか……。顔を見に行くことはできますか」
「駄目です」
「ですが、ひと目だけでも……」
顔を見て、安心したいのだ。おそらく、皆も同じはず。
「女性の寝室に入るものではありません。起きたら連絡します。さあ、行ってらっしゃい」
「……はい」
自分でも肩が落ちたのがわかる。母の言葉は一般常識なので反論もできない。レオナールは渋々席を立つ。
「失礼いたします! 王妃陛下、アンジェリーヌ様の枕元に……あ、申し訳ございません。ご無礼を」
よほど慌てたのだろう。礼儀を飛ばした侍女が我にかえる。王族の視線を一身に浴び、ひどく恐縮している。
「アンジェに何があった」
低く問うレオナールに、侍女が慌てて礼を取る。
「失礼いたしました。王太子殿下……。その……。先程、ご様子を伺いに天蓋の中に入らせて頂いたのですが、アンジェリーヌ様の枕元に、王族の額飾りが置かれていて……」
ざわっと室内が揺れた。
「アンジェの額飾りは、脇石だけの状態で礼拝堂に収められていたはずだが……」
「すぐに確認させましょう。誰か──」
ジャンが慌てて席をたち、指示を出しかけた、その時。
「問題ない。礼拝堂の額飾りが、愛し子の王家石に引き寄せられただけだ」
「すぐに本契約を。彼らが焦れています」
ミカエルとウリエルがふわりと姿を現した。その途端、二柱の天使は、レオナールの両腕をがしりと掴む。
「待て。意味がわからん。『彼ら』とは誰なんだ」
「愛し子の守護天使だ。急げ、レオナール」
「さっきから急かされているんです。もう行きますよ、レオン」
次の瞬間、景色が白銀の光に包まれた。
あっという間の出来事だった。目の前に、愛しい少女の寝顔がある。昨日よりは顔色もよく、安らかな寝息を立てている。
そして、その枕元には、繊細な銀の蔓細工で作られた王族の額飾りが、ほの青い光をまとって静かに鎮座していた。
中央には淡い青に輝く王家石。その両脇には、小粒のエメラルドとパパラチアサファイアが二粒ずつ配されている。彼女の胸元にあるはずの首飾りは、どこにも見当たらなかった。
アンジェリーヌが誕生した翌朝、王族専用礼拝堂の祭壇の上に、脇石だけを備えた額飾りと、王家石を納めた首飾りが浮かんでいた。
当時の王であったフェリクスは、その首飾りだけをアンジェリーヌへ贈り、額飾りは礼拝堂に厳重に保管した。
額飾りは守護天使との契約の証。生まれた赤子に、天使が贈る愛情の賜物だ。
「レオナール、早く本契約を」
「やり方はわかりますね。早く、急ぐのです」
二柱の大天使に急かされ、額飾りを手に取る。そうして、それをそっと彼女の額のそばに持っていく。
パァァァッ──
白銀の光が渦を巻き、アンジェリーヌを覆う。額飾りは吸い寄せられるようにアンジェリーヌの額へと収まり――
「ああ……」
「ようやく……」
「愛し子のそばに……」
アンジェリーヌの守護天使。
ガブリエルとラファエル。
光の中から現れた二柱は、眠るアンジェリーヌを慈しむように見つめていた。
二柱の大天使が、ここに顕現した──




