(57)貸し手の来訪
フェンの救出から数日、あたしたちは、慎重に町の様子を窺いながら、次の一手を練っていた。ザラとの戦いで得た手応えと、アルドという心強い協力者。状況は、少しずつ好転しているように思えた。それでも、貸し手という存在の大きさを思うと、油断できる状況ではなかった。
「貸し手が、月に一度この町に来るっていう噂、覚えてる?」
セシルが、手帳を広げながら言った。
「うん。組合の職員さんが、教えてくれた話だよね」
「アルドさんに聞いたら、次の来訪予定、大体分かるかもしれない。彼、この町の情報網に、それなりに通じてる」
「それに、前に組合の職員さんから聞いた目撃の日付を数えると……そろそろ、来てもおかしくない頃合いのはず」
セシルが、手帳に記した日付を指でなぞりながら、そう付け加えた。
セシルの提案に、あたしたちは頷いた。手帳のページを、几帳面な文字が、また一つ埋めていった。
貸し手、という響きも、よく考えると格好つけの余地がありそうだった。倒したときの決め台詞を、そろそろ用意しておくべきかもしれない。台詞帳の新しいページをめくりながら、あたしはそんなことを考えていた。その日の午後、あたしたちはアルドを訪ね、貸し手の来訪について尋ねた。
「貸し手様の来訪、か」
アルドは、少し考え込んでから答えた。腕を組み、記憶を辿るように、視線を宙に彷徨わせている。
「確かに、月に一度、この町に姿を見せるという話は聞いたことがある。ただ、正体を隠して来るらしく、いつ、どんな姿で現れるのかは、俺も知らない」
「手がかりは、全くないんですか」
あたしが尋ねると、アルドは、腕を組んだ。この結界の管理者として、彼の知る情報は、あたしたちにとって貴重な財産だった。
「一つだけ、噂がある。来訪の際は、必ず、金融組合の本部に立ち寄るらしい」
アルドの言葉に、あたしたちは顔を見合わせた。ようやく、具体的な手がかりが見えてきた。
「本部を見張れば、貸し手を見つけられるかもしれない」
セシルの言葉に、あたしは頷いた。
「ただし、危険も伴う。貸し手の周りには、ザラのような、腕利きの護衛がついてるはずだ」
アルドの忠告に、あたしたちは頷いた。ザラとの戦いを思い出すと、自然と身が引き締まった。あの鋭い眼光と、隙のない身のこなしを、あたしはまだ鮮明に覚えていた。
「あの戦い以来、ザラさんの姿、見てないですね」
トトの言葉に、あたしは頷いた。
「うん。でも、あの人の性格を考えると、このまま黙ってるとは思えない」
あたしの言葉に、みんなが同意した。あの最後の言葉――これで終わりだと思うな――が、まだ耳の奥に残っていた。ザラの不敵な笑みも、脳裏に焼き付いたままだった。
「準備は、怠らないようにしよう」
セシルの提案に、あたしたちは頷いた。
その夜、あたしたちは、フェンの家を訪ねた。彼の体調は、日に日に回復しているようだった。
「おかげで、随分と楽になった」
フェンは、笑顔を見せながら、あたしたちを迎え入れた。奥では、子供が無邪気に駆け回る声が聞こえていた。
「何か、お礼がしたい。あの荷物のこと、俺が知ってることなら、なんでも話す」
フェンの申し出に、あたしたちは真剣な表情で頷いた。彼のやつれた顔にも、以前よりずっと生気が戻っていた。
「あの倉庫で運んでいた荷物、中身は何だったんですか」
セシルが尋ねると、フェンは、しばらく考え込んでから答えた。
「詳しくは見ていない。ただ、随分と重く、丁寧に扱うよう、厳しく言われていた。中から、微かに、金属が擦れるような音がしていたのを覚えてる」
フェンの証言に、あたしたちは顔を見合わせた。単なる荷運びの仕事ではないことが、いよいよ確かになってきた。セシルは、その証言を、一言一句漏らさぬよう、丁寧に書き留めていた。
「金属、というと」
「武器か、それに類するものかもしれない。あくまで、俺の推測だが」
フェンの言葉に、あたしは背筋が冷たくなるのを感じた。もし、貸し手が何らかの武器を、密かに集めているとしたら、その目的は、一体何なのか。想像するだけで、胸の奥が重くなった。この町だけでは収まらない、もっと大きな何かが、動いているような予感があった。
「他に、何か気づいたことは」
あたしが尋ねると、フェンは、少し躊躇いながら口を開いた。
「一度だけ、ザラという女が、誰かに報告しているのを聞いたことがある。詳しい内容は分からなかったが、次の集荷は、王都からだと言っていた」
「王都から」
「ああ。あの町にも、貸し手の手が伸びてるってことだろう」
フェンの証言に、あたしたちは、この件の根の深さを、改めて実感した。この町だけの問題では、もはや済まないのかもしれなかった。
「教えてくれて、ありがとうございます」
あたしが礼を言うと、フェンは、優しく微笑んだ。その笑顔には、これまでの疲労とは違う、確かな温かさが浮かんでいた。
「こちらこそ、命を救ってもらった。恩は、必ず返す」
フェンの目には、確かな決意が宿っていた。
フェンの言葉を胸に、あたしたちは宿へと戻った。貸し手の正体、その目的、そして、王都との繋がり。解き明かすべき謎は、まだ多く残っていたけれど、確かな手がかりが、少しずつ積み重なっていくのを、あたしは感じていた。
宿に戻ると、セシルが、今日聞いた情報を、手帳に丁寧に書き込んでいった。
「武器らしきもの、王都からの集荷、そして、貸し手の月一の来訪。全部繋げて考えると、何か大きな計画が進んでるように思える」
セシルの分析に、あたしたちは頷いた。
「大きな計画、って、具体的には」
トトの問いに、セシルは、手帳を見つめながら考え込んだ。
「まだ断定はできない。ただ、これだけの規模で動いてるってことは、単なる金儲けじゃない気がする」
セシルの言葉に、あたしは背筋が冷たくなるのを感じた。
「あたしたちだけで、対処できることなのかな」
あたしが呟くと、ヴァレナが、静かに口を開いた。
「今は、できることを一つずつ、確実にやるしかない。焦っても、仕方ない」
ヴァレナの言葉に、あたしは頷いた。
「明日、金融組合の本部を、もう一度見張ってみよう。貸し手の来訪、いつになるか分からないけど、少しでも手がかりを掴みたい」
あたしの提案に、みんなが頷いた。決意を新たに、あたしたちは互いの顔を見合わせた。
「アルドさんにも、協力をお願いしよう。彼の情報網、頼りになる」
セシルの言葉に、あたしたちは頷いた。窓の外に広がる夜の町並みを見つめながら、あたしは、まだ見ぬ貸し手の正体に、思いを馳せた。この町で始まった旅は、想像していたよりも、遥かに大きな謎に繋がっているようだった。
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