第七話 パーティのはじまり
卒業パーティの当日。
パーティ会場には正装に身を包んだ卒業生たちが続々と到着している。
カップルは揃いのコサージュを胸に飾り、最高の一夜に向けてみんな顔を紅潮させていた。
エスコートを申し出てくれたセレスタンに手を引かれ、会場となったホールの扉をくぐると、化粧と香水の匂いがぷんと香った。
いつもより、おめかししている女子生徒が多いのだろう。
会場の中は色とりどりの生花で飾られ、着飾った卒業生たちが顔を綻ばせてパーティの開始を心待ちにしている。
まるでお伽噺に出てくる舞踏会のように華やかだ。
「わあ。ドレスを着た同級生の令嬢たちが、みんなお姫様みたいだわ。なんて美しいのかしら」
私が感嘆の溜息を漏らすと、セレスタンがくすりと笑った。
「そうだね。でも、その中でもビアンカが一番美しいよ。見てごらん、みんな君に釘づけだ」
そう言われて辺りを見回すと、なるほど、皆の視線が一気にこちらへと注がれているのが分かる。
セレスタンはその視線の先に私がいると思っているようだが、私は違うと思う。
皆が見ているのは、いつもは目を覆い隠している長ったらしい前髪を上げて、きりりとした目をあらわにしているセレスタンだ。
普段は前髪がもっさりとしていて、どこかあか抜けない彼だが、今日は違う。
形の良い眉に、意思の強そうなくっきりとした目元。
鼻筋が通り、唇は少し薄い。
その辺の令嬢にも劣らない程にきめ細かい白肌に、黒い髪がよく映えている。
「みんなセレスタンに夢中なのよ。ホラ、あの辺の令嬢なんてあなたを見て顔を赤らめてるわ」
「ふふ、まさか。皆ビアンカの美しさを再確認してるんだよ。その水色のドレスもよく似合うし、ゆるく結い上げた髪の下からのぞく細い首なんて、最高に色っぽい。どこを見ても溜息が出るほどの美しさだ」
セレスタンは少し頬を染めながらも誉め言葉を並べまくる。
降り注ぐ甘い言葉の数々に、私は恥ずかしさで思わず手で顔を覆いたくなる。
でも、絶対に顔を隠したりはしない。
うつむいたりもしない。
弱々しく見えるようなしぐさはしないと決めている。
だって私は今日、エリーアスに最後の反撃をし、モラハラと決別するのだから。
すると、「ビアンカ」と背後から不機嫌な声が聞こえてきた。
そちらに振り向くと、そこにはカーヤと腕を絡ませたエリーアスが立っていた。
「ビアンカ、随分と派手なドレスを着ているんだな。はしたない」
私の水色のドレスに目をやったエリーアスは吐き捨てるように言った。
彼は婚約中、私が華美な服装をするのを好まなかった。
まるでエリーアスの影であることを求めるかのように、黒や茶色の服ばかりを勧められた。
でも、もう私は彼の婚約者じゃない。
「あら、エリーアス。ごきげんよう。今はカーヤ様をエスコート中なのでしょう? それなのに私に親し気に話かけるなんて、あなた随分と浮気性なのね」
エリーアスが小さく舌打ちするのが聞こえた。
その横で、カーヤは野暮ったい紺色のドレスに身を包んでいる。
シルエットももっさりとしていて、正直言って全く似合っていない。
本来の彼女なら明るい色のふんわりとしたドレスやキラキラとした装飾を好むだろうが、今はエリーアスのモラハラに毒されかけているのかもしれない。
カーヤはアクセサリーの一つもつけず、そしてどこかおどおどしている。
もしかすると、以前の私はこんな風だったのだろうか。
「ビアンカ、お前をエスコートしているのは誰だ? お前なんかをエスコートするような物好きがいたのか? まさか金を積んで雇った役者か?」
エリーアスがいぶかしげな目を向ける。
目の前にいるのがセレスタンだと分からないらしい。
まさかエスコート役を金で雇う訳ないじゃない、と反論しかかったところで、ホールの前方に設けられた台の上に学園長が立った。
パーティの始まりの合図だ。
学園長の姿に気付いた者からおしゃべりをやめ、ホールの中は自然と静かになる。
「えー、今から卒業パーティを始めるが、その前にひとつ残念なお知らせがある」
学園長の突然の言葉に、会場内がにわかにざわめく。
卒業生たちは「一体何だろう」と不安げな顔でお互いに目配せをしている。
「本来は120名が卒業する予定だったが、あー、卒業研究に不正を行った者がいる。よって、卒業生は119名になり、今から名を呼ぶ不正を行った学生は卒業を取り消すこととする」
会場内のざわめきが、一層大きくなった。
「卒業が取り消しになる者は——エリーアス・ゲルデルン」




