↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チキンナイフと呼ばれた少女 ~逃げて逃れて世界最強~  作者: 荒瀬 維人
9章 彼方へ続く道

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
83/94

(83)賞金首の裏側

「五年前、ハルナ街道の敗走の直後――お前は、賞金首に指名された」


バロンは、静かに語り始めた。窓の外の夕暮れが、彼の横顔を、深い橙色に染めている。


「あの日のことは、正直、あたしの記憶も、断片的なんです」


あたしは、正直に答えた。


「それでいい。むしろ、当事者よりも、外側から見ていた者の方が、正確に覚えていることもある」


「どうして、今になって、この話を」


あたしが尋ねると、バロンは、少しの間、目を伏せた。


「アーガス殿が、じきに、お前に、全てを語るだろう。その前に、お前自身の足元だけは、はっきりさせておきたかった。師匠の話を、余計な不安を抱えたまま、聞かせたくはない」


バロンは、そう言うと、静かに続けた。


「その理由は、覚えているか」


「軍の指示に背いて、勝手に撤退を扇動した、という罪状だったと聞いています」


あたしが答えると、バロンは、小さく頷いた。


「表向きは、な」


「表向き、というと」


「実際には、お前を賞金首にしたい勢力と、それに反対する勢力の間で、意見が割れていた。わしは、後者だった」


その言葉に、あたしは、目を見開いた。


「反対、してくれてたんですか」


「当然だ。お前は、あの日、多くの命を救った。罪に問われるべきは、むしろ、無謀な進軍を命じた指揮官たちの方だ」


バロンの声には、静かな怒りが滲んでいた。


「賞金首にしたかった勢力、というのは、どういう人たちなんですか」


セシルが、冷静に尋ねた。バロンは、少し言葉を選ぶように、間を置いてから答えた。


「軍の上層部、特に、あの進軍を命じた指揮官たちに近い立場の者たちだ。自分たちの失策を、お前一人の責任にすり替えることで、体面を守ろうとした」


「そんな……」


トトが、思わず声を漏らした。


「理不尽な話だが、権力を持つ者たちの間では、珍しいことでもない。責任の所在を、都合よく作り変えることは、いつの時代も、繰り返されてきた」


バロンの言葉には、深い諦観と、それでもなお消えない怒りが、同居していた。


「わしは、お前の賞金首指名を、できる限り遅らせようとした。証拠不十分だと訴え、審議を長引かせた。結果として、完全に撤回させることはできなかったが、指名が正式に発効するまでの時間を、半年近く、稼ぐことができた」


「半年、って」


「誤解のないように言っておくが、指名の手続きそのものは、お前が街道を離れた、あの直後から、既に動き出していた。ただ、正式な賞金首として、全土に手配書が回るまでに、それだけの時間がかかった、ということだ」


「その間に、お前はもう、ハルナを出て、旅に出ていただろう。もし指名がすぐに発効していたら、お前は、ハルナを出る前に、拘束されていたかもしれない」


その事実に、あたしは、言葉を失った。あたしが知らないところで、自分の運命が、これほどまでに、誰かの手によって左右されていたなんて。


「あたし、そんなこと、全く知りませんでした」


「知らなくて当然だ。むしろ、知らせるべきではないと、わしが判断した」


「どうしてですか」


「お前が、余計な重荷を背負う必要は、ないと思ったからだ。自分の運命が、誰かの政治的な駆け引きの道具にされていると知れば、旅の間中、心が休まらなかっただろう」


バロンの配慮に、あたしは、胸が締め付けられる思いだった。


「どうして、そこまでしてくれたんですか」


あたしの問いに、バロンは、少し遠くを見るような目をした。


「わしにも、あの街道で、失った者がいる」


「え」


「わしの息子だ。若くして、あの部隊に配属されていた。お前の『逃げろ』という言葉に従って、生き延びた一人だ」


その言葉に、あたしの胸が、大きく揺れた。


「息子さんが……」


「今は元気に、隣の町で家族を持っている。お前がいなければ、今頃、わしは、息子を失っていた」


バロンの目には、確かな感謝の色が浮かんでいた。


「だから、わしは、お前に、恩がある。この五年、アーガス殿と連絡を取り合いながら、お前の動向を、遠くから見守ってきた」


「見守って、くれてたんですね」


「ああ。そして、いずれ、お前がここに戻ってくる日が来ると、信じていた」


その言葉に、あたしは、胸がいっぱいになった。故郷というのは、あたしが思っていたよりも、ずっと、あたしのことを、見守ってくれていたのかもしれない。


「息子さんに、会わせていただくことは」


あたしが尋ねると、バロンは、少し驚いたように、あたしを見た。


「会いたいのか」


「はい。あたしの選択が、確かに、誰かの人生を守れたんだって、この目で、確かめたいんです」


「――良いだろう。近いうちに、機会を作ろう」


バロンは、そう言うと、穏やかに微笑んだ。ヴァレナも、セシルも、トトも、その言葉に、静かに頷いていた。


「アーガス殿が戻ったら、改めて、話をする場を設けよう。彼から、お前に話しておきたいことが、いくつもあるはずだ」


バロンのその言葉に、あたしは、静かに頷いた。


応接間を出る頃には、外はすっかり夜の帳が下りていた。バロンは、あたしたちのために、館の一室を、宿として提供してくれた。


「今日は、ゆっくり休んでくれ。積もる話は、また明日以降、ゆっくりとしよう」


「ありがとうございます、バロン様」


案内された部屋は、旅の宿とは比べ物にならないほど、広く、清潔だった。


「なんか、落ち着かないね、こんな立派な部屋」


ヴァレナが、苦笑しながら、寝台に腰を下ろした。


「贅沢な悩みだね」


セシルが、くすりと笑いながら言った。


「今夜は、台詞帳に、何も書けそうにないや。かっこいい台詞より、色々、重たすぎる」


あたしがそう漏らすと、ヴァレナが、静かに笑った。


「明日から、また忙しくなりそうです」


トトが、窓の外の夜空を見上げながら呟いた。あたしも、その隣に立ち、星々の瞬きを、静かに見つめた。故郷の夜空は、旅先で見るどんな星空よりも、澄んで、近く感じられた。


「明日は、どんな一日になるんだろうね」


トトが、ぽつりと呟いた。


「さあ。でも、きっと、悪い一日にはならないと思う」


あたしがそう答えると、トトは、小さく微笑んだ。


「リクさんが、そう言うなら、そうなんでしょうね」


その日、あたしたちは、久しぶりに、屋根のある贅沢な部屋で、深い眠りに落ちた。窓の外では、ハルナの夜が、静かに更けていった。遠くで、夜鳥の鳴く声が、かすかに響いていた。それさえも、あたしにとっては、懐かしく、心地よい子守唄のように感じられた。明日への期待と、少しの緊張を胸に抱きながら、あたしは、静かに目を閉じた。


数日後に迫った、師匠との再会。その先に、何が待っているのか、まだ、あたしには分からなかった。それでも、確かな予感だけが、胸の中に、静かに広がっていた。


バロンの語った言葉の一つ一つが、眠りに落ちる直前まで、あたしの頭の中で、静かに反芻されていた。知らないところで支えられていた運命と、これから知ることになる師匠の不在の理由。その二つが、どこかで繋がっているような気がして、あたしは、闇の中で、そっと目を開けた。

最後までありがとうございました!


楽しんでいただけたら、評価やブックマークを入れてもらえるととても嬉しいです。


反応があると更新速度が上がります(重要)


それでは次回の更新をお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。