(68)軍事倉庫の秘密
翌日の昼過ぎ、あたしたちは、ついに王都に到着した。久しぶりに目にする王都の賑わいは、相変わらず活気に満ちていた。それでも、あたしたちの心は、その賑わいを楽しむ余裕もないほど、次の目的に向かって張り詰めていた。商隊と別れ、あたしたちは、フェンから聞いた目印を頼りに、北東区画へと向かった。
「フェンさんの話だけじゃなく、組合の古い地図でも、目星をつけておいた」
セシルが、手帳に挟んだ地図の写しを、みんなに見せながら言った。
「この辺りは、昔、軍の倉庫が集中してた区画みたい。今も使われてるとしたら、可能性は高いと思う」
「あの、見張り台みたいな塔、あれかな」
セシルが、遠くに見える古い塔を指さした。
「うん、フェンさんが言ってた通りだ」
あたしの言葉に、みんなは、緊張した面持ちで頷いた。区画に近づくにつれ、人通りは、目に見えて少なくなっていった。かつては賑わっていたであろう倉庫街は、今では、静まり返った気配に包まれていた。古びた建物の壁には、かつての繁栄を物語る、色褪せた看板がいくつも残されていた。今は、その多くが、扉を固く閉ざしたまま、朽ちるに任されているようだった。
「思ったより、静かだね」
トトが、小声で呟いた。
「静かすぎて、逆に不気味」
ヴァレナの言葉に、あたしも同意した。物々しい雰囲気を想像していたが、目の前に広がる光景は、むしろ、人の気配が意図的に排除されているような、不自然な静けさだった。
「あそこ、見て」
セシルが、指さした先には、一際大きな倉庫があった。他の建物とは違い、外壁が新しく補修され、周囲には、明らかに警備のための柵が設けられていた。
「あそこが、目的の場所かもしれない」
あたしの言葉に、みんなは頷いた。
「近づいてみよう。慎重に」
セシルの提案に従い、あたしたちは、物陰を伝いながら、倉庫へと近づいていった。近づくにつれ、規則正しい足音が、微かに聞こえてくるのが分かった。
「巡回してる人がいる」
トトが、緊張した声で囁いた。
「間隔を数えよう。パターンが分かれば、隙を突ける」
セシルの冷静な指示に、あたしたちは頷いた。しばらく物陰から観察を続けると、警備の巡回には、確かに一定のパターンがあることが分かった。
「今」
セシルの合図で、あたしたちは、巡回の隙を突いて、倉庫の裏手へと移動した。裏手には、小さな窓が一つあり、中の様子を、僅かに窺うことができた。
窓から覗き込むと、倉庫の中には、木箱が整然と積み上げられていた。その数は、これまで見てきたどの現場よりも、遥かに多かった。
「これ、全部……」
あたしが息を呑むと、セシルも、驚いた表情で窓に顔を寄せた。
「相当な量だね。もし、これ全部が武器だとしたら」
セシルの言葉に、あたしは背筋が冷たくなった。想像していたよりも、遥かに大きな規模の陰謀が、目の前に広がっているようだった。この量の荷が、本当に武器だとしたら、その用途は、単なる一つの町を脅かす程度のものではないはずだった。もっと大きな、国家規模の思惑が、この裏に潜んでいるのかもしれない。そう考えると、あたしは、恐怖にも似た緊張を、抑えることができなかった。
「中に入って、確かめる方法、ないかな」
あたしの問いに、セシルは、周囲を見渡した。
セシルは、倉庫の外壁を、隅から隅まで、丹念に観察していった。慎重な彼女らしい、抜かりのない確認作業だった。
「あそこ、換気口がある。小さいけど、体を絞れば、入れるかもしれない」
セシルが指さした先には、地面に近い場所に、小さな換気口があった。
「危険だけど、やってみる価値はある」
あたしの言葉に、みんなは頷いた。
「僕が、行きます。体格的に、一番入りやすいと思うので」
トトの申し出に、あたしたちは驚いた。
「大丈夫? 危険だよ」
あたしの心配に、トトは、しっかりとした表情で頷いた。
「大丈夫です。ここまで、みんなに守られてばかりだったから、今度は、僕が役に立ちたい」
トトの言葉に、あたしは、胸が熱くなるのを感じた。出会った頃、震える手で剣を握っていた少年が、今では、自ら危険な役目を買って出るまでに成長していた。この旅を通じて、彼が積み重ねてきた努力と勇気を、あたしは、誰よりも間近で見てきた。トトの決意に、ヴァレナが、誇らしげに微笑んだ。
「頼もしくなったもんだね。無理はしないでよ」
ヴァレナの言葉に、トトは頷いた。
「もし何かあったら、すぐに笛を吹いて。あたしたちが、すぐに駆けつける」
セシルの言葉に、トトは、小さな笛を受け取り、頷いた。緊張した面持ちながらも、その目には、確かな決意が宿っていた。
トトが、換気口へと近づき、慎重に体を潜り込ませていく。あたしたちは、息を潜めて、彼の様子を見守った。心臓の鼓動が、いつもより速く、耳の奥で響いているのが分かった。しばらくすると、換気口の奥から、トトの小さな声が聞こえてきた。
「入れました。中の様子、確認します」
