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チキンナイフと呼ばれた少女 ~逃げて逃れて世界最強~  作者: 荒瀬 維人
7章 壁の向こう

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(65)次なる決意

翌日の昼過ぎ、あたしたちは、宿の食堂で、これまでの調査結果を整理していた。テーブルの上には、セシルの手帳と、フェンから聞いた証言をまとめた紙が広げられている。穏やかな昼下がりの空気が、部屋の中を満たしていた。こんなに静かな時間が続くと、逆に落ち着かないものだと、あたしは台詞帳の隅に書きかけて、やめた。その静けさを破るように、宿の窓を叩く音が響いた。あたしたちは、思わず顔を上げた。窓の外に立っていたのは、息を切らしたアルドだった。いつもの落ち着いた様子とは違う、切迫した表情をしている。


「大変なことになった。中に入れてくれ」


アルドの様子に、あたしたちは、緊張しながら扉を開けた。


「どうしたんですか、そんなに慌てて」


あたしが尋ねると、アルドは、荒い息を整えながら、椅子に腰を下ろした。


「資料庫の警備体制が、昨夜のうちに、大幅に強化された。侵入があったことが、正式に報告されたらしい」


アルドの報告に、あたしたちは息を呑んだ。


「それって、あたしたちが疑われてるってこと?」


セシルの問いに、アルドは、首を横に振った。


「まだ、特定はされていない。だが、時間の問題だろう。組合内部では、かなりの騒ぎになっている」


アルドの言葉に、あたしたちの間に、重い沈黙が流れた。これまで慎重に動いてきたつもりでも、確実に、包囲網は狭まりつつあった。あたしは、拳を強く握りしめた。ここまで積み重ねてきた慎重な行動が、いずれ意味をなさなくなる日が、確実に近づいてきているのだと感じた。


「それだけじゃない。もう一つ、耳に入った話がある」


アルドは、声を潜めて続けた。


「特別会計局から、追加の人員が、近くこの町に派遣されるらしい。警備強化のため、という名目だが」


アルドの言葉に、あたしは背筋が冷たくなるのを感じた。これまで対峙してきたザラでさえ、あたしたちは何度も苦戦を強いられてきた。彼女に匹敵する実力者が増えるなら、これまでの戦い方は通用しないだろう。


「追加の人員って、ザラさんみたいな人が、もっと来るってことですか」


トトの問いに、アルドは頷いた。


「その可能性は高い。ザラ一人でも、これまで苦戦してきた相手だ。もし、複数の実働部隊が投入されたら」


アルドは、そこで言葉を切った。想像するだけで、事態の深刻さが、あたしたちの間に、はっきりと伝わってきた。トトの顔から、みるみる血の気が引いていくのが分かった。ヴァレナも、無言のまま、得物の柄を、強く握りしめていた。誰もが、これから訪れる困難の大きさを、肌で感じ取っているようだった。


「いつ、その人員は到着するんですか」


あたしが尋ねると、アルドは、険しい表情で答えた。


「はっきりとは分からない。だが、そう遠くない未来だろう。おそらく、数日から、一週間以内」


アルドの言葉に、あたしたちは、それぞれの表情を引き締めた。猶予は、思っていたよりも、遥かに少なかった。


「つまり、あたしたちも、それまでに、何か手を打たないといけないってことだね」


セシルの言葉に、あたしは頷いた。


「うん。このままじっと待ってても、状況は悪くなる一方だと思う」


あたしは、これまでの旅で学んだことを、改めて思い返していた。危険を前にして立ち止まっていては、何も変わらない。むしろ、こちらから動くことでしか、状況を切り開く道は見えてこないのだと、あたしは、これまでの経験を通じて、確かに実感していた。


あたしの言葉に、ヴァレナが、真剣な表情で口を開いた。


「王都の北東区画のこと、もっと詳しく調べる必要がある。時間がないなら、なおさら」


ヴァレナの提案に、みんなが頷いた。


「俺も、できる限りの協力をする。だが、正直に言えば、これから先は、これまで以上に危険が伴う」


アルドの警告に、あたしたちは、静かに頷いた。それでも、ここで引き返すという選択肢は、あたしの中には、既になかった。


「フェンさんのこと、この町の人たちのこと。ここまで関わってきた以上、中途半端に終わらせたくない」


あたしの言葉に、トトが、しっかりとした声で頷いた。


「僕も、同じ気持ちです。最初は、正直、怖くて仕方なかったけど、今は違う。みんなと一緒なら、乗り越えられるって、そう信じてます」


トトの声には、これまでにない、確かな芯の強さが宿っていた。この旅の中で、彼が少しずつ成長してきた姿を、あたしは、誰よりも間近で見てきた。だからこそ、その言葉の重みを、あたしは深く受け止めることができた。


トトの成長した言葉に、あたしは、胸が熱くなるのを感じた。旅の始まりで、震える手で剣を握っていた少年が、今では、こんなにも頼もしい言葉を口にするようになった。


「あたしも、覚悟はできてる」


セシルが、静かに、けれど確かな声で言った。


「みんなで、ここまで来た。だったら、最後まで、みんなで乗り越えよう」


セシルの言葉に、あたしたちは、それぞれ頷いた。窓の外には、いつも通りの、穏やかな町の景色が広がっていた。それでも、その平穏の裏側で、確実に、何か大きなものが動き出そうとしている気配を、あたしは肌で感じていた。


