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チキンナイフと呼ばれた少女 ~逃げて逃れて世界最強~  作者: 荒瀬 維人
7章 壁の向こう

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(64)静かな対峙

数日後、アルドから、王都の北東区画についての情報が届いた。あたしたちは、いつもの路地裏で、彼と落ち合った。


「調べてみたが、あの区画は今、ほとんど人の出入りがない。表向きは、閉鎖された旧軍施設ということになっている」


アルドの報告に、あたしたちは顔を見合わせた。


「表向きは、ってことは」


セシルの問いに、アルドは頷いた。


「裏では、何か別の用途で使われている可能性が高い。ただ、俺の伝手でも、それ以上は摑めなかった」


アルドの言葉に、あたしは考え込んだ。真実に近づくたびに、その先には、さらに深い闇が広がっているようだった。


「王都に行って、直接確かめるしかないのかな」


トトの提案に、セシルが首を横に振った。


「今すぐは、危険すぎる。もう少し、情報を固めてからにしよう」


セシルの慎重な判断に、あたしたちは頷いた。焦りは、これまでの旅で、何度も痛い目を見てきた教訓だった。


その日の夕方、あたしは、一人で町はずれの丘に足を運んだ。考えを整理したい時、あたしはいつも、静かな場所を求めていた。仲間たちには、少し頭を冷やしてくると告げて、宿を出てきた。丘の上からは、ライネスの町全体を見渡すことができた。夕陽が、町並みを、橙色に染め上げていた。あたしは、乾いた草の上に腰を下ろし、これまでの旅で起きた出来事を、一つ一つ思い返していた。フェンの救出、帳簿の発見、そして、少しずつ明らかになっていく貸し手の正体。すべてが、あたしたちを、より大きな戦いへと導いているようだった。


「こんな所で、一人か」


不意にかけられた声に、あたしは振り返った。少し離れた場所に、ザラが立っていた。武器は構えられておらず、その表情には、これまで見せたことのない、どこか物憂げな色が浮かんでいた。


「戦うつもりは、ないみたいですね」


あたしが警戒しながら言うと、ザラは、小さく鼻を鳴らした。


「今は、仕事の時間じゃない。それに、こんな場所で暴れる趣味もない」


ザラの言葉に、あたしは、僅かに緊張を緩めた。それでも、油断はできなかった。彼女がこれまで見せてきた実力を思えば、たとえ武器を構えていなくとも、一瞬で状況は一変しかねなかった。あたしは、いつでも動けるよう、意識だけは張り詰めさせたまま、言葉を続けた。


「あなたは、どうして、こんな仕事を」


思わず口をついて出た問いに、ザラは、しばらく沈黙した。夕風が、二人の間を、静かに吹き抜けていった。


「聞いてどうする」


ザラの声は、いつもより低く、静かだった。


「ただ、知りたいんです。あなたが、本当は何を考えてるのか」


あたしの言葉に、ザラは、少しの間、あたしを見つめた。その目には、これまでの戦闘では見せたことのない、複雑な感情が揺れているように見えた。


「昔、俺にも、守りたいものがあった。だが、それを守る力がなかった」


ザラの言葉は、独り言のようでもあった。夕陽を背に立つ彼女の輪郭が、いつもより、どこか儚く見えた。普段の鋭い戦士としての印象とは違う、一人の人間としての姿が、そこにはあった。あたしは、その変化に、思わず言葉を失った。


