第五話 エスコート役の申し出
はじめてエリーアスに言い返したことで、私の心臓はまだバクバクと大きな音を立てている。
手のひらにうっすらとかいた汗をこっそりスカートで拭っていると、セレスタンがいつも通り柔和な笑みを浮かべて言った。
「普段大人しい君があそこまで言い返す様子はまさに痛快だったよ。エリーアスはなんていうか、君に対しては辛辣すぎるところがあったし」
「あら、気づいてたの?」
エリーアスは異常に外面が良いため、私以外からの評価は高いのかと思っていた。
「うん。それに僕に対しても結構冷たかったからさ。彼、パッと見は愛想が良いけど、自分より格下と認定した人間のことはあからさまに見下してる感じだったよ。意外とそう思ってる同級生は多いんじゃないかな」
そうなのか。
私だけがエリーアスの本性に気付いて苦しんでいるのかと思っていた。
もっと早くに周囲へ助けを求めていたら、私は自殺未遂などしなくて済んだのかもしれない。
「ところで、卒業パーティのエスコートのことなんだけど」
「ああ、エリーアスはカーヤをエスコートするらしいわね。公式の場で堂々と浮気相手と腕を組むなんて、笑っちゃうわ」
私は苦笑交じりに溜息をついた。
女子学生のエスコートは在校生の異性か、婚約者、もしくは男性親族と決まっている。
けれど父が私をエスコートしてくれるとは思えないし、他にエスコートを頼めそうな男子学生はいない。
私は一人寂しく卒業パーティに出るしかないだろう。
卒業パーティでポツンとしている自分を想像すると、なんだか悲しくなってくる。
するとセレスタンが突然背筋を伸ばして、コホン、と咳ばらいをした。
「もし、ビアンカさえ良ければ、なんだけど。僕に君をエスコートさせてもらえないかな」
「セレスタンが⁉」
思わぬ申し出に、私は素っ頓狂な声をあげた。
「うん。じ、実は、前からビアンカのことをいいなって思ってたんだ」
セレスタンは恥ずかしそうに、ぽりぽりと頬を掻いた。
「エリーアスという君の婚約者の手前、おおっぴらにアピールすることもできないだろ? でもエリーアスがカーヤをエスコートするなら、僕に思い出作りをさせると思って、君をエスコートさせてくれないだろうか」
長い前髪から、セレスタンの漆黒の瞳がのぞく。
意外とくっきりとした目は、まっすぐに私をとらえている。
その瞳の放つ真摯な光に、思わず胸が高鳴る。
「思い出作りだなんて……セレスタンがエスコートしてくれるのなら、私からお願いしたいくらいよ。あなたほど話が合って、誠実で素晴らしい友人はいないもの」
私が微笑むと、セレスタンはぽっと頬を染めた。
その様子を見て、私は先ほどの「前からビアンカのことをいいなって思ってた」というセレスタンの言葉が嘘でなかったことに気付く。
セレスタンに好意を持たれてるなんて知らなかったよー!
エリーアスのモラハラばかりに気がいって、自分に好意を持ってくれている存在がいるだなんて思ってもみなかった。
それに、エリーアスが辛辣なのは自分が鈍くさいからだと、私はずっと自分を責めていた。
エリーアスが怒るのは私が悪いから。
こんな私の婚約者でいてくれるのはエリーアスしかいない。
そんなことを思って、私は自分で自分に呪いをかけていたのだ。
でも今は違う。
私は悪くないし、そんな私をいいなと思ってくれる存在がいても不思議じゃないと、自然と思える。
「私ね、近いうちにエリーアスとの婚約は解消しようと思っているの。もうこれ以上彼のモラハラには付き合えないもの。だからセレスタンは、誰にも気兼ねする必要ないからね」
「婚約を解消することまで決めているのかい? ……でも、エリーアスは承諾するだろうか?」
セレスタンの問いに、私は一瞬うっと言葉に詰まる。
確かに、自己中心的で俺様なセレスタンが、私からの婚約解消の申し出をすんなりと受け入れるとは思えない。
いつものように「俺に口ごたえをするな」とか「お前と結婚してやれる度量のある男は俺しかいない」とか言うに決まっている。
何より、エリーアスのモラハラを理由にした私からの婚約解消など、彼にとって不名誉な事実を受け入れるとは考えづらい。
「エリーアスの普段の行いを理由に婚約解消をするのは難しいかもしれないわね」。
「ビアンカが婚約を解消するにあたって、誰もが納得するような理由を用意しなくちゃならないよね。でも考えてごらんよ。エリーアスは誰に対しても誠実だったとは言い難い。どこかに彼の致命的な落ち度が転がっていそうなものだけれどね」
セレスタンは「そんなに都合よくいくわけないか」と笑ったが、私はハッとした。
そうだ、セレスタンは今まで私に当たるだけでなく、「お前に経験を積ませてやっているんだ。有難く思え」と言って様々な厄介事を押し付けてきていたじゃないの。
それを上手く使えば、エリーアスと婚約解消するだけじゃなく、一泡吹かせてやることができるかもしれない。
私は腹の底から意地の悪い笑みが浮かんでくるのを感じた。
多分、私は今、すごく悪い顔をしている。
でももう従順な淑女でいる必要なんてない。
本格的に反撃開始よ!
「卒業パーティが楽しみだわ!」




