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チキンナイフと呼ばれた少女 ~逃げて逃れて世界最強~  作者: 荒瀬 維人
8章 借りぬ力、通じぬ壁

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(73)帰り道

ザラたちが去ったあと、あたしたちは、しばらくその場に留まり、気持ちを落ち着けていた。張り詰めていた緊張が、ゆっくりと解けていくのを、あたしは、体の芯で感じていた。同時に、お腹が盛大に鳴った。緊張と空腹は、いつだって足並みを揃えてくるものらしい。夕暮れの光が、路地の奥にまで、赤く差し込み始めていた。


「これから、どうしよう」


トトの問いに、セシルが、手帳を取り出しながら答えた。手帳の表紙は、これまでの旅の中で、すっかり擦り切れていた。


「集めた証拠、しかるべき場所に届ける必要がある。ただ、王都の役人に直接訴えるのは、まだ危険だと思う」


セシルの分析に、あたしは頷いた。


「アルドさんの立場を使えば、もう少し、慎重に動けるかもしれません」


あたしの提案に、アルドは、考え込みながら答えた。


「俺の伝手なら、信頼できる筋に、内密に情報を渡すことができる。時間はかかるが、確実な方法だ」


アルドの申し出に、あたしたちは、深く頷いた。彼の慎重で確実な手段こそが、この状況を、最も安全に前進させる方法だと、あたしは信じていた。


「そういえば」


アルドが、思い出したように、懐から、先ほどの乱闘で拾った書類を取り出した。


「さっきの騒ぎの中で、これを拾った。まだ、ちゃんと見る余裕がなかったが」


差し出された書類を、セシルが受け取り、素早く目を通した。


「指令書、みたい。次の集荷は、南区の別の倉庫で行われるって書いてある」


セシルの報告に、あたしたちは色めき立った。


「新しい手がかりだね」


トトの言葉に、あたしも頷きかけた。その時、セシルが、眉をひそめて、書類をもう一度見直した。


「待って。何か、変」


「変、って」


「この日付。集荷の日程が、フェンさんや傭兵仲間から聞いてきた周期と、微妙に噛み合わない。紙の質も、他の書類より、妙に真新しい」


セシルの指摘に、あたしは、書類を覗き込んだ。言われてみれば、インクの色艶が、他の証拠品とは、どこか違って見えた。


「わざと、拾わせたってこと」


あたしが呟くと、セシルは、慎重な表情で頷いた。


「断定はできない。でも、この情報を鵜呑みにして動くのは、危険だと思う」


セシルの冷静な指摘に、アルドも、腕を組んで考え込んだ。


「なるほどな。倉庫での一件を察していたなら、偽の手がかりを紛れ込ませておくくらいのことは、するかもしれない」


アルドの言葉に、あたしたちは、背筋が冷たくなるのを感じた。もう少しで、まんまと誘導されるところだった。


「今は、確実な情報だけを頼りにしよう。焦って、飛びつかないこと」


セシルの提案に、あたしたちは頷いた。手に入れた確かな証拠と、まだ判断のつかない書類。二つを、慌てず、丁寧に整理し直す必要があった。


あたしは、みんなの顔を見渡してから、静かに続けた。


「まずは、ライネスに戻ろう。フェンさんたちのことも心配だし」


あたしの言葉に、みんなが頷いた。


その日のうちに、あたしたちは、王都を発つ商隊を見つけ、帰路についた。道中は、行きと同じように、慎重に、目立たないよう努めた。それでも、あの一戦を乗り越えた後の空気は、これまでとは、明らかに違っていた。誰の表情にも、大きな仕事をやり遂げたあとの、静かな充実感が滲んでいた。荷馬車の揺れに身を任せながら、あたしは、ここまでの旅の道のりを、改めて振り返っていた。


「ザラさんのこと、まだ信じられない気持ちもある」


トトが、荷馬車の中で、ぽつりと呟いた。


「うん。あたしも、正直、驚いてる。でも、あの時の彼女の目は、噓じゃなかったと思う」


あたしの言葉に、ヴァレナも頷いた。


「人は、変われるものなんだね。あんたを見てても、そう思う」


ヴァレナの言葉に、あたしは、少し照れくさくなった。柄にもなく褒められると、どんな顔をすればいいのか分からなくなる。台詞帳にも、こういう時の模範解答は、まだ載っていない。


