(81)村長の話
村長のオズワルドは、村の中心にある、少し大きな家に住んでいた。木造ながらも、村の中では一際立派な、二階建ての建物だった。あたしたちが訪ねると、彼は、懐かしそうに、あたしを迎え入れた。
「リクか。大きくなったな」
オズワルドは、白くなった顎髭を撫でながら、目を細めた。
「元気そうで、何よりだ。旅の噂は、こちらにも、時々届いていたよ」
「良い噂ですか、悪い噂ですか」
あたしが冗談めかして尋ねると、オズワルドは、豪快に笑った。
「賞金首になったと聞いた時は、正直、肝を冷やしたがな。それでも、悪事を働いてるという話は、一度も聞いたことがない。むしろ、困ってる人を助けてばかりだという噂の方が、よっぽど多かった」
「それ、及第点は、もらえてますか」
「上出来だとも」
オズワルドが、豪快に笑いながら言った。
「そう言ってもらえると、少し安心します」
「連れの方々も、ようこそ、ハルナへ」
オズワルドは、ヴァレナ、セシル、トトにも、丁寧に会釈をした。三人も、それぞれ礼儀正しく挨拶を返す。
「オズワルドさん、お久しぶりです。アーガスさんのことで、お聞きしたいことが」
あたしが切り出すと、オズワルドの表情が、少し曇った。
「ああ、留守にしてる件だな」
「どこに行ってるんですか」
「詳しいことは、わしにも分からん。ただ……」
オズワルドは、少し言いよどんでから、続けた。
「最近、あの人が、時々、遠くを見るような目をしてることに、気づいてたんだ。何か、探し物をしてるような、あるいは、誰かを待ってるような。そんな様子だった」
「探し物」
「わしが知ってるのは、これくらいだ。ただ、留守にする前、こんなことを言い残してた。『もし、リクが帰ってきたら、待っていてほしい。数日のうちに、必ず戻る』とな」
その言葉に、あたしの胸が、少し軽くなった。同時に、少しだけ、不思議な気持ちにもなった。あの人は、いつも、あたしが動く前から、まるで先回りしているかのように、物事を見通していることがある。
「あたしのことを、待っててくれてたんですね」
「そうらしいな。まるで、お前が帰ってくるのを、見越してたみたいだった」
その言葉に、あたしは、不思議な気持ちになった。あたしたちがハルナに向かうことを、あの人が知る術はないはずなのに。
「探し物、というと」
セシルが、興味深そうに尋ねた。
「わしにも、詳しいことは分からん。ただ、ここ最近――そうだな、半年ほど前からか。あの人は、時々、思い詰めたような表情で、遠くを見つめてることがあった」
「半年前から、ですか」
あたしが尋ねると、オズワルドは、頷いた。
「何かのきっかけで、思うところがあったんだろう。わしが聞いても、多くは語らなかったがね」
「バロン様に会ってきたのかもしれないぞ」
オズワルドが、ふと付け加えた。
「バロン様、ですか」
「アーガスさんとバロン様は、昔からの顔なじみだ。何やら、領主館に呼ばれて出かけていく姿を、村の者が見たと言っていた」
「バロン・エッシュ様が、アーガスさんを、呼んだ」
セシルが、興味深そうに繰り返した。
「二人の間に、何かあるんですか」
「詳しいことは知らんが、バロン様は、昔から、この村のことを気にかけてくださっている。特に、五年前のあの敗走以来、な」
「敗走以来、ですか」
ヴァレナが、思わず口を挟んだ。
「うむ。あの日以来、バロン様は、以前にも増して、この村への支援を厚くしてくださっている。理由までは、わしも詳しくは知らんが」
その言葉に、あたしとヴァレナは、顔を見合わせた。バロン・エッシュという名前が、少しずつ、あたしたちの旅の中心に、近づいてきていた。トトも、真剣な表情で、話に聞き入っている。
「セシルさん、手帳に書き留めておいた方がいいんじゃないですか」
トトの言葉に、セシルは、既にペンを走らせていた。
「もう書いてる。バロン・エッシュ、アーガス・ヴェイン、五年前の敗走。この三つが、どう繋がってるのか。整理していく必要がありそう」
セシルの冷静な分析に、あたしは、頼もしさを感じた。
「領主館に、行ってみます」
あたしがそう言うと、オズワルドは、頷いた。
「気をつけてな。バロン様は、悪い人じゃない。ただ、立場上、色々と複雑な事情を抱えておられる」
「分かりました。教えていただいて、ありがとうございます」
あたしが頭を下げると、オズワルドは、優しく微笑んだ。
「リク、お前が、こうして仲間を連れて帰ってきてくれたことが、わしは、何より嬉しい。村の者たちも、みんな同じ気持ちのはずだ」
「ありがとうございます」
「困ったことがあれば、いつでも、この村を頼りなさい。ここは、お前の故郷なんだから」
その言葉に、あたしは、胸が熱くなるのを感じた。故郷を離れてから、あたしは、自分がこの村にとって、どういう存在なのか、正直、あまり自信が持てずにいた。賞金首という肩書きが、村の誇りになるのか、それとも、恥になるのか。分からないまま、ずっと、心のどこかで、身構えていた。
でも、オズワルドの言葉には、そんな迷いを吹き飛ばすだけの、温かさがあった。
「他の村の人たちも、あたしのこと、どう思ってるんでしょうか」
あたしが、少し不安げに尋ねると、オズワルドは、優しく笑った。
「みんな、誇りに思っておるよ。故郷から旅立った娘が、あちこちで、困ってる人を助けていると聞けば、悪い気はせんだろう」
その言葉に、あたしの目頭が、じんわりと熱くなった。
オズワルドの家を出ると、外はすでに、夕暮れの気配が漂い始めていた。
「今日はもう遅いし、明日の朝、出発しよう」
ヴァレナの提案に、あたしたちは頷いた。マーサの家に戻る道すがら、あたしの頭の中では、バロン・エッシュという名前が、少しずつ、大きな存在感を持ち始めていた。
その言葉を胸に、あたしたちは、翌朝、村を出て、領主館のある町へと向かうことにした。アーガスの不在の理由が、少しずつ、輪郭を帯び始めていた。夜空に浮かぶ星々を見上げながら、あたしは、これから訪れる再会に、静かに思いを馳せていた。この五年間、あたしがどれだけ成長できたのか、それを確かめてもらえる日が、もうすぐそこまで近づいていた。仲間たちの寝息が、静かに聞こえ始めるまで、あたしは、しばらくの間、その予感を、胸の中で反芻していた。やがて、あたし自身も、深い眠りへと、静かに落ちていった。窓の外の月明かりが、部屋の中を、ぼんやりと照らしていた。
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