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チキンナイフと呼ばれた少女 ~逃げて逃れて世界最強~  作者: 荒瀬 維人
9章 彼方へ続く道

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(77)関所の顔なじみ

翌々日、あたしたちは、辺境自治領ハルナの入り口となる関所に到着した。他の国々の関所とは違い、木造の簡素な検問所が、街道の脇にぽつんと建っているだけだった。


木造の建物の周りには、旅人や商人が、数人、列を作っていた。旅慣れた足取りで検問所に近づくと、あたしは、なんとなく懐かしい緊張感を覚えた。他の国の関所とは違う、どこかのどかな雰囲気が漂っている。荷馬車の車輪の音や、行商人たちの掛け声が、のんびりとした空気の中に、心地よく溶け込んでいた。


「あれ、リクじゃないか」


検問所から出てきた初老の役人が、あたしの顔を見るなり、目を丸くした。


「久しぶりだね、ゴードンさん」


あたしが声をかけると、ゴードンと呼ばれた役人は、感慨深そうに、あたしを頭のてっぺんから足の先まで眺めた。


「大きくなったなあ。噂には聞いてたが、まさか本人が帰ってくるとはな」


「噂、ですか」


「賞金首になって、あちこちの街道を暴れまわってるっていう噂だよ。ここいらじゃ、ちょっとした有名人だ」


その言葉に、あたしは、なんとも言えない気分になった。故郷での自分の評判というのは、旅先とはまた違う重みを持つ。知らない町でどう見られるかより、育った場所でどう語られているかの方が、ずっと落ち着かない気分にさせられる。


「税は、いつも通りでいいのか」


「あたしは免除だよね」


「ああ、お前さんは、な。連れの三人は、通常通り、距離税をもらうよ」


セシルが、手早く硬貨を数えて、ゴードンに手渡した。


「随分と、しっかりした連れがいるじゃないか」


「みんな、大事な仲間だから」


あたしがそう言うと、ゴードンは、少し目を細めた。


「良かったな。一人で背負い込まなくて」


その一言に、あたしは、思わず言葉に詰まった。ゴードンなりの、あたしへの気遣いなのだと、すぐに分かった。


「昔のあんたは、いつも一人で、肩肘張ってたからな」


「そんなに、分かりやすかったですか」


「そりゃあな。関所を通るたびに、誰とも目を合わせずに、さっさと通り過ぎていく子どもだったよ」


「うっ」


図星を突かれて、あたしは、思わず声を漏らした。


「台詞帳に、書いておこう。ゴードンさんに、黒歴史を握られている、と」


「まだ、そんなの、書いてるのか」


ゴードンが、呆れたように笑った。


「今は、ずいぶんと、賑やかになったじゃないか」


ゴードンが、あたしの後ろに並ぶ三人を、順に見渡しながら言った。ヴァレナ、セシル、トトが、それぞれ会釈をする。


「良い顔をした仲間たちだ」


「みんな、あちこちで拾った、大事な人たちです」


「拾った、って言い方、なんかリクさんらしいですね」


トトが、くすくすと笑った。ゴードンも、つられたように、口元を緩めた。


「アーガスさんは、元気にしてますか」


あたしが尋ねると、ゴードンは、少し考える素振りを見せた。


「相変わらず、あの山小屋に住んでるはずだよ。ただ、最近は、時々、姿を見せなくなる時期があるらしい。どこかに出かけてるんだろうって、村の連中は噂してる」


「出かけてる、って」


「詳しくは知らんよ。あの人は、昔から、そういうところがあるだろう」


その言葉に、あたしは、小さな不安を覚えた。アーガスの気配のない山小屋を想像すると、なぜか、胸がざわついた。あの人が、当たり前のように、いつもの場所にいてくれるという安心感を、あたしは、無意識のうちに、当てにしていたのかもしれない。


「バロン・エッシュ様は、今、どちらに」


セシルが、話題を変えるように尋ねた。


「領主館だよ。最近は、王都との折衝で忙しくしてるって聞くね」


「王都との折衝、ですか」


「詳しいことは、俺たち下っ端には分からんが……まあ、ハルナの立場も、色々複雑なんだろうさ」


「複雑、ですか」


セシルが、興味深そうに尋ねた。


「王都とも、ライネスとも、完全には手を組めない立場だからな。どちらに肩入れしすぎても、もう片方から睨まれる。バロン様も、そのあたりの舵取りには、随分と苦労なさってるようだ」


ゴードンは、そう言うと、少し声を落として続けた。


「まあ、詳しいことは、直接、館で聞いた方が早いだろう。噂話は、所詮、噂話にすぎん」


「そうですね。憶測だけで動くのは、危ないですし」


セシルが、手帳に何かを書き留めながら、頷いた。


「教えてくれて、ありがとうございます」


「なに、旅の無事を祈ってるよ。特に、お前さんには」


ゴードンの目には、あたしの幼い頃を知る者だけが持つ、深い情が滲んでいた。あたしは、その眼差しに、小さく頭を下げてから、街道の先へと、足を踏み出した。振り返ると、ゴードンは、まだこちらを見送っていた。その姿が見えなくなるまで、あたしは、何度も、小さく手を振り続けた。


ゴードンは、そう言うと、検問所の中に戻っていった。あたしたちは、開かれた関所を抜け、ハルナの大地に、改めて足を踏み入れた。


乾いた土の匂い、遠くで鳴く鳥の声、緩やかに続く丘陵。何もかもが、記憶にあるままだった。それなのに、五年という歳月が、あたしとこの土地の間に、ほんの少しだけ、隔たりを作っているようにも感じられた。


「どうかした?」


ヴァレナが、あたしの様子に気づいて、声をかけてきた。


「ううん。なんか、変な感じがして」


「変な感じ、って」


「懐かしいのに、少しだけ、よそよそしい。自分の家なのに、他人の家みたいな」


「五年も経てば、そんなものかもね」


ヴァレナは、そう言うと、あたしの背中を、軽く押した。


「立ち止まってても、始まらないよ。行こう」


「うん」


「アーガスさんのこと、心配ですか」


トトが、あたしの表情を窺いながら尋ねた。


「うん、少し」


あたしは、正直に答えた。


「でも、まずは、山小屋に行ってみよう。会えば、きっと、いつも通りの、あの仏頂面が見られるはずだから」


「仏頂面って、面白い言い方ですね」


トトが、くすりと笑った。


「本当に、いつも眉間に皺寄せてるんだから。稽古の時なんて、笑った顔、一度も見たことないかも」


「そんな人が、リクさんのこと、大事に思ってくれてるんですね」


「多分ね。口には出さないけど」


セシルが、地図を広げながら、山小屋までの道のりを確認した。


「ここから、山小屋までは、半日くらいかな」


「よし、行こう」


ヴァレナの号令に、あたしたちは、それぞれ頷いた。


そう言いながらも、あたしの胸の中には、拭いきれない予感が、小さく渦巻いていた。

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