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チキンナイフと呼ばれた少女 ~逃げて逃れて世界最強~  作者: 荒瀬 維人
7章 壁の向こう

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(59)アルドの過去

数日後、アルドから、組合本部での調査結果について、話があるという連絡が届いた。あたしたちは、いつもの路地裏で、彼と落ち合った。夕暮れの薄闇の中、彼の表情は、いつになく硬かった。


「調べたが、思ったより情報が出てこない。貸し手に関する記録は、厳重に隠されているらしい」


アルドの声は、悔しさを滲ませていた。


アルドの報告に、あたしたちは肩を落とした。それでも、少しずつでも前進していることに、確かな意味があった。


「それでも、何か分かったことは」


セシルが尋ねると、アルドは頷いた。その表情には、いつもの余裕とは違う、微かな苦さが浮かんでいた。


「一つだけ。あのフードの人物、来訪の際は、必ず地下の資料庫を訪れているらしい。何を保管しているのかまでは、俺の権限では調べられなかったが」


「妙なのは、その資料庫だけ、訪問記録が一切残っていないことだ。組合の規則上、あり得ないことなんだが」


アルドの言葉に、あたしたちは顔を見合わせた。


「地下の資料庫、か。何か重要なものが、そこにあるのかもしれない」


あたしの推測に、アルドは頷いた。地下という言葉が、あたしの想像力を、いっそう掻き立てた。


「その可能性は高い。ただ、あそこは、組合の中でも最も警備が厳重な場所だ。簡単には近づけない」


アルドの忠告に、あたしたちは考え込んだ。組織の壁は、想像していた以上に、厚く高いものだった。


「アルドさんは、どうしてそこまで、この件に協力してくれるんですか」


ふと気になって尋ねると、アルドは、しばらく黙り込んだ。夜風が、二人の間を、静かに通り過ぎていった。


「……昔、俺にも、大切な人がいた」


アルドの声が、これまでにない、静かな重みを帯びた。普段の皮肉めいた口調は、すっかり鳴りを潜めていた。


「その人は、この町の裏の仕事に巻き込まれて、命を落とした。俺は、当時、何もできなかった」


アルドの告白に、あたしたちは息を呑んだ。彼の口から語られる言葉一つ一つに、深い重みがあった。


「それから、俺は、この結界の管理者になった。二度と、同じような犠牲を出さないために」


アルドの言葉には、これまで見せてきた高圧的な態度の裏にあった、深い痛みが滲んでいた。誰にも打ち明けることなく、一人で抱え続けてきたであろう年月を思うと、あたしの胸も締め付けられた。


「教えてくれて、ありがとうございます」


あたしが静かに言うと、アルドは、小さく頷いた。その表情には、長年抱えてきた何かが、僅かに軽くなったような気配があった。


「別に、同情を誘いたいわけじゃない。ただ、お前たちのやろうとしていることは、俺のやり残したことと、重なる部分がある。それだけの話だ」


アルドは、そう言うと、視線を逸らした。


アルドの言葉に、あたしは、彼への見方が、少しずつ変わっていくのを感じた。最初の出会いでは、ただ高圧的で嫌味な人物だと思っていた。けれど、その奥には、確かな正義感と、過去の痛みを抱えた、一人の人間がいた。人は、出会った瞬間の印象だけでは、決して測れないものなのだと、あたしは改めて実感した。


「アルドさんも、あたしたちの仲間ですね」


トトの言葉に、アルドは、少し驚いたような顔をした。


「仲間、か。柄でもないな」


そう言いながらも、アルドの表情には、僅かな照れくささが浮かんでいた。これまで見せたことのない、素朴な一面だった。柄でもない、はあたしの台詞帳でもよく使う常套句だ。仲間が一人増える、というのも悪くない。


「これからも、よろしくお願いします」


あたしが頭を下げると、アルドは、小さく笑った。その笑顔には、初めて出会った時とは、まるで違う温かさがあった。


「大げさな奴だな。まあいい、よろしく頼む」


その日を境に、アルドとの間に流れる空気は、これまでとは明らかに違うものになっていた。単なる情報提供者から、確かな仲間へ。あたしたちの絆は、少しずつ、けれど確実に、深まりつつあった。この旅は、いつも、こうして新しい絆を紡ぎながら、進んできたのだと、あたしは改めて実感した。


「地下の資料庫のこと、もう少し詳しく調べる方法、考えてみよう」


セシルの提案に、あたしたちは頷いた。それぞれの表情に、確かな決意が浮かんでいた。


アルドと別れたあと、宿への帰り道、あたしたちは、今日聞いた話について、それぞれの思いを語り合った。


「アルドさんに、あんな過去があったなんて」


トトが、しんみりとした口調で呟いた。夜道を照らす月明かりが、四人の影を、静かに石畳の上に伸ばしていた。


「うん。あの高圧的な態度の裏に、あんな痛みが隠れてたんだね」


あたしの言葉に、ヴァレナが頷いた。人の内面は、外から見ただけでは、本当には分からないものだった。


「人は、見た目だけじゃ分からない。あんたも、そうだったでしょ」


ヴァレナの言葉に、あたしは苦笑した。反論の余地もない、的確な指摘だった。


「確かに。最初は、ただの臆病者だと思われてたもんね」


「今も、臆病者には変わりないけどね」


セシルの茶々に、あたしたちは笑った。緊張の中にも、確かな和やかさが、あたしたちの間には流れていた。こういう何気ない時間が、これから待ち受ける困難を、乗り越える力になるのだと、あたしは感じていた。


宿に戻ると、あたしたちは、今後の作戦について、改めて話し合った。地下の資料庫、その先にあるであろう貸し手の正体。少しずつ、目指すべき目標が明確になっていく。セシルの手帳は、これまでの旅の中で、随分と分厚くなっていた。


「地下への侵入、簡単じゃなさそうだね」


トトの言葉に、セシルは頷いた。


「うん。今回は、ザラのような相手だけじゃなく、組織そのものと対峙することになるかもしれない」


セシルの声には、これまでにない緊張感が滲んでいた。


セシルの分析に、あたしたちは気を引き締めた。単なる一人の敵ではなく、組織そのものと向き合う覚悟が、いよいよ必要になっていた。


「それでも、やるしかない」


あたしの言葉に、みんなが頷いた。窓の外に広がる夜の町並みを見つめながら、あたしは、これから待ち受ける、より大きな戦いへの覚悟を、静かに固めていった。フェンを救い出した時と同じように、今度も、必ずやり遂げられると信じたかった。


「明日から、地下の資料庫について、できる限りの情報を集めよう」


セシルの提案に、あたしたちは頷いた。まだ見ぬ貸し手の正体に近づくための、次の一歩が、少しずつ見え始めていた。


最後までありがとうございました!


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