(64)静かな対峙
数日後、アルドから、王都の北東区画についての情報が届いた。あたしたちは、いつもの路地裏で、彼と落ち合った。
「調べてみたが、あの区画は今、ほとんど人の出入りがない。表向きは、閉鎖された旧軍施設ということになっている」
アルドの報告に、あたしたちは顔を見合わせた。
「表向きは、ってことは」
セシルの問いに、アルドは頷いた。
「裏では、何か別の用途で使われている可能性が高い。ただ、俺の伝手でも、それ以上は摑めなかった」
アルドの言葉に、あたしは考え込んだ。真実に近づくたびに、その先には、さらに深い闇が広がっているようだった。
「王都に行って、直接確かめるしかないのかな」
トトの提案に、セシルが首を横に振った。
「今すぐは、危険すぎる。もう少し、情報を固めてからにしよう」
セシルの慎重な判断に、あたしたちは頷いた。焦りは、これまでの旅で、何度も痛い目を見てきた教訓だった。
その日の夕方、あたしは、一人で町はずれの丘に足を運んだ。考えを整理したい時、あたしはいつも、静かな場所を求めていた。仲間たちには、少し頭を冷やしてくると告げて、宿を出てきた。丘の上からは、ライネスの町全体を見渡すことができた。夕陽が、町並みを、橙色に染め上げていた。あたしは、乾いた草の上に腰を下ろし、これまでの旅で起きた出来事を、一つ一つ思い返していた。フェンの救出、帳簿の発見、そして、少しずつ明らかになっていく貸し手の正体。すべてが、あたしたちを、より大きな戦いへと導いているようだった。
「こんな所で、一人か」
不意にかけられた声に、あたしは振り返った。少し離れた場所に、ザラが立っていた。武器は構えられておらず、その表情には、これまで見せたことのない、どこか物憂げな色が浮かんでいた。
「戦うつもりは、ないみたいですね」
あたしが警戒しながら言うと、ザラは、小さく鼻を鳴らした。
「今は、仕事の時間じゃない。それに、こんな場所で暴れる趣味もない」
ザラの言葉に、あたしは、僅かに緊張を緩めた。それでも、油断はできなかった。彼女がこれまで見せてきた実力を思えば、たとえ武器を構えていなくとも、一瞬で状況は一変しかねなかった。あたしは、いつでも動けるよう、意識だけは張り詰めさせたまま、言葉を続けた。
「あなたは、どうして、こんな仕事を」
思わず口をついて出た問いに、ザラは、しばらく沈黙した。夕風が、二人の間を、静かに吹き抜けていった。
「聞いてどうする」
ザラの声は、いつもより低く、静かだった。
「ただ、知りたいんです。あなたが、本当は何を考えてるのか」
あたしの言葉に、ザラは、少しの間、あたしを見つめた。その目には、これまでの戦闘では見せたことのない、複雑な感情が揺れているように見えた。
「昔、俺にも、守りたいものがあった。だが、それを守る力がなかった」
ザラの言葉は、独り言のようでもあった。夕陽を背に立つ彼女の輪郭が、いつもより、どこか儚く見えた。普段の鋭い戦士としての印象とは違う、一人の人間としての姿が、そこにはあった。あたしは、その変化に、思わず言葉を失った。
「今の仕事は、その代償みたいなものだ。詳しくは、話す気はないが」
ザラは、そう言うと、視線を逸らした。あたしは、彼女の言葉の奥に、何か深い事情があることを感じ取った。
「逃げる奴は、いつか誰かを置いていく――前に、そう言ってましたよね」
あたしが尋ねると、ザラは、僅かに目を見開いた。
「よく覚えてるな」
「忘れられません。あの言葉には、何か、あなた自身の経験が、詰まってる気がして」
あたしの言葉に、ザラは、しばらく無言だった。やがて、静かに口を開いた。
「――かもな。だが、今は関係ない話だ」
ザラは、そう言うと、話を切り上げるように、踵を返した。
「フェンを助けたこと、ザラさんは、実はどう思ってるんですか」
あたしが背中に向かって尋ねると、ザラは、足を止めた。
「別に、どうとも思わない。俺は、命じられたことをこなすだけだ」
ザラの声には、これまでにない、微かな迷いが滲んでいるように、あたしには感じられた。
「本当に、それだけですか」
