(54)協力への一歩
翌朝、あたしたちは、アルドを探して、再び倉庫街の周辺を訪ねた。しばらく待っていると、いつもの精巧な杖を提げた彼の姿が見えた。
「また、お前たちか」
アルドは、呆れたような表情を浮かべながらも、足を止めた。
「話があります。真剣な話です」
あたしが真っ直ぐに見つめると、アルドは、少し驚いたような顔をした。我ながら、こんなに真面目な前置きを口にしたのは、いつ以来か思い出せない。柄にもないと分かってはいるけど、今回ばかりは茶化してる場合じゃなかった。
「聞くだけは聞いてやる」
あたしたちは、人目につかない場所に移動し、昨夜の出来事を、順を追って話した。フェンを見つけたこと、彼が閉じ込められている理由、そして、あの謎の女のこと。
話を聞き終えたアルドの表情は、次第に険しくなっていった。
「その女、鋭い眼光で、独特の武器を持ってたと言ったな」
「ええ、そうです。何か、心当たりが」
セシルの問いに、アルドは、しばらく黙り込んでから答えた。
「おそらく、ザラ・ヴィントだろう。貸し手の直属で動く、腕利きの実働部隊の一人だ」
その名前に、あたしたちは思わず息を呑んだ。以前、目を細めて値踏みするように見てきた、あの視線を思い出す。
「あなたは、なぜその人のことを知ってるんですか」
あたしが尋ねると、アルドは、複雑な表情を浮かべた。
「この結界の管理をしていれば、嫌でも、そういう人間の存在を知ることになる。ザラは、この町でも、特に危険視されている一人だ」
アルドの言葉に、あたしたちは顔を見合わせた。この町の裏には、想像していた以上に、根深い闇が広がっているようだった。
「彼女、以前にも、あたしたちの前に姿を見せたことがあります。王都に向かう前、様子を探るように現れて」
あたしの言葉に、アルドは目を細めた。
「なるほどな。お前たちは、思っていた以上に、貸し手に目をつけられているらしい」
アルドの言葉には、これまでにない真剣さがあった。普段の見下すような態度は、その表情から、すっかり影を潜めていた。
「フェンさんを助け出したいんです。協力してもらえませんか」
あたしが真剣に頼み込むと、アルドは、しばらく黙り込んだ。
「なぜ、俺が協力すると思う」
「あなたは、この町の秩序を守りたいはず。貸し手の私兵が、こんな形で人を苦しめてるのを、見過ごせないんじゃないですか」
あたしの言葉に、アルドは、意外そうな顔をした。
「随分と、俺のことを見透かしたつもりでいるんだな」
「見当違いですか」
「……いや。悪くない見立てだ」
アルドは、そう言うと、小さく息を吐いた。その表情には、これまで見せてきた高圧的な態度とは違う、確かな覚悟が滲んでいた。
「正直に言えば、お前たちを見てて、少し驚いてる。何の得にもならないのに、これだけ必死になれる連中を、この仕事じゃそう見ない。損得づくで動く奴らばかり見てきたからな」
「分かった。協力しよう。ただし、条件がある」
「条件、というのは」
「この件が終わったら、お前たちのことを、俺なりに調べさせてもらう。特に、あの検問での反応。あれには、俺自身、興味がある」
アルドの言葉に、あたしは、少し緊張しながらも頷いた。あの検問での反応が、何か重大な意味を持っているのかもしれないという予感が、頭をよぎった。
「分かりました。それでいいです」
「よし。なら、話を進めよう。俺が知る限り、あの結界の弱点を突くには、相応の人数と、正確なタイミングが必要になる」
「人数は、多ければいいってものじゃないんですか」
セシルの問いに、アルドは首を横に振った。
「多すぎると、結界がかえって過敏に反応して、警報が強くなる。逆に少なすぎると、負荷を分散しきれずに、こちらが保たない。丁度いい人数を、見極める必要がある」
アルドは、地面に木の枝で簡単な図を描きながら、説明を始めた。倉庫の構造、見張りの配置、そして、結界の負荷を分散させるための具体的な方法。専門家ならではの、精密な計画だった。
「これなら、うまくいきそう」
セシルが、真剣な表情で、アルドの説明を手帳に書き写していく。木炭の走る音だけが、しばらく静かに響いていた。
「ただし、油断は禁物だ。ザラ・ヴィントが本格的に動けば、この程度の計画では、太刀打ちできないかもしれない」
アルドの忠告に、あたしたちは頷いた。まだ見ぬ強敵との対峙が、確実に近づいていることを、あたしは肌で感じていた。あの倉庫で見た、ザラの冷たい眼光を思い出すと、自然と身が引き締まった。
「準備が整い次第、決行しよう」
あたしの言葉に、みんなが頷いた。フェンを救い出すための作戦が、いよいよ、具体的な形を成し始めていた。
アルドの説明は、その後もしばらく続いた。倉庫の見取り図、見張りの人数、そして、フェンが閉じ込められている部屋への最短経路。細部まで練り込まれた計画に、あたしたちは、次第に確かな手応えを感じ始めていた。
「決行は、明後日の夜がいい。見張りの交代が、一番手薄になる時間帯だ」
アルドの提案に、セシルが頷いた。手帳のページに、決行日時が、はっきりと書き込まれた。
「準備期間は、一日だけか」
「短いが、あまり長引かせると、フェンの処遇が先に決まってしまう可能性がある」
アルドの言葉に、あたしたちは頷いた。時間との勝負でもあることを、改めて実感する。悠長に構えている余裕は、もう残されていなかった。
「あたしたちの役割分担、どうする?」
ヴァレナの問いに、セシルが手帳を開いた。
「リクとヴァレナが、フェンさんの救出。あたしとトトが、外の見張りを引きつける陽動役。アルドさんには、結界の負荷を調整してもらう」
セシルの提案に、あたしたちは頷いた。それぞれの役割が、少しずつ明確になっていく。誰一人として、役割に不満を漏らす者はいなかった。
「トト、大丈夫?陽動役、危険も伴う」
あたしが心配そうに尋ねると、トトは、しっかりと頷いた。
「大丈夫。ヴァレナに教わったこと、活かしてみせる」
トトの声には、確かな決意が宿っていた。稽古を重ねてきた成果が、いよいよ、実戦で試される時が来ようとしていた。あの怯えていた少年の面影は、今やほとんど見られなくなっていた。
「みんな、無理はしないで。何よりも、生きて帰ることを最優先に」
あたしの言葉に、全員が頷いた。フェンを救うことは大切だけれど、仲間の誰か一人でも失うようなことがあれば、それこそ、取り返しがつかない。この旅で、これまで積み重ねてきた絆は、何物にも代えがたい宝物だった。
アルドと別れたあと、あたしたちは、宿に戻り、明後日の決行に向けて、細部の詰めを続けた。窓の外に広がる夜の町並みを見つめながら、あたしは、静かに、これから待ち受ける戦いへの覚悟を固めていった。フェンとその家族のために、そして、仲間たちのために、あたしにできることを、精一杯やり遂げようと、心に誓った。
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