第三話 私はもう、うつむかない!
「あら、エリーアス。パートナーの体調を気遣う一言すら出てこないなんて、あなたのほうがよっぽど頭の回転の鈍った愚図だわ!」
私が強い言葉で言い返すと思わなかったのだろう。
エリーアスは目を丸くして口をパクパクさせている。
まるで地上であえぐ魚みたい。
エリーアスにとってはモラハラに屈する弱き乙女こそが酸素なのかしら?
「私は卒業研究も終えて、とっくに提出しているもの。体調不良で少しくらい休んだって全く影響ないわ。それに引き換え、あなたはまだ卒業研究が提出できてないんじゃなくて? このままじゃ卒業取り消しになったら、ゲルデルン侯爵家の名に傷がつくわよ。王立学園を卒業できない侯爵令息なんて前代未聞ね」
エリーアスの顔が、怒りでみるみる赤く染まる。
「ビアンカ! お前どうしたんだ⁉ 淑女らしい従順さはどうした? 従順なところだけがお前のいいところじゃないのか⁉」
声を荒げたエリーアスに、廊下にいた生徒たちの視線が集まる。
今までの私だったら集まる視線に恥ずかしさを感じ、思わず俯いていたことだろう。
でも今は違う。
むしろ、モラハラに屈しない強い自分を見てほしいとさえ思う。
私はグッと顔をあげて正面を向いた。
モラハラの時代はここで終わらせてやる!
「あら、従順さ以外にもいいところなんていくらでもあるわ。成績だって優秀だし、先生からの覚えもいい。家柄だって申し分ないし、顔だって可愛いし。それに引き換え、あなたは私を罵ることしか能がないじゃない」
「ふ、ふ、ふざけるな! 魔法も大して使えないくせに! それに俺は侯爵令息だ。お前じゃなくても、嫁に来たがる娘など掃いて捨てる程いるんだぞ! 俺にそんな態度を取っていいと思っているのか⁉ だいたい、お前の両親はお前に興味などないし、お前には友達もいない。俺がいなくなったら、お前の周りには誰もいなくなるんだぞ!」
友達がほとんどいないのは、エリーアスが私の友人関係を厳しく制限したせいだ。
派手な見た目の子、成績があまり良くない子、侯爵令嬢である私より家柄が格下の子は全てふさわしくないから交流を辞めるように言われたのだ。
それに従った以前の私は本当にバカだったと思う。
けれど、友達なんて今から作っても遅くない。
両親が私に興味がないのは仕方ないが、私だって侯爵令嬢だ。
家柄は悪くないし、まだ若い私にはいくらでも嫁ぎ先があるはず。
最悪、年の離れたおじさんに嫁いでもいいと思っている。
モラハラさえしなければね!
「お前がそんな反抗的な態度を取るなら、俺にも考えがある! もう卒業式のエスコートはしてやらないからな! そうだ、俺の友人のカーヤは父上がご病気で卒業式に来れないと言っていたな。よし、彼女のエスコート役を俺がやってやろう」
エリーアスはニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべた。
何が友人のカーヤだ。
お前の浮気相手だろう!
知ってるんだからね!
エリーアスはヒートアップしすぎて周りが見えていないのか、それなりに大きな声で喋っていた。
私達を取り巻くギャラリーの数は、さきほどよりもずっと多い。
それに気づいたエリーアスはコホンと咳ばらいをすると、私の耳元に口を近づけた。
「覚えておけよ」
彼はそれだけ言い残すと、どこかへ去って行ってしまった。
愛しのカーヤたんに慰めてもらうのかもしれない。
遠ざかっていくエリーアスの後ろ姿を見ながら、私は自分の心臓がバクバクしていることに気付いた。
モラハラ野郎に言い返したのは、前の人生でも今の人生でも、これが初めて。
言いたいことを言ってスッキリした半面、逆上されるのではないかと怖かったのも事実。
掌にはうっすらと汗が滲んでいる。
「お見事だったよ」
パチパチと手を叩きながら声をかけてきたのは、留学生のセレスタンだ。
いつも前髪が長くて、目元をすっぽりと覆い隠している。
わざわざ留学してくるくらいだから良家のお坊ちゃんなんだろうが、気弱で大人しいため、あまりみんなから相手にされていない。
けれど、同じ気弱仲間の私とは気が合い、卒業研究の情報交換などを通じて親しくなった。
エリーアス的には取るに足らない存在らしく、セレスタンとの交流が制限されることはなかった。
「恥ずかしいところを見せてしまったわね」
「いや、ビアンカ。今まで見てきた君の中で、今日が一番かっこよかった。よくぞ言い返したと思うよ」
セレスタンの口から出た称賛の言葉は、緊張でガチガチになっていた私の心を柔らかく包み込んだ。
そうだ。私は間違ってない。
やっぱりモラハラなんかに屈しちゃダメね。
「ありがとう。セレスタン」




