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チキンナイフと呼ばれた少女 ~逃げて逃れて世界最強~  作者: 荒瀬 維人
6章 見下ろす魔導士

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(55)決行前夜、そして当日

決行の前日、あたしたちは、最後の準備に追われていた。武器の手入れ、荷物の確認、そして、それぞれの役割の最終確認。宿の一室には、これまでにない緊張感が満ちていた。


「もう一度、手順を確認しよう」


セシルが、手帳を広げながら言った。


「あたしとヴァレナが、裏手の小さな扉から侵入。フェンさんを救出したら、来た道を戻る」


「あたしとトトが、正面の見張りを引きつける陽動役。派手すぎず、でも確実に注意を引く」


「俺は、結界の負荷を調整して、二人の脱出を後押しする」


アルドが、腕を組みながら付け加えた。彼が、こうしてあたしたちの計画に加わっていることが、まだどこか不思議な感覚だった。数日前までは、見下すような態度しか見せなかった相手が、今では、確かな仲間の一人になろうとしていた。


「タイミングは、見張りの交代直後。三分間の隙を、最大限に活かす」


セシルの言葉に、みんなが頷いた。何度も確認を重ねてきた計画だったけれど、実際に決行する前夜となると、やはり緊張が拭えなかった。


「怖い?」


ヴァレナが、あたしの様子を見て、静かに尋ねてきた。


「うん、少し。でも、それ以上に、フェンさんを助けたい気持ちの方が強い」


あたしの答えに、ヴァレナは小さく頷いた。


「あたしも同じ。式典から逃げ出したあの日から、あんたと一緒にいて、色んなことを学んだ。今度は、あたしたちが、誰かを助ける番」


ヴァレナの言葉に、あたしは胸が熱くなるのを感じた。


「あんたに出会ってから、あたしの中で、色んなものが変わった。逃げることは、弱さじゃなくて、大切なものを守るための力になり得るって、あんたが教えてくれた」


ヴァレナの言葉には、これまでにない、確かな重みがあった。


「そんな、大げさな」


「大げさじゃない。事実だから」


きっぱりとしたヴァレナの言葉に、あたしは、何も言えなくなった。ただ、胸の奥に広がる温かさを、静かに噛み締めた。


準備を一通り終えたあと、あたしたちは、フェンの妻の家を訪ねることにした。作戦の詳細は伏せながらも、彼女に、希望の光を伝えたかった。


「フェンさんの居場所、掴みました。必ず、助け出します」


あたしの言葉に、女性は、驚いたように目を見開いた。


「本当、ですか」


「はい。もう少しだけ、待っていてください」


あたしが力強く言うと、女性の目に、涙が浮かんだ。


「ありがとうございます。あなたたちに出会えて、本当に良かった」


女性の言葉に、あたしたちは、改めて、この作戦の重みを噛み締めた。奥の部屋では、幼い子供が、無邪気に眠っている。この子のためにも、必ずフェンを取り戻さなければならなかった。


「もし、良ければ」


女性は、少し躊躇いながら、小さな包みを差し出した。


「これ、夫の好物です。無事に戻ってきたら、渡してあげてください」


その包みを受け取ると、あたしの胸に、確かな責任感が広がった。


「必ず、お渡しします」


あたしの言葉に、女性は、涙を拭いながら、深く頭を下げた。


家を出たあと、あたしは、その小さな包みを、大切に懐にしまった。フェンという一人の男の帰りを、これほどまでに待ち望んでいる家族がいる。その事実が、あたしたちの決意を、いっそう確かなものにしていた。


家を出たあと、あたしたちは、しばらく無言で夜道を歩いた。


「絶対に、成功させよう」


トトが、静かに、けれど確かな決意を込めて呟いた。


「うん。みんなで、必ずやり遂げる」


あたしの言葉に、全員が頷いた。


宿に戻ると、それぞれが、静かに、明日への備えを整えていった。あたしは、寝台に横になりながら、これまでの旅路を思い返した。式典から逃げ出したあの日から、数えきれないほどの出来事があった。仲間との出会い、幾度もの戦い、そして今、誰かのために立ち上がろうとしているこの瞬間。すべてが、確かな一本の道として、繋がっているように感じられた。