あたしの問いに、ザラは答えなかった。しばらくの沈黙のあと、彼女は、振り返ることなく、静かに言った。
「次に会う時は、容赦しない。それだけは、覚えておけ」
その言葉を最後に、ザラは、夕闇の中へと去っていった。あたしは、しばらくその後ろ姿を見つめていた。彼女の中に、何か、まだ語られていない事情があることを、あたしは確信していた。単なる敵として片付けられない、複雑な何かが、彼女の内側には確かに存在していた。
丘の上に、あたし一人が残された。すっかり日が落ち、町には、ぽつぽつと明かりが灯り始めていた。あたしは、ザラの背中を思い出しながら、彼女もまた、何かを守るために、この道を選んだのかもしれないと考えていた。敵と味方という単純な線引きでは、割り切れないものが、この世界には確かに存在するのだと、あたしは改めて実感していた。旅を続けるほどに、そういう複雑さに、何度も出会ってきた。人は誰しも、簡単には語れない事情を抱えて生きているのだと、あたしは、この旅を通じて、少しずつ学びつつあった。
宿に戻ると、あたしは、みんなに今日の出来事を報告した。
「一人で、ザラと会ってたの」
ヴァレナが、驚いた声を上げた。
「うん。戦うつもりはないみたいだった。それより、彼女、何か事情を抱えてる気がする」
あたしの言葉に、セシルが真剣な表情で頷いた。
「単純な悪役、ってわけじゃなさそうだね」
セシルの冷静な分析に、あたしは、深く頷いた。
「うん。だからこそ、いつか、分かり合える日が来るかもしれない。そう思いたい」
あたしの言葉に、みんなは、しばらく黙り込んだ。それぞれが、ザラという人物について、改めて考えを巡らせているようだった。
トトも、心配そうな顔で、あたしを見つめていた。
「もし、ザラさんが本気で襲ってきてたら、どうするつもりだったの」
トトの問いに、あたしは、少し考えてから答えた。
「正直、分からない。でも、彼女の様子から、そういう空気は感じなかった」
あたしの言葉に、アルドも、話に加わってきた。
「ザラの気配、俺にも読める。今日は、確かに戦闘の気配はなかったようだ。だが、次も同じとは限らない」
アルドの忠告に、あたしは、静かに頷いた。
「うん、分かってる。でも、あの一瞬だけでも、彼女の本当の姿に、少しだけ触れられた。そんな手応えがあったんだ」
あたしの言葉に、セシルが、静かに口を開いた。
「もし、ザラさんが、本当は迷ってるんだとしたら、あたしたちにできることが、何かあるかもしれない」
セシルの言葉に、あたしたちは、しばらく考え込んだ。敵として立ちはだかる相手を、救えるかもしれないという可能性は、これまで考えたこともなかった。
「ただ、簡単なことじゃないと思う」
ヴァレナが、慎重な口調で付け加えた。
「ザラは、これまで何度も、本気であたしたちを狙ってきた。そう簡単に、心を開いてくれるとは思えない」
ヴァレナの指摘に、あたしは頷いた。楽観的な期待だけで、事態が好転するほど、単純な話ではないことは、あたし自身よく分かっていた。
「それでも、可能性がゼロじゃないなら、あたしは、諦めたくない」
あたしの言葉に、みんなは、それぞれ考える表情を浮かべながらも、静かに頷いてくれた。この旅で出会った誰もが、最初から味方だったわけではない。アルドもまた、最初は敵意にも似た距離感を持っていた相手だった。だからこそ、ザラについても、まだ諦めるべきではないと、あたしは信じたかった。
「危険なことをするなら、次からは、誰かと一緒にいて」
ヴァレナの言葉には、心配と、少しの叱責が込められていた。
「うん、ごめん。今度からは、気をつけるね」
あたしの謝罪に、ヴァレナは、ようやく表情を緩めてくれた。反省文があれば、今日だけで一冊書けそうだと、あたしは密かに思った。窓の外の夜空を見つめながら、あたしは、ザラとの短い対話の意味を、繰り返し考え続けていた。
最後までありがとうございました!
楽しんでいただけたら、評価やブックマークを入れてもらえるととても嬉しいです。
反応があると更新速度が上がります(重要)
それでは次回の更新をお楽しみに!




