(66)迫る足音
翌朝、あたしたちは、宿の一室に集まり、これからの行動について話し合っていた。窓の外では、いつも通りの朝の光が、町を穏やかに照らしていた。それでも、部屋の中に流れる空気は、これまでとは明らかに違う、張り詰めたものだった。アルドから聞いた、追加人員派遣の知らせが、あたしたちの間に、確かな緊張感をもたらしていた。
「王都の北東区画、行くなら、早いほうがいいと思う」
セシルの言葉に、あたしは頷いた。
「うん。追加の人員が到着する前に、少しでも多くの手がかりを摑んでおきたい」
あたしの言葉に、トトが、真剣な表情で頷いた。
「僕も、行きます。少しでも、みんなの役に立ちたい」
トトの決意に、ヴァレナが、優しく微笑んだ。
「頼もしくなったね。前は、王都に行くって聞いただけで、震えてたのに」
ヴァレナの言葉に、トトは、照れくさそうに頬を掻いた。それでも、その表情には、以前とは違う、確かな自信が見て取れた。あたしも、初めて剣を握った頃を思えば、随分と偉そうな口を利けるようになったものだと、我ながら感心した。
その日の昼過ぎ、話し合いを終えたあたしたちが、それぞれの準備に取りかかろうとしていた矢先、アルドが、慌ただしく宿を訪ねてきた。
「良くない知らせだ。追加の人員が、予定より早く、この町に到着したらしい」
アルドの報告に、あたしたちは息を呑んだ。
「もう、着いたんですか」
あたしの問いに、アルドは頷いた。
「ああ。今朝、検問所の記録に、新たな名前が記載された。詳しい素性までは分からないが、只者じゃないことは、間違いない」
アルドの言葉に、あたしたちの間に、重い沈黙が流れた。猶予は、思っていたよりも、さらに少なくなっていた。あたしは、テーブルの上で、無意識に拳を握りしめていた。焦りは禁物だと分かっていても、刻一刻と迫る足音を感じずにはいられなかった。
「ザラさんも、その人たちと、一緒に行動するんでしょうか」
トトの問いに、アルドは、しばらく考え込んだ。
「可能性は高い。組織としての立場を考えれば、単独行動を許されるとは思えない」
アルドの推測に、あたしは、ザラのことを思い出していた。あの丘の上で見せた、彼女の物憂げな表情。組織の一員として、彼女がどんな立場に置かれているのか、あたしには、まだ想像することしかできなかった。もし、彼女が新たな人員と共に、あたしたちの前に立ちはだかるのだとしたら――そう考えるだけで、あたしの胸には、複雑な思いが渦巻いた。敵として戦わなければならないかもしれない相手に対して、こんな感情を抱くのは、初めてのことだった。
「それでも、あたしたちは、進むしかない」
あたしの言葉に、みんなが頷いた。それぞれの表情には、不安と共に、確かな決意が浮かんでいた。この仲間たちとなら、どんな困難も乗り越えられる。そう信じられることが、あたしにとって、何よりの心の支えだった。
「王都行きの準備は、俺の方でも手伝う。信頼できる商隊がある。それに紛れれば、目立たずに移動できるはずだ」
アルドの申し出に、あたしたちは感謝した。彼の協力なしには、ここまで前に進むことはできなかっただろう。出会った頃の、あの高圧的で冷たい印象からは、想像もできないほど、今の彼は、あたしたちにとって、かけがえのない存在になっていた。
「フェンさんの家族のことも、心配です。あたしたちが町を離れてる間、大丈夫でしょうか」
セシルの懸念に、アルドは頷いた。
「その点は、俺が気を配る。定期的に様子を見に行く。安心してくれ」
アルドの言葉に、あたしたちは、深く頭を下げた。
「ありがとうございます、本当に」
あたしの言葉に、アルドは、少し照れくさそうに視線を逸らした。
「礼はいい。それより、お前たちの方こそ、無事に戻ってこい」
アルドの不器用な優しさに、あたしたちは、思わず笑みをこぼした。緊張の中にも、確かな温かさが、あたしたちの間には流れていた。彼のそっけない言葉の裏に隠された、深い気遣いを、あたしたちは、もう十分に理解していた。
出発は、二日後に決まった。それまでの間、あたしたちは、それぞれの準備に、慌ただしく取り組んだ。セシルは、これまでの情報を、より詳細に整理し直し、ヴァレナは、トトへの最後の稽古に、一層の熱を込めた。あたしは、自分自身の力について、静かに向き合う時間を持った。
結界の影響で、本来の力を発揮できないもどかしさは、これまでの旅の中で、何度も味わってきた。それでも、その制約の中で、どう戦うかを工夫することもまた、あたし自身の成長の一部なのだと、あたしは考えるようになっていた。力任せではなく、機転と仲間との連携で、乗り越えてきた戦いの数々を、あたしは改めて思い返していた。
夜、あたしは、一人で宿の裏庭に出て、夜空を見上げていた。昼間の慌ただしさが嘘のように、裏庭には、静かな時間が流れていた。星々の輝きが、これから待ち受ける挑戦への、確かな覚悟を、あたしの胸に宿してくれるようだった。ここまでの旅で、何度も夜空を見上げてきた。その度に、あたしは、自分の中の迷いを整理し、次の一歩を踏み出す勇気をもらってきたのだと思う。
「一人で、何してるの」
セシルの声に、あたしは振り返った。
「ちょっと、考え事。この先、どうなるんだろうって」
「不安?」
セシルの問いに、あたしは、素直に頷いた。
「うん、正直、怖い。でも、それ以上に、真実を知りたいっていう気持ちの方が、強いんだと思う」
あたしの言葉に、セシルは、静かに微笑んだ。
「その気持ち、あたしも同じ。だからこそ、一緒に進んできたんだと思う」
セシルの言葉に、あたしは、胸が温かくなるのを感じた。この旅を通じて、あたしは、一人では決して乗り越えられなかったであろう困難を、何度も仲間の力を借りて乗り越えてきた。セシルとの、こうした何気ない会話の一つ一つが、あたしにとって、かけがえのない支えになっていた。
「明日も、忙しくなりそうだね」
あたしの言葉に、セシルは頷いた。
「うん。でも、一つずつ、着実に進んでいこう」
セシルの言葉に、あたしは、深く頷いた。
「あんたと、こうして話せて、良かった」
あたしが呟くと、セシルは、少し照れたように微笑んだ。
「あたしも。一人で抱え込むより、ずっといい」
セシルの言葉に、あたしは頷いた。柄にもなく、しんみりした空気になってしまったのは、我ながら意外だった。夜空に瞬く星々を見上げながら、あたしたちは、これから訪れる大きな戦いへの、静かな決意を、改めて胸に刻んでいった。まだ見ぬ王都の北東区画で、一体何が待ち受けているのか。不安は尽きなかったが、それ以上に、仲間と共に、真実の核心に近づいていくのだという確かな手応えが、あたしの胸には、確実に存在していた。
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