「リク、眠れる?」


隣の寝台から、ヴァレナの声がした。


「うん、大丈夫。ヴァレナも、ちゃんと休んで」


「うん。明日は、長い一日になりそうだから」


ヴァレナの言葉に、あたしは小さく笑った。窓の外に広がる、静かな夜空を見上げながら、あたしは、明日への確かな決意を胸に、静かに目を閉じた。


まだ見ぬ強敵、ザラ・ヴィントとの対峙も、確実に近づいている。それでも、仲間たちと共になら、きっと乗り越えられる。そう信じて、あたしは、深い眠りへと落ちていった。


翌朝――決行の日が、静かに始まった。目を覚ますと、既にセシルとトトは、荷物の最終確認を終えていた。窓から差し込む朝の光が、緊張した面持ちの二人を、静かに照らしていた。


「おはよう。よく眠れた?」


「うん、思ったより」


あたしが答えると、セシルは小さく頷いた。


「今日一日、体力を温存しておこう。決行は夜だから、それまでは、なるべく無理をしないように」


セシルの提案に、あたしたちは頷いた。


昼過ぎ、アルドが宿を訪ねてきた。彼の手には、見慣れない道具がいくつか握られていた。


「これを使え。結界の負荷を感知する道具だ。負荷が高まったタイミングが、視覚的に分かるようになってる」


アルドは、小さな水晶のような道具を、あたしたちに手渡した。


「使い方は」


「光り方で判断しろ。青く光れば安全、赤く光れば危険信号だ」


「マジビの占い雑誌より、よっぽど当たりそうな道具だ」


思わず呟くと、アルドは怪訝な顔をした。説明するのも面倒なので、聞かなかったことにしてもらう。アルドの簡潔な説明に、セシルが頷いた。


「準備、万端みたいだね」


「ああ。あとは、決行するだけだ」


アルドの言葉には、いつもの皮肉めいた響きはなく、確かな緊張感が滲んでいた。


夕方、あたしたちは、最後にもう一度、それぞれの武器と道具を確認した。ヴァレナの得物、セシルの手帳と道具箱、トトが最近使い始めた短剣。どれもが、これまでの旅を共に歩んできた、大切な相棒だった。


「みんな、準備はいい?」


あたしの問いに、三人が力強く頷いた。窓の外では、夕暮れの光が、次第に夜の帳へと変わりつつあった。決行の時が、刻一刻と近づいていた。


出発前、あたしたちは、最後にもう一度、円陣を組むように集まった。


「今日まで、色々あった。でも、みんなとなら、乗り越えられる。あたしは、そう信じてる」


あたしの言葉に、三人が頷いた。


「フェンさんを、必ず助け出そう」


ヴァレナの声には、いつも以上の力強さがあった。


「あたしたちの絆、ここで見せつけよう」


セシルの言葉に、トトも大きく頷いた。


「うん。僕も、今度こそ、みんなの役に立ちたい」


トトの声には、これまでにない張りがあった。稽古を重ねてきた成果を、今夜、確かめる時が来ていた。


「よし、行こう」


あたしの合図で、あたしたちは、夜の町へと踏み出した。月明かりに照らされた石畳の道を、四人分の足音が、静かに重なっていく。夜風が、頬を涼しく撫でていった。


道すがら、誰も口を開かなかった。それぞれが、これから待ち受ける戦いに向けて、静かに心を整えているのが分かった。


倉庫街の近くで、あたしたちはアルドと合流した。彼の表情にも、これまでにない緊張感が浮かんでいた。


「準備はいいか」


「うん、大丈夫」


あたしの答えに、アルドは小さく頷いた。


「無理はするな。危険を感じたら、すぐに撤退しろ」


アルドの目には、責任感の強さが表れていた。


アルドの言葉には、これまでの高圧的な態度とは違う、確かな気遣いが滲んでいた。


「分かってる。ありがとう」


あたしの礼に、アルドは、少し照れくさそうに視線を逸らした。


「礼は、フェンを助け出してから言え」


素っ気ないその言葉に、あたしは小さく笑った。緊張の中にも、確かな連帯感が生まれつつあった。


見張りの交代時刻が、刻一刻と近づいていく。あたしたちは、それぞれの持ち場へと、静かに散っていった。この作戦の成否に、フェンとその家族の未来が、そして、あたしたち自身の絆が、かかっていた。懐にしまった小さな包みの感触を確かめながら、あたしは、最後の覚悟を固めた。

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