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チキンナイフと呼ばれた少女 ~逃げて逃れて世界最強~  作者: 荒瀬 維人
9章 彼方へ続く道

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(78)懐かしい村の景色

関所を抜けて二日、あたしたちは、あたしが生まれ育った村、リエンの集落に到着した。


「わあ……」


トトが、思わず声を漏らした。木造の家々が、緩やかな丘に沿って並び、その向こうには、青々とした牧草地が広がっている。羊の群れが、のんびりと草を食んでいた。


「本当に、のどかなところですね」


「でしょ」


あたしは、少しだけ誇らしい気分になった。故郷を褒められるのは、悪くない気分だった。


「この道、覚えてる」


あたしは、村の入り口に続く、石畳の小道を指さした。


「子どもの頃、毎日、水汲みでこの道を往復してたんだ。桶を抱えて、こぼさないように、必死に歩いた記憶がある」


「今のリクさんからは、想像しにくいですね」


トトが、くすくすと笑った。


「失礼な。あたしだって、子どもの頃は、ちゃんとした村娘だったんだから」


「今は、ちゃんとしてない、みたいな言い方」


セシルが、すかさず突っ込んだ。あたしは、うっと言葉に詰まった。


「賞金首やってる時点で、ちゃんとした村娘の道からは、少し逸れてるかもね」


ヴァレナが、けらけらと笑いながら言った。あたしたちは、そんな軽口を交わしながら、村の中心へと歩みを進めた。井戸の周りでは、数人の女性たちが、洗濯をしながら、世間話に花を咲かせている。その光景は、五年前と、何も変わっていないように見えた。子どもたちが、井戸の周りを、はしゃぎながら駆け回っている。あたしも、かつては、あの中の一人だった。あの頃は、まさか自分が、遠い国々を旅する日が来るなんて、想像もしていなかった。


「リク? リクなのかい」


畑仕事をしていた老婆が、あたしに気づいて、声をかけてきた。


「マーサさん」


「なんてこと、本当にリクじゃないか。ああ、大きくなって」


マーサは、涙ぐみながら、あたしの手を取った。土で汚れた指先が、あたしの手を、しっかりと包み込む。その温もりに、あたしは、思わず、幼い頃の記憶を思い出した。両親を亡くしたばかりの頃、この人が、何度も、あたしを抱きしめてくれたことを。


「あんたが、旅に出てから、もう何年になるかねえ」


「五年、ちょっとです」


「そうかい、そうかい」


マーサは、何度も頷きながら、あたしの手を、優しく撫でた。


「賞金首になったって聞いた時は、心配で夜も眠れなかったよ。でも、こうして、元気な顔を見られて、本当に良かった」


その言葉に、あたしの胸が、じんわりと温かくなった。故郷というのは、良い意味でも、悪い意味でも、あたしのことを、覚えている場所だった。


「連れの人たちは、お仲間かい」


「はい。大事な仲間です」


あたしが紹介すると、ヴァレナ、セシル、トトが、それぞれ丁寧に挨拶をした。マーサは、目を細めて、みんなを見渡した。


「良い顔してるね、みんな」


その一言に、なぜか、あたしまで照れくさくなった。


「アーガスさんの山小屋、まだ同じ場所ですか」


あたしが尋ねると、マーサは、少し表情を曇らせた。


「ああ、同じ場所だよ。ただねえ……」


「何か、あったんですか」


「最近、あの人、時々、遠くまで出かけてるみたいでね。どこに行ってるのか、村の誰も知らないんだ」


ゴードンの話と、同じ内容だった。あたしの中の不安が、少しずつ大きくなっていく。


「今日は、もう遅いから、うちに泊まっていきなさい。山小屋に行くのは、明日でいいだろう」


マーサの申し出に、あたしたちは、素直に甘えることにした。マーサの家は、あたしが幼い頃、両親を亡くしたあと、何度も食事をご馳走になった、思い出深い場所だった。


「懐かしいなあ、この台所」


あたしは、木の匂いが染み付いた台所を見渡しながら、呟いた。


「よくここで、パンをもらって食べてました」


「よく覚えてるねえ。あんた、痩せっぽっちで、いつも腹を空かせてたから、心配だったんだよ」


マーサは、そう言いながら、鍋いっぱいのシチューを、あたしたちに振る舞ってくれた。湯気とともに、懐かしい香りが、部屋いっぱいに広がっていく。トトもセシルもヴァレナも、久しぶりの家庭料理に、目を輝かせている。


「美味しい……」


トトが、思わず呟いた。


「でしょう。マーサさんの料理、村で一番なんだから」


あたしが自慢げに言うと、マーサは、照れくさそうに笑った。


食事を終えたあと、マーサは、あたしたちのために、予備の寝床を整えてくれた。


「布団、少ないけど、我慢しておくれ」


「十分です。ありがとうございます、マーサさん」


あたしがそう言うと、マーサは、目を細めて笑った。


夜、マーサの家の囲炉裏を囲みながら、あたしは、久しぶりに、故郷の空気を味わっていた。


「懐かしい、匂い」


あたしが呟くと、ヴァレナが、静かに、あたしの横に腰を下ろした。


「あの日から、初めて、ここに帰ってきたんだね」


「うん」


「怖い?」


ヴァレナの問いに、あたしは、正直に頷いた。


「怖いよ。でも」


あたしは、窓の外に広がる、星の瞬く夜空を見上げた。


「いつまでも、目を逸らしてるわけにはいかないから」


「うん」


「それに、あんたも、一緒にいてくれるし」


あたしがそう言うと、ヴァレナは、少し照れくさそうに、視線を逸らした。


「柄にもないこと、言わないでよ」


「柄にもないのは、お互い様でしょ」


「向き合わなきゃいけない時が、来たんだと思う」


その言葉に、ヴァレナは、何も言わず、ただ、あたしの肩に、そっと手を置いた。その手の温かさが、じんわりと、あたしの緊張をほぐしていく。


囲炉裏の向こうでは、セシルとトトが、マーサから、村の昔話を聞かせてもらっていた。トトは、時折、感心したように声を上げ、セシルは、興味深そうに、手帳へ何かを書き留めている。


「あの二人、すっかり打ち解けてるね」


あたしが言うと、ヴァレナも、目を細めて頷いた。


「良いことだよ。仲間が増えるたびに、この旅が、少しずつ、賑やかになっていく」


「うん」


「あんたが、一人で背負ってた頃とは、大違い」


その言葉に、あたしは、小さく笑った。


「今も、時々、忘れそうになるけどね。一人で何とかしなきゃって」


「忘れそうになったら、あたしが、いつでも思い出させてあげる」


ヴァレナは、そう言って、あたしの肩を、軽く小突いた。夜が更けるにつれ、囲炉裏の火は、少しずつ、赤く小さくなっていった。それでも、部屋の中を包む温かさは、少しも変わらなかった。

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