エデンは遠くなりにけり 10
一瞬ぽかーんとしたけれど、マーサさんの言葉を反芻して、理解した。
「ええっと。一度は授かったのですが……イロイロありまして……守ってあげられませんでした……ことは、ありました……」
言葉にすると、何だか泣けてきた。
涙ぐんだ私にを見て、マーサさんは少し慌てた。
「まあ!思い出させてしまいました?ごめんなさい。つらかったですね、それは……。ええと、でも、……あの、本当に、間違っていたら、ごめんなさいね。……今、奥様のお腹に、御子さまがいらっしゃるような……気がしたものですから……。」
「え!?……どうして……。」
驚いた。
ただただ驚いた。
マーサさんは、困ったように言った。
「本当に、ただの、勘なんです。ごめんなさい。……強いて言えば……経験?……ずっと、妊娠してしまった子たちを見てきましたから。」
「……そう……ですか。……自分の身体のことなのに、私、前の時もよくわからなくて……実感なかったんです。……もし、本当に、授かったのなら……うれしいのですが……。」
微妙な空気が流れていた。
うれしい……という言葉がそらぞらしく聞こえた。
マーサさんにも、私の戸惑いは伝わってしまったらしい。
「とにかく、一度、お医者さまに診ていただいてくださいまし。安定期に入るまでは、くれぐれもご自愛くださいね。」
辞去しようとするマーサさんを思わず呼び止めた。
「待ってください。あの……どうか、またいらしてください。」
もっと話を聞きたい。
でも、怖い気もした。
……マーサさんは、優しくほほえんでくださったけれど……
「ジョージオさまは快くお思いにならないと思いますが……」
たぶんそうなのだろう。
でも、私は、仲良くなりたい。
「では、私のお友達になってください。……お魚のことも教えていただきたいし……。」
言葉が続かない。
自分でもわかっている。
マーサさんの言う通り、ジョージオさまがへそを曲げてしまうだろう。
でも……このままサヨナラする気にはとてもなれなかった。
マーサさんは、ふうっと息をついた。
「……奥様。私のような卑しい職業の女を蔑まずに、優しく接してくださるのはありがたいのですが……大公家の奥様のお友達には、私はふさわしくありませんわ。……お気持ちだけ、いただきますね。」
「職業に貴賎はありません。……働かず、無為に過ごしている私達のほうが、むしろ……」
自分の口から出て来た言葉に、愕然とした。
そうだ。
私は……何もしようとしないジョージオさまに、……いいえ、自分自身に忸怩たる思いを抱いている……。
……嫌だ。
このままこんな風に生きていくのは、嫌だ。
涙がこみ上げてきた。