「あたしも、この旅の中で、色々変わってきたと思う」


あたしの言葉に、セシルが、優しく微笑んだ。荷馬車の外を、夕暮れの街道が、ゆっくりと流れていった。


「臆病者から、仲間を守るために戦えるようになった。それって、すごいことだよ」


セシルの言葉に、あたしは、胸が温かくなるのを感じた。振り返れば、この旅の一歩一歩が、あたしを、少しずつ変えてきたのだと思う。一人では決して踏み出せなかったであろう勇気を、仲間たちが、いつも与えてくれていた。


数日後、あたしたちは、ライネスの町へと帰り着いた。見慣れた町並みが、これまでの旅を思うと、どこか懐かしく感じられた。ほんの数週間ほどの不在だったはずなのに、まるで、随分と長い間、この町を離れていたような気持ちになっていた。町の入り口に立つ検問所を通り抜けながら、あたしは、ここで初めて感じたあの強い反応のことを、ふと思い出していた。


「まずは、フェンさんのところに」


あたしの提案に、みんなが頷いた。


フェンの家を訪ねると、彼と、彼の妻、そして子どもが、あたしたちを、温かく迎えてくれた。玄関先には、以前訪れた時よりも、ずっと明るい雰囲気が漂っていた。子どもの元気な笑い声が、家の中から響いてくる。


「無事に、戻ってきてくれたんだな」


フェンの言葉に、あたしは頷いた。フェンの顔色は、以前訪れた時よりも、格段に良くなっていた。


「はい。フェンさんのおかげで、大事な手がかりを摑めました」


あたしの報告に、フェンは、安堵の表情を浮かべた。


「王都で摑んだ証拠、これから、しかるべき筋に届けます。時間はかかるかもしれませんが、必ず、この町の平穏を取り戻します」


あたしの言葉には、これまでの旅で得た、確かな覚悟が込められていた。


あたしの言葉に、フェンの妻が、涙ぐみながら頭を下げた。


フェンの妻は、深々と頭を下げながら、涙をこらえきれない様子で続けた。


「本当に、ありがとうございます。あなたたちのおかげで、この人が、無事に戻ってきてくれました」


フェンの妻の言葉に、あたしたちは、それぞれ、深く頭を下げた。彼女の腕の中で眠る、小さな子どもの寝顔を見つめながら、あたしは、この旅が、確かに誰かの日常を守ることに繋がっていたのだと、改めて実感していた。


「これからも、この町で、家族と穏やかに暮らしてください」


あたしの言葉に、フェンは、力強く頷いた。彼の目には、以前訪れた時には見られなかった、確かな希望の光が宿っていた。


「ああ、必ず。それに、これからは、俺も、できる限りの協力をする」


フェンの申し出に、あたしたちは、感謝の言葉を返した。かつて、監禁され衰弱していた彼の姿を思うと、今のこの穏やかな表情が、どれほど得難いものかを、あたしは改めて噛み締めていた。


フェンの家を辞去したあと、あたしたちは、アルドと合流し、これからの計画について、改めて話し合った。


アルドは、真剣な表情で、あたしたちを見渡した。


「証拠を届ける件、進めておく。少し時間はかかるが、必ず、しかるべき人物に届ける」


アルドの言葉に、あたしたちは、それぞれ大きく頷いた。この情報が、必ず良い結果を生むことを、あたしは強く願っていた。


「アルドさんには、本当にお世話になりました」


あたしの言葉に、アルドは、少し照れくさそうに視線を逸らした。


「礼はいい。それより、お前たちは、これからどうするつもりだ」


アルドの問いに、あたしは、少し考えてから答えた。


「もう少し、この町の様子を見守りたいと思います。それに、ザラさんのことも、気になるので」


あたしの言葉に、アルドは、小さく頷いた。


アルドは、遠くの空を見つめながら、静かに答えた。


「彼女なら、大丈夫だろう。少なくとも、以前とは、確かに何かが変わったように見えた」


アルドの言葉に、あたしたちは、それぞれ頷いた。


「ザラさんが、いつか、本当の意味で自由になれる日が来るといいですね」


あたしの言葉に、アルドは、静かに頷いた。


「その手助けが、俺たちにできることなら、俺は喜んで力を貸す」


アルドの言葉に、あたしは、深く感謝した。この長い戦いの先に、まだ見ぬ未来が、静かに広がりつつあることを、あたしは感じていた。

最後までありがとうございました!


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それでは次回の更新をお楽しみに!

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