(58)組合本部の見張り
翌日から、あたしたちは、金融組合の本部を見張る日々を始めた。目立たない路地の陰から、出入りする人々の顔ぶれを、根気強く観察し続けた。
「今日も、特に変わった様子はないね」
物陰から、あたしたちは、代わる代わる本部の様子を窺っていた。
トトが、退屈そうに呟いた。
「分かる。あたしも、こういう我慢比べは苦手」
正直な感想を漏らすと、セシルが呆れたように手帳を閉じた。
「地道な作業だけど、必要なこと。焦らず続けよう」
セシルの言葉に、あたしたちは頷いた。
見張りを始めて三日目、あたしたちは、いつもとは違う動きに気づいた。本部の前に、豪華な馬車が停まり、厳重な護衛を連れた人物が降り立ったのだ。それまでの静かな見張りが一変し、あたしたちの間に、緊張が走った。
「あれ、もしかして」
ヴァレナが、緊張した声で呟いた。あたしたちは、息を潜めて、その様子を観察した。降り立った人物は、フードを深く被り、顔をはっきりと確認することはできなかった。護衛の数は、これまで見たどの来客よりも多い。周囲を警戒する護衛たちの目つきは、これまで見てきた組合の職員とは、明らかに違う、実戦経験を感じさせるものだった。
「貸し手、かもしれない」
セシルの言葉に、あたしたちは、固唾を呑んで見守った。フードの人物は、護衛に囲まれながら、本部の建物へと入っていった。その足取りには、迷いのない、確かな威厳のようなものが感じられた。
「近づいて、確かめてみる?」
あたしの提案に、セシルは首を横に振った。
「あの護衛の数を見る限り、迂闊に近づくのは危険。今は、様子を見るだけにしよう」
セシルの慎重な判断に、あたしたちは頷いた。逸る気持ちを抑えるのは、簡単なことではなかった。しばらく待っていると、フードの人物は、再び馬車に乗り込み、去っていった。
「短い滞在だったね」
トトの言葉に、あたしは頷いた。
「本部に用があるってことは、やっぱり組合と深く関わってる人物なんだと思う」
セシルの分析に、あたしたちは同意した。
その日の夕方、あたしたちはアルドと合流し、今日の出来事を報告した。
「フードの人物、護衛の数からして、かなりの要人だ。貸し手である可能性は高い」
アルドの言葉に、あたしたちは頷いた。彼の観察眼は、これまでの経験に裏打ちされた、確かなものだった。単なる憶測ではなく、長年の経験に基づいた判断だと、あたしは感じた。
「次に来る時、もっと近づいて確かめられないでしょうか」
あたしが尋ねると、アルドは、慎重な表情を浮かべた。杖を握る指先に、僅かな力がこもるのが見えた。この件が、彼にとっても、決して他人事ではないことが、その様子から伝わってきた。
「危険が大きい。もし本当に貸し手だとしたら、護衛の腕前も相当なものだろう。無闇に近づけば、命に関わる」
アルドの声には、確かな警告の色があった。
アルドの忠告に、あたしたちは頷いた。逸る気持ちを抑えながらも、慎重さを忘れてはならなかった。フェンの救出の時と同じ過ちを、繰り返すわけにはいかなかった。
「それでも、正体を確かめないことには、先に進めない」
あたしの言葉に、アルドは、しばらく考え込んだ。長い沈黙のあと、ようやく口を開いた。
「一つ、提案がある。俺の立場を使えば、組合の内部情報に、もう少し踏み込めるかもしれない」
アルドの申し出に、あたしたちは驚いた。彼のこれまでの態度からは、想像もできない申し出だった。
「危険じゃないですか、あなたにとって」
セシルの声には、素直な心配が滲んでいた。
セシルの心配に、アルドは、肩をすくめた。
「多少はな。だが、このまま、貸し手の好き勝手にさせておくのも、気分が良くない」
アルドの目には、静かな怒りのようなものが浮かんでいた。
アルドの言葉には、これまでにない、確かな決意が滲んでいた。これまでの高圧的な態度は、すっかり影を潜めていた。
「ありがとうございます」
あたしが礼を言うと、アルドは、少し照れくさそうに視線を逸らした。その反応に、あたしは思わず微笑んだ。
「礼はいい。それより、これからのことを、もう少し詰めよう」
アルドの提案に従い、あたしたちは、今後の作戦について、詳しく話し合った。夜が更けても、話は尽きなかった。組合内部への調査、貸し手の正体の特定、そして、いつ現れるか分からないザラへの警戒。やるべきことは、まだ多く残っていた。
夜が更けていく中、あたしたちは、それぞれの役割を再確認しながら、明日への備えを整えていった。この町で始まった旅は、想像していたよりも、遥かに大きな謎の核心に、少しずつ近づきつつあった。
宿に戻ってから、あたしは、一人で窓辺に座り、今日見たフードの人物の姿を、何度も思い返していた。あの厳重な護衛、そして、短い滞在時間。すべてが、只者ではないことを物語っていた。
「まだ起きてたの」
セシルが、静かに声をかけてきた。
「うん。あの人のこと、考えてた」
「貸し手かもしれない人物のこと?」
「うん。もしそうだとしたら、あたしたち、とんでもない相手に目をつけられてるのかもしれない」
あたしの言葉に、セシルは、静かに頷いた。
「それでも、ここまで来た以上、後戻りはできない。フェンさんのこと、あの倉庫のこと、全部が、あたしたちの選んだ道の先にある」
セシルの言葉に、あたしは頷いた。
「うん、そうだね。怖くても、進むしかない」
あたしの言葉に、セシルは、小さく微笑んだ。
「怖いのは、あんただけじゃない。あたしも、正直、緊張してる」
セシルの素直な告白に、あたしは、少し驚いた。いつも冷静な彼女が、こうして本音を漏らすのは、珍しいことだった。
「セシルも、不安になることあるんだね」
「当たり前でしょ。あたしだって、人間なんだから」
セシルの返事に、あたしは思わず笑った。緊張の中にも、確かな温かさが、二人の間に流れていた。
「明日も、頑張ろう」
あたしの言葉に、セシルは頷いた。
しばらく無言で、二人並んで夜空を見上げていた。星々の輝きが、日々の緊張を、少しだけ和らげてくれるようだった。
「セシル、今日は付き合ってくれてありがとう」
「お互い様。あんたのおかげで、あたしも心強い」
セシルの言葉に、あたしは頷いた。
窓の外に広がる、静かな夜空を見上げながら、あたしは、明日への確かな決意を胸に、目を閉じた。
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