第二話 初めての反撃
服薬自殺を図ったあの後、私は三日三晩苦しんだ。
幾度となく繰り返される嘔吐と高熱。
そして頭が割れるかと思うほどの頭痛。
いっそ死んでしまった方が楽なのでは、と何度も思った。
けれど、私は絶対に生きてエリーアスに反撃すると決めたのよ。
ここで死ぬわけにはいかない!
駆け付けた医者からはどうしてこんな劇薬を何種類も飲んだのかと問い詰められたが、「体調不良に自力で対処しようとした」という言い訳で押し通した。
また幸か不幸か、私に興味のない両親は私の行動を問い詰めることもなく、療養に専念することができた。
寝込んでいる間、私は今の自分の状況について整理することにした。
まず、私がビアンカとして転生したこの国には、魔法が存在する。
けれど、皆が皆魔法が使える訳ではない。
エリーアスのように貴族かつ魔法が使える人間はエリートの部類で、本人が望めば王国騎士団に入団して花形騎士として生きていくこともできるし、大学で魔法を生かした研究をしたり、魔法を生かした職に就くことができる。
一方で私には魔法の才能はないみたい。
魔力を使って魔道具を動かすくらいのことはできるので、日本にいた頃と同水準の暮らしは維持できそう。
でも、いわゆるエリートにはなれない。
私がエリートになりえない人材というのも、エリーアスをつけ上がらせる原因の一つなのかもしれないわね。
そして次に、この国にはモラハラという概念はない。
周辺諸国と比べると私が住む国での女性の立場は弱く、パートナーからの身体的暴力は許されないものの、言葉の暴力や人格否定などを咎める人はいない。
だからこそ、前世を思い出す前の私もエリーアスからの酷い言動の数々に心を痛めつつも、反撃しようとまでは思わなかったのだ。
女は従順であれ。
この国でよく聞かれる言葉だが、前世の記憶を取り戻した私にとってはこんなのは呪いの言葉でしかない。
パートナーのサンドバッグになることが女性らしさだと言うのなら、私はそんな女性らしさはお断りよ。
体調が元に戻ったら、これ以上エリーアスの横暴を許す訳にはいかない。前世の上司に散々モラハラされた分も含めて、絶対に仕返ししてやる!
◇
自殺未遂から4日が経った。
いまの私は卒業を目前に控えた学生なのだから、早く学校に復帰しなければならない。
ベッドから起き上がった私はメイドを呼び、王立学園の制服に袖を通す。
袖がヒラヒラと長いジャケットに、スカートは足首の近くまである独特なデザインだ。
私はメイドに首元のリボンをきゅっと結んでもらい、鏡の前に立つ。
鏡の前に立つのは、サラサラとした栗色の髪が美しい少女。
可愛らしい顔立ちではあるが、目がつぶらで、鼻も口も小さい。
気が強そうなタイプには見えない。
モラハラ野郎からすれば、恰好の餌食のような見た目にも見える。
どうせなら、派手な顔立ちに縦ロールヘアの悪役令嬢スタイルの方が良かった。
それなら婚約者から理不尽なモラハラを受けることも無かったかもしれないのに。
しかし、そんなことを言ったってしょうがない。
私は自分に与えられたカードで戦うしかないのだ。
◇
「おや、ビアンカ。やっと学園に出て来られたのか? 卒業前の貴重な時期に何日も休むだなんて、本当にグズだな」
エリーアスは私の姿を見るなりつかつかと歩み寄り、私にしか聞こえない声量で嫌味を言い放った。
「なんだ、その反抗的な目は? お前は鈍感だから、俺がわざわざこうやって教えてやってるんだろ? 有難いと思えよ」
婚約者なら、せめてパートナーの体調を気遣う一言でも言ったらどうなの⁉
本っ当に嫌な奴。
私が静かに睨みつける横で、エリーアスは廊下ですれ違う同級生たちににこやかに挨拶を返している。
彼は私に対しては非常に横暴だが、それ以外の人に対してはムチャクチャ愛想が良い。
だからこそ、他の人にエリーアスのモラハラを訴えても、きっと信じてもらえないだろう。
いつもならエリーアスの嫌味に対してうつむくかビクビクするかの二択だが、今日の私は違う。
「あら、エリーアス。パートナーの体調を気遣う一言すら出てこないなんて、あなたのほうがよっぽど頭の回転の鈍った愚図だわ!」
ガヤガヤとした廊下が、私の一言でしんと静まり返る。
ポカンと口を開けたエリーアス。
今まで通りに言い返されないと思ったら大間違いよ!