「今の仕事は、その代償みたいなものだ。詳しくは、話す気はないが」


ザラは、そう言うと、視線を逸らした。あたしは、彼女の言葉の奥に、何か深い事情があることを感じ取った。


「逃げる奴は、いつか誰かを置いていく――前に、そう言ってましたよね」


あたしが尋ねると、ザラは、僅かに目を見開いた。


「よく覚えてるな」


「忘れられません。あの言葉には、何か、あなた自身の経験が、詰まってる気がして」


あたしの言葉に、ザラは、しばらく無言だった。やがて、静かに口を開いた。


「――かもな。だが、今は関係ない話だ」


ザラは、そう言うと、話を切り上げるように、踵を返した。


「フェンを助けたこと、ザラさんは、実はどう思ってるんですか」


あたしが背中に向かって尋ねると、ザラは、足を止めた。


「別に、どうとも思わない。俺は、命じられたことをこなすだけだ」


ザラの声には、これまでにない、微かな迷いが滲んでいるように、あたしには感じられた。


「本当に、それだけですか」


あたしの問いに、ザラは答えなかった。しばらくの沈黙のあと、彼女は、振り返ることなく、静かに言った。


「次に会う時は、容赦しない。それだけは、覚えておけ」


その言葉を最後に、ザラは、夕闇の中へと去っていった。あたしは、しばらくその後ろ姿を見つめていた。彼女の中に、何か、まだ語られていない事情があることを、あたしは確信していた。単なる敵として片付けられない、複雑な何かが、彼女の内側には確かに存在していた。


丘の上に、あたし一人が残された。すっかり日が落ち、町には、ぽつぽつと明かりが灯り始めていた。あたしは、ザラの背中を思い出しながら、彼女もまた、何かを守るために、この道を選んだのかもしれないと考えていた。敵と味方という単純な線引きでは、割り切れないものが、この世界には確かに存在するのだと、あたしは改めて実感していた。旅を続けるほどに、そういう複雑さに、何度も出会ってきた。人は誰しも、簡単には語れない事情を抱えて生きているのだと、あたしは、この旅を通じて、少しずつ学びつつあった。


宿に戻ると、あたしは、みんなに今日の出来事を報告した。


「一人で、ザラと会ってたの」


ヴァレナが、驚いた声を上げた。


「うん。戦うつもりはないみたいだった。それより、彼女、何か事情を抱えてる気がする」


あたしの言葉に、セシルが真剣な表情で頷いた。


「単純な悪役、ってわけじゃなさそうだね」


セシルの冷静な分析に、あたしは、深く頷いた。


「うん。だからこそ、いつか、分かり合える日が来るかもしれない。そう思いたい」


あたしの言葉に、みんなは、しばらく黙り込んだ。それぞれが、ザラという人物について、改めて考えを巡らせているようだった。


トトも、心配そうな顔で、あたしを見つめていた。


「もし、ザラさんが本気で襲ってきてたら、どうするつもりだったの」


トトの問いに、あたしは、少し考えてから答えた。


「正直、分からない。でも、彼女の様子から、そういう空気は感じなかった」


あたしの言葉に、アルドも、話に加わってきた。


「ザラの気配、俺にも読める。今日は、確かに戦闘の気配はなかったようだ。だが、次も同じとは限らない」


アルドの忠告に、あたしは、静かに頷いた。


「うん、分かってる。でも、あの一瞬だけでも、彼女の本当の姿に、少しだけ触れられた。そんな手応えがあったんだ」


あたしの言葉に、セシルが、静かに口を開いた。


「もし、ザラさんが、本当は迷ってるんだとしたら、あたしたちにできることが、何かあるかもしれない」


セシルの言葉に、あたしたちは、しばらく考え込んだ。敵として立ちはだかる相手を、救えるかもしれないという可能性は、これまで考えたこともなかった。


「ただ、簡単なことじゃないと思う」


ヴァレナが、慎重な口調で付け加えた。


「ザラは、これまで何度も、本気であたしたちを狙ってきた。そう簡単に、心を開いてくれるとは思えない」


ヴァレナの指摘に、あたしは頷いた。楽観的な期待だけで、事態が好転するほど、単純な話ではないことは、あたし自身よく分かっていた。


「それでも、可能性がゼロじゃないなら、あたしは、諦めたくない」


あたしの言葉に、みんなは、それぞれ考える表情を浮かべながらも、静かに頷いてくれた。この旅で出会った誰もが、最初から味方だったわけではない。アルドもまた、最初は敵意にも似た距離感を持っていた相手だった。だからこそ、ザラについても、まだ諦めるべきではないと、あたしは信じたかった。


「危険なことをするなら、次からは、誰かと一緒にいて」


ヴァレナの言葉には、心配と、少しの叱責が込められていた。


「うん、ごめん。今度からは、気をつけるね」


あたしの謝罪に、ヴァレナは、ようやく表情を緩めてくれた。反省文があれば、今日だけで一冊書けそうだと、あたしは密かに思った。窓の外の夜空を見つめながら、あたしは、ザラとの短い対話の意味を、繰り返し考え続けていた。


最後までありがとうございました!


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それでは次回の更新をお楽しみに!

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