第八話 エリーアスの不正を告発したのは、この私
「卒業が取り消しになる者は——エリーアス・ゲルデルン」
「なんだって⁉」
突然学園長に名を呼ばれたエリーアスが大声をあげた。
「俺が不正などする訳がない! 何かの間違いだ!」
しんと静まり返るホールに、エリーアスの声だけが響く。
卒業取り消しなど、めったにあることではない。
周りの卒業生たちは一瞬の静寂ののち、ヒソヒソと小声で話しはじめた。
目線だけは皆エリーアスの方を向いている。
学園長はざわめきが大きくなりつつあるホールを見渡すと、コホンと咳ばらいをした。
「あー、ゲルデルンは卒業研究に必要な資料を捏造していたという報告が他の学生よりもたらされた。学園の方で独自に調査したところ、さきほど裏付けが取れた。よって、エリーアス・ゲルデルンの卒業を取り消す。実家の保護者にも通達済みだ。ゲルデルンはただちに会場から退出し、のちほど教員室まで詳しい話を聞きにくるように」
「嘘だ! そんなのありえない!」
大声でわめくエリーアスのもとに、複数の教員が訪れる。
彼をここからつまみ出すつもりだろう。
教員たちに囲まれた隙間から、エリーアスが私に視線を向ける。
「ビアンカ、お前か⁉ お前が裏切ったんだろ⁉」
エリーアスは血走った目とともに私を指さした。
「俺は不正などしていない! あの女が学園に嘘の報告をしたに違いない! 先生方、俺じゃない。悪いのはビアンカなんです。そうだ、彼女はこの前高熱を出してからずっと様子がおかしい。錯乱しているに違いない!」
しかし教員たちはエリーアスの話には耳を貸す様子はない。
彼らはがっちりとエリーアスの両脇を固めると、さっさと会場の外へと繋がる扉へと引っ張って行った。
「ビアンカ! なんとか言え!」
「エリーアス。あなたの不正を学校に告発したのは私よ」
私が声を発すると、それまでエリーアスに注がれていた会場じゅうの目線が、今度はこちらへと一気に流れ込んで来た。
皆の視線に一瞬ひるみそうになるが、私はもう俯かないと決めたのだ。
私に落ち度もない。
ここは堂々とするのみだ。
「お前っ……! 何の嫌がらせだ!」
エリーアスは唾を飛ばしながら喚いている。
「あなたはいつも『俺はお前と違って要領がいいからな』と言って、私に面倒事を押し付けていたわよね。今までの学校の課題だって、私にやらせたものが多かったじゃない。『これをやればビアンカの実力が伸びる』とかなんとか言っちゃって。貴方が楽をしたいだけなのにね」
「ビアンカ……! 冗談もほどほどにしろ!」
「おまけに卒業研究に必要な資料も私に集めさせて、それなのに『こんなもの使い物にならない』と言って私を長時間罵倒したわよね。その結果、あなたは資料が使い物にならないという理由で、研究に必要な資料を捏造した」
ちなみに王立学園の卒業研究テーマは、国家防衛から貿易、宮廷マナーや国の歴史などなんでもアリだが、エリーアスは領地経営をテーマにしていた。
その上で、ありもしない税収の記録や収穫量をでっちあげて偉そうに持論を並べていたのだ。
私が集めた資料では説得力に欠けるからしょうがなかった、というのがエリーアスの言い分だ。
そんなお粗末なもの、研究として学校から認められなくて当然である。
「王立学園の学生たるもの、そんなお粗末な成果で卒業して良い訳がないと思ったの。だから昨日、先生方に相談させてもらったのよ」
「ビアンカ! そんなことをして、俺がどうなってもいいと思っているのか⁉ 俺はお前の他ならぬ婚約者なんだぞ!」
「そう、今日まではね」
私は先ほどよりも声を張り、まっすぐにエリーアスの方を向いた。
実を言うと、私はまだエリーアスが怖い。
彼に激昂されるのも、無視されるのも、それを想像するのも怖い。
今だって心臓はバクバクしている。
でも、私は今日から新しい人生をスタートすると決めたのだ。
ここでうつむく訳にはいかない!
「私、ビアンカ・ライエンは本日をもってエリーアス・ゲルデルンとの婚約を解消いたします」




