(62)外への脱出
ザラとの攻防は、一進一退の様相を見せていた。あたしは、結界の影響で本来の力を出し切れないもどかしさを感じながらも、これまでの旅で培った機転を頼りに、なんとか渡り合っていた。額から流れる汗が、視界を僅かに滲ませていた。
「なかなか、粘るな」
ザラの声に、余裕の色が滲んでいた。それでも、その表情には、僅かな苛立ちも見え隠れしていた。
「まだまだ、これから」
あたしは、荒くなる息を整えながら、次の一手を探った。その時、遠くから、複数の足音が近づいてくるのが聞こえた。心臓が、期待と緊張で、大きく跳ねた。
「リク」
ヴァレナの声だった。セシルの知らせを受け、ヴァレナとトト、そしてアルドが、駆けつけてきたのだ。
「加勢に来た」
ヴァレナが、得物を構えながら、あたしの隣に並んだ。
「トトも」
トトも、緊張した面持ちで、短剣を構えていた。
「アルドさんも」
アルドは、少し離れた場所から、杖を構えていた。
「結界の負荷、また調整してやる」
アルドの言葉に、あたしは頷いた。その声には、確かな決意が宿っていた。
ザラは、増えた敵の数を見て、僅かに表情を変えた。それでも、その眼光には、まだ余裕が残っていた。
「厄介な奴らだ」
「あたしたちは、仲間を大事にする主義でね」
ヴァレナの言葉に、ザラは、口の端を歪めた。
「一人でも、四人でも、結果は変わらないぞ」
ザラは、そう言い放つと、再び武器を構えた。
「アルド、頼む」
あたしの言葉に、アルドが、杖を掲げた。彼の魔力が、周囲の空気を、僅かに変化させていく。
「結界の負荷、上がってきてる」
アルドの声に、あたしは、自分の中に、確かな力の高まりを感じた。
「これなら」
あたしは、姿勢を整え、渾身の一撃を放った。ザラは、それを紙一重で躱しながらも、明らかに動揺した様子を見せた。
「本気を出してきたか」
「まだまだ、これからよ」
あたしの言葉に、ザラは、しばらく無言で、あたしたちを見つめた。やがて、彼女は、小さくため息をついた。
「今日のところは、ここまでにしておいてやる。数の上でも、状況的にも、俺に分がない」
ザラの言葉に、あたしたちは、緊張を緩めなかった。彼女が、本当に退くつもりなのか、まだ確信は持てなかった。
「油断はしない」
「賢明な判断だ」
ザラは、そう言うと、素早く後方に跳び退いた。
「次に会う時は、もっと本気で相手をしてやる」
その言葉を最後に、ザラは、闇の中へと姿を消していった。あたしたちは、しばらくその場に立ち尽くしていたけれど、やがて、大きく息を吐いた。緊張の糸が、ようやく解けていくのを感じた。
「みんな、ありがとう」
あたしの言葉に、みんなが頷いた。今日という日を、無事に乗り越えられたことに、あたしは、心から安堵していた。
「セシルは」
あたしが尋ねると、ヴァレナが答えた。
「無事、外で待ってる。あんたのこと、すごく心配してた」
ヴァレナの言葉に、あたしは安堵の息を漏らした。
「早く、みんなのところに戻ろう」
あたしの提案に、みんなが頷いた。夜の町を歩きながら、あたしは、今日得た貴重な情報と、これから待ち受けるであろう困難に、思いを馳せた。貸し手の正体が、少しずつ、その輪郭を現しつつあった。
隣を歩くヴァレナが、ふと、あたしの肩に軽く触れた。
「今日は、無茶しすぎ。もう少し、自分を大事にして」
ヴァレナの言葉には、いつもの叱咤の中に、確かな気遣いが滲んでいた。あたしは、素直に頷いた。
「うん、ごめん。でも、フェンさんの時と同じで、放っておけなかった」
「それは、分かってる。だからこそ、心配なの」
ヴァレナの言葉に、あたしは胸が温かくなるのを感じた。叱られているはずなのに、そこには確かな優しさがあった。この旅に出てから、叱られる回数だけは着実に増えている気がする。台詞帳の減点欄が、そろそろ足りなくなりそうだった。
組合本部の外で待っていたセシルと合流すると、彼女は、あたしの姿を見た瞬間、駆け寄ってきた。
「無事だった」
「うん、みんなのおかげで」
あたしの答えに、セシルは、安堵の息を漏らした。
「怪我は」
「大丈夫。かすり傷程度」
あたしが答えると、セシルは、それでも心配そうに、あたしの様子を確かめた。
「危ないところだった。ごめん、あたしが先に逃げたせいで」
セシルの謝罪に、あたしは首を横に振った。
「セシルのおかげで、みんなを呼べた。あんたの判断は、正しかった」
あたしの言葉に、セシルは、少しほっとしたように頷いた。
宿への帰り道、あたしたちは、今日の成果について、改めて話し合った。
「帳簿の内容、詳しく見てみよう」
セシルの提案に、あたしたちは頷いた。
宿の一室に集まると、セシルは、手帳に書き写した情報を、丁寧に読み上げていった。魔導評議国の特別会計局、不明瞭な資金の流れ、そして、王都から運ばれてくるという武器らしき荷物。断片的な情報が、少しずつ、一つの大きな絵を形作っていくようだった。
「特別会計局って、一体どんな部署なんだろう」
トトの疑問に、アルドが、腕を組みながら答えた。
「詳しくは、俺も知らない。ただ、名前からして、表沙汰にできない資金の管理を担う部署だという想像はつく」
アルドの推測に、あたしたちは顔を見合わせた。国家の裏側に触れているという実感が、少しずつ、重みを増していった。
「武器らしき荷物っていうのも、気になるね」
セシルが、手帳の記述を指でなぞりながら呟いた。
「もし本当に武器なら、何のために、こんな辺境の町に集めてるんだろう」
セシルの疑問に、誰も、すぐには答えられなかった。重苦しい沈黙が、部屋の中に満ちていった。
「これ、想像以上に大きな話だったね」
トトが、緊張した面持ちで呟いた。
「うん。あたしたちだけで、対処できることなのか、正直、分からなくなってきた」
あたしの言葉に、みんなは、しばらく沈黙した。
「それでも、ここまで来た以上、退くわけにはいかない」
アルドが、静かに口を開いた。
「フェンさんのこと、この町の人たちのこと。見過ごせないことが、あまりにも多い」
アルドの言葉に、あたしたちは頷いた。
「あたしも、同じ気持ち。フェンさんの奥さんの、あの安堵した顔を見たら、もう後には引けないって思った」
セシルの言葉に、トトも、しっかりと頷いた。
「僕も、まだ力不足だけど、みんなの役に立てるように、もっと頑張るよ」
トトの決意に、ヴァレナが、優しく笑いかけた。
「あんたも、少しずつ、たくましくなってきたね」
ヴァレナの言葉に、トトは、照れくさそうに頬を掻いた。窓の外に広がる夜の町並みを見つめながら、あたしは、これから待ち受ける、より大きな戦いへの覚悟を、静かに固めていった。
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