最終話 過去との決別と門出
エリーアスとの婚約解消を宣言すると、会場にいる人々の好奇の目が、さきほどよりもはっきりと自分に向けられたのを感じた。
「婚約解消の理由は、エリーアスが王立学園を卒業することができず、貴族として半人前にしかならないからです。過去にも卒業を取り消された令嬢との婚約を解消した令息がいたと聞き、エリーアスの今回の件は婚約解消にふさわしいと判断しました。既に双方の両親には手紙を送っています。明日の朝にも届くことでしょう」
会場が一気にざわついた。
驚く者、指を指す者、エリーアスを笑う者。
いろんな人がいるけれど、誰もエリーアスを擁護はしない。
誰も私の決断を否定しない。
これで良かったのだ。
「嘘だろ、ビアンカ……? 俺達は今まで上手くやってきたじゃないか! 機嫌を直せ。そして学園長に、卒業研究の捏造など無かったと言え! ビアンカー!」
エリーアスは教員たちに会場からつまみ出される最後の瞬間まで、ずっと叫んでいた。
最後の方は涙声だったが、むしろいい気味よ。
王立学園の卒業を取り消されたとなれば、名門のゲルデルン家の汚点になる。
彼の親はかなり厳格なので、今後のエリーアスは運が良ければ騎士団に入れられて魔獣がうじゃうじゃいる極寒の辺境送り、最悪の場合は勘当だろう。
エリーアスは兄弟が多いので、出来損ないが一人消えたところでゲルデルン家にはダメージがないのだ。
エリーアスの姿を見るのも今日で最後になるだろう。
ほんの少しだけ感傷的な気分でいたら、学園長がコホン、と咳払いするのが聞こえた。
「さて、卒業生が全員揃ったところで、卒業生を代表してセレスタン・シャロンにスピーチをしてもらう」
皆が驚きに目を見張り、セレスタンの方を見る。
誰しもが「どうしてあの冴えないセレスタンがスピーチを」と言わんばかりの顔だ。
「ちなみに彼がランス国からの留学生であることは皆知ってる通りだと思うが——実は彼はランス国の第三王子だ。本人の希望により、他の学生と同じように扱ってほしいとのことで、王族であることは伏せていた」
会場のざわめきが一層大きくなる。
「成績優秀者でもあり、ランス国を代表する彼に、この学園での思い出について述べてもらおうと思う」
セレスタンがニコリと微笑み、壇上へと向かう。
セレスタンの歩く道を作るように、自然と人波が割れていく。
不思議なもので、皆セレスタンとすれ違う際にはすっと背筋を伸ばしていた。
他国の者とはいえ、王族と聞いてその背を正さずにはいられないのだろう。
いつもあか抜けないセレスタンを軽んじていた者ほど、背筋が伸びていた。
卒業生たちはセレスタンの思わぬ素性に驚きを隠せないようだが、私も彼が王族だと本人から明かされた時には腰を抜かしそうになった。
思わず自分の過去を振り返り、不敬にあたる行動が無かったか咄嗟に省みたほどだ。
勝手な偏見だが、王族とはもっと威張っていて、それが例え校内であっても権威を振りかざすような人たちだと思っていた。
しかしセレスタンは全くその逆で、むしろ目立たないように細心の注意を払っていたのだろう。
彼の事は上品な青年だと思っていたし、いいところの坊ちゃんだろうとは思っていたが、まさか王族だとは思わなかった。
ただ、王族だろうがなんだろうが、彼に対する人として尊敬する気持ちは変わらない。
卒業パーティを数日後に控えた先日、学園の広い庭園を散歩中にセレスタンは言った。
「僕はビアンカのことが好きだ。ビアンカさえよければ、君を婚約者としてランス国に迎えたいと思っている。僕はずっと王族としての自分に自信がなかった。兄弟と比べられ、優秀さを求められる日々に辟易していたんだ。でも、エリーアスに毅然と立ち向かう君を見ていたら、僕にもまだまだやれることがあるんじゃないかって思った。それに僕には僕のいいところがあって、自分らしく生きていっていいんじゃないかって」
セレスタンは漆黒の瞳をキラキラと輝かせながら言った。
彼の瞳には明るい未来が映っているに違いない。
「今までは君への恋心を秘めるのみだった。でも君のような聡明で、毅然とした態度を取れる人こそ、僕の国が求める人材であり——そして、君のような女性と生涯を共にできたらと思うんだ」
セレスタンは緊張で時々声を上ずらせながら、けれど私の目をまっすぐに見て言った。
ずっと友人だったから分かる。彼なら自分の生涯をかけて支える価値のある人だ。
きっと、私の人格を否定したりしないし、見下したりもしない。
万が一彼がそういう風になってしまっても、今の私なら大丈夫。
もうモラハラには負けない。自分を蔑む全ての存在に屈しない。
セレスタンが学園長に会釈し、壇上へ上る。
今から彼が述べる学園の思い出に、私との思い出も少しは登場するだろうか。
私にとっての学園生活は、エリーアスによるモラハラに毒された日々だった。
でも今からの人生は違う。
自分で自分の価値を信じて、私らしい日々を歩むのだ。
セレスタンは壇上から私にニッコリと微笑むと、ゆったりとした口調で卒業スピーチを述べ始めた。
彼の胸元には、黄色い花のコサージュが差してある。
私の胸元のものとお揃いだ。
花言葉は、過去との決別。
卒業パーティにピッタリとは言わないが、今の私達にはピッタリだ。
私はモラハラと決別し、セレスタンは気弱だった自分と決別する。
その先には、きっと素晴らしい未来が待っているはずだ。
まるでお手本のように美しいスピーチを述べ終わると、セレスタンは私の方にまっすぐに歩いて来た。
「それではダンスを踊りましょうか、僕だけのお姫様」
私ははにかみながら彼の手を取った。
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