「これから、忙しくなりそうですね」


トトが、少し緊張した面持ちで呟いた。


「うん。でも、一つずつ、着実に進んでいこう。焦って、これまでのことを無駄にするわけにはいかない」


あたしの言葉に、みんなが頷いた。


アルドが帰ったあと、あたしたちは、それぞれの持ち場での準備を、改めて確認し合った。トトは、ヴァレナから、さらに実戦的な稽古をつけてもらう約束を取り付け、セシルは、これまでの情報を、より詳細に整理し直す作業に取りかかった。あたしは、自分自身の力について、もう一度見つめ直す時間を持つことにした。結界の影響で本来の力を発揮できない状況が、この先も続くのだとしたら、それでも戦える方法を、見つけ出さなければならなかった。


その夜、あたしたちは、これまでに集めた情報を、改めて整理することにした。フェンの証言、帳簿の記録、そして、王都の北東区画についての手がかり。バラバラだった断片が、少しずつ、一つの大きな絵図として、あたしたちの前に浮かび上がりつつあった。


「貸し手の正体、特別会計局の関与、そして、追加の人員派遣。全部が、繋がってる気配がする」


セシルが、手帳を見つめながら、静かに呟いた。


「うん。あたしたちは、思っていたより、ずっと大きな何かの、核心に近づいてるんだと思う」


あたしの言葉に、みんなは、それぞれ緊張した面持ちで頷いた。


「怖くないと言ったら、噓になる」


ヴァレナが、珍しく、素直な言葉を口にした。


「でも、ここまで来た以上、あたしは、逃げるつもりはない」


ヴァレナの言葉に、あたしは、深く頷いた。


「あたしも、同じ気持ち。仲間を置いて、逃げるようなことは、絶対にしたくない」


あたしの言葉に、部屋の中の空気が、静かに、けれど確かに引き締まっていった。


「アルドさんは、大丈夫なんですか。あんなに協力してくれて」


トトの心配そうな問いに、あたしは、少し考えてから答えた。


「正直、心配。でも、彼は、自分の意志で、この道を選んでる。あたしたちが、口出しできることじゃないと思う」


あたしの言葉に、セシルが頷いた。


「うん。それに、アルドさんも、もう、あたしたちの大事な仲間だから。信じて、任せる部分も必要だと思う」


セシルの言葉に、あたしたちは、それぞれ頷いた。仲間を信じるということは、時に、危険を承知の上で、その選択を尊重することでもあった。


「逃げる奴は、いつか誰かを置いていく――か」


ふと、あたしの口から、ザラの言葉がこぼれ出た。あの丘の上で聞いた、彼女の重い言葉が、今になって、あたしの胸に、改めて深く突き刺さっていた。夕陽を背に立っていた彼女の、どこか儚げな横顔が、脳裏に鮮明に蘇ってくる。あの言葉には、単なる脅しや強がりでは片付けられない、確かな重みがあった。


「その言葉、忘れられないんだね」


セシルの問いに、あたしは頷いた。


「うん。彼女があの言葉を口にした理由が、まだ分からない。でも、いつか、その意味を、ちゃんと知りたいと思ってる」


あたしは、丘の上での、あの短い対話を、もう一度、心の中で反芻していた。ザラの声に滲んでいた、あの微かな迷いのようなものを、あたしは決して見間違えたわけではないはずだった。


「もしかしたら、それを知る日は、そんなに遠くないかもしれないね」


セシルの言葉に、あたしは頷いた。予感めいたものが、確かに、あたしの中にもあった。この旅の先で、ザラという人物の本当の姿と、正面から向き合う日が、必ず訪れる。そんな確信が、日に日に強まっていくのを感じていた。


「その時が来たら、逃げずに、ちゃんと向き合いたい」


あたしの言葉に、みんなは、それぞれ力強く頷いた。


「リク、あんたは、優しすぎるところがあるからね」


ヴァレナが、ふと、そう呟いた。


「敵として立ちはだかる相手のことまで、そんなに気にかけて」


「駄目、かな」


あたしが尋ねると、ヴァレナは、小さく首を横に振った。


「ううん。それが、あんたの良いところだと思う。あたしも、そういうあんたに、何度も救われてきたから」


ヴァレナの言葉に、あたしは、胸が温かくなるのを感じた。この旅を通じて出会った仲間たちの言葉は、いつも、あたしに、進み続ける勇気を与えてくれていた。柄にもなく涙腺が緩みそうになったのは、我ながら意外だった。


窓の外に広がる夜空を見上げながら、あたしたちは、これから訪れるであろう、より大きな戦いへの覚悟を、一人一人、静かに固めていった。ライネスでの旅は、いよいよ、その核心へと近づきつつあった。フェンとの出会い、アルドとの絆、そして、まだ真意の見えないザラという存在。すべての糸が、これから始まる大きな決着へと、静かに、けれど確実に、収束していこうとしていた。


最後までありがとうございました!


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それでは次回の更新をお楽しみに!

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