トトの声に、あたしたちは、僅かに緊張を緩めた。それでも、油断はできなかった。倉庫の中で、彼が何を目にすることになるのか、あたしたちには、まだ分からなかった。
「何か、変な感じがします。空気が、重いっていうか……ライネスの検問所に、雰囲気が似てます」
トトの報告に、あたしは、思わず息を呑んだ。あの検問所で覚えた、あの独特の圧迫感。まさか、この王都の倉庫でも、同じものを感じるとは、想像していなかった。
トトの声が、不意に途切れた。しばらくの沈黙のあと、押し殺したような囁きが届いた。
「誰か来ます。隠れます」
その一言を最後に、換気口の奥からは、物音一つ聞こえなくなった。あたしたちは、息を潜めて、その時が過ぎるのを待った。心臓の音が、痛いくらいに響いていた。
長い数分が過ぎた頃、トトが、換気口から這い出してきた。顔は青ざめ、体は小刻みに震えていた。
「トト、大丈夫?」
あたしが駆け寄ると、トトは、大きく息を吐いてから、頷いた。
「うん。見張りが、思ったより近くまで来てて。もう少しで、見つかるところだった」
トトの声には、これまで聞いたことのない、切実な怯えが滲んでいた。
「中身は、確認できた?」
セシルの問いに、トトは、悔しそうに首を横に振った。
「木箱がたくさんあるのは見えたけど、中身までは、隠れるので精一杯で」
トトの報告に、あたしたちの間に、重い沈黙が落ちた。危険を冒したにもかかわらず、決定的な証拠には、あと一歩届かなかった。
その時、倉庫の方角から、複数の号令と、慌ただしい足音が聞こえてきた。
「様子が、変わった」
ヴァレナが、緊張した声で呟いた。物陰から窺うと、これまでよりも明らかに多い人数の見張りが、倉庫の周囲に配置され始めているのが見えた。
「侵入に、気づかれた?」
トトが、青ざめた顔で呟いた。
「分からない。でも、少なくとも、警戒は強まった」
セシルの分析に、あたしたちは頷いた。目に見えて増えていく見張りの数を前に、あたしの胸には、確かな焦りが広がっていった。
あたしたちは、いったんその場を離れ、少し離れた路地の物陰まで退いた。
「これじゃ、もう一度入るのは……」
トトが、消え入りそうな声で呟いた。
「うん。今の警備の様子じゃ、同じ手は通用しない」
セシルの言葉に、あたしたちは、それぞれ重い表情で頷いた。危険を冒してまで得た手がかりは、木箱の存在だけ。あの紋様が、特別会計局のものと一致するのか、確かめる術は、まだ手に入っていなかった。
「せっかく、トトが頑張ってくれたのに」
あたしが呟くと、トトは、力なく首を横に振った。
「ううん。あたしが、油断してたから」
トトの言葉には、悔しさと、自分を責める響きがあった。
「今日のところは、諦めるしかないのかな」
ヴァレナの言葉に、誰も、すぐには答えられなかった。ここまで積み重ねてきた手がかりを前に、諦めるという選択肢は、あたしの中では受け入れがたかった。それでも、今の警備の中で、無理に再挑戦すれば、今度こそ、取り返しのつかない結果を招きかねなかった。
重い沈黙を破ったのは、トトの、ためらいがちな声だった。
「一つだけ、気になったことがあって」
「気になったこと?」
「隠れてる間、見張りの人たちが、短いやり取りをしてたんです。合言葉、みたいな」
トトの言葉に、あたしたちは、思わず顔を見合わせた。
「覚えてるの、それ」
あたしが尋ねると、トトは、少し自信なさそうに頷いた。
「たぶん、一言一句、そのまま」
「もう一度、言ってみて」
セシルが促すと、トトは、目を閉じて、ゆっくりと口を開いた。物真似めいた抑揚まで含めて、その場に見張りが立っているかのような、正確な再現だった。
「……すごい。本当に、そのまま」
セシルが、驚いたように呟いた。トト自身も、自分の口から出た声の正確さに、少し戸惑っているようだった。
「昔から、人の声真似だけは、得意だったから」
トトは、そう言って、照れくさそうに頬を掻いた。それでも、あたしには、単なる特技以上の何かのように思えてならなかった。
「その合言葉、使えないかな」
あたしが呟くと、セシルが、勢い込んで顔を上げた。
「見張りのやり取りが合言葉で成立してるなら、模倣できれば、堂々と通り抜けられるかもしれない」
セシルの言葉に、僅かな希望が灯った。
「トト、もう一度だけ、頼めるかな」
あたしの問いに、トトは、しばらく黙り込んだあと、しっかりと頷いた。
「うん。今度は、役に立ってみせる」
トトの声には、先ほどまでの怯えとは違う、確かな決意が宿っていた。震える手で剣を握っていたあの少年が、自分の力で、道を切り開こうとしていた。
「危険だけど、やってみる価値はある」
セシルの言葉に、あたしたちは頷いた。日が傾き始める中、態勢を立て直すべく、いったん倉庫街を離れることにした。
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