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チキンナイフと呼ばれた少女 ~逃げて逃れて世界最強~  作者: 荒瀬 維人
6章 見下ろす魔導士

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(52)結界の理屈

翌日、倉庫街の観察を続けていると、見覚えのある人物が、こちらに歩いてくるのが見えた。アルド・クレインだった。彼は、あたしたちの姿を見つけると、呆れたように肩をすくめた。


「まだ、こんなところをうろついてるのか」


「あなたには、関係ないでしょう」


三日連続で同じ台詞を返している気がする。そろそろ台詞帳の別のページを使いたいところだけど、いい返しは思いつかなかった。あたしが答えると、アルドは、少し声を潜めた。


「この辺りは、監視の目が多い。あまり長居しない方がいい」


「監視、というのは」


「見ての通り、この倉庫街には、金融組合絡みの施設がいくつかある。目立つ行動は、無用な注目を集めるだけだ」


アルドの忠告に、あたしたちは顔を見合わせた。彼の言葉には、脅しとは違う、ある種の親切心が滲んでいるようだった。


「あなたは、なぜそこまで教えてくれるんですか」


セシルが、慎重に尋ねた。アルドは、しばらく黙り込んでから、静かに口を開いた。


「別に、お前たちを助けたいわけじゃない。ただ、この結界の管理者として、無闇な混乱は避けたいだけだ」


「結界のこと、もう少し詳しく教えてもらえませんか」


あたしが尋ねると、アルドは、意外にも、少し考えるような素振りを見せた。


「……いいだろう。ここでは話せないが、少し場所を変える」


アルドの案内で、あたしたちは、倉庫街から少し離れた、静かな路地裏へと移動した。人気のない場所を選ぶ慎重さに、彼のこれまでの態度とは違う一面を感じた。


「あの検問の結界は、距離税の徴収に使われている単位、歩と貫を利用している」


アルドの説明に、あたしは息を呑んだ。


「距離税と、同じ単位を」


「ああ。距離税は、通過した距離を、歩と貫で計測する仕組みだ。あの結界は、その計測の原理を応用して、特定の力――距離を力に変換する類の力を、一時的に無効化する」


アルドの言葉に、あたしは、自分の胸に手を当てた。まさに、チキン流の根幹に関わる話だった。


「無効化する、というのは、完全に力が使えなくなるってことですか」


「正確には、力の変換効率を大きく落とす。完全にゼロになるわけじゃないが、実戦で使い物になるレベルではなくなる」


アルドの説明は、専門的でありながら、驚くほど分かりやすかった。セシルも、その説明に興味深そうに耳を傾け、手帳に要点を書き留めていた。


「なぜ、そんな結界を作ったんですか」


セシルが尋ねると、アルドは、少し複雑な表情を浮かべた。


「魔導評議国は、距離を力に変える類の技術や才能を、危険視している。制御が難しく、予測不能な力の増幅に繋がるからだ。この結界は、その対策として設置された」


アルドの説明に、あたしは複雑な気持ちを抱いた。チキン流は、あたしにとって、逃げながら仲間を守るための、大切な力だった。それが、危険視される対象になっているという事実は、少なからず、あたしの胸を重くした。式典から逃げ出したあの日、この力を授かったことを、恨めしく思ったことも、正直あった。それでも、この力があったからこそ、今の仲間たちと出会えたのも、また確かだった。


「あたしの力も、危険なものだと思いますか」


思わず尋ねると、アルドは、意外にも、真剣な表情で答えた。


「力そのものに、善悪はない。使い方次第だ。ただ、制御を誤れば、大きな被害を生む可能性がある。それは、否定できない事実だ」


アルドの言葉には、単なる高圧的な態度とは違う、確かな重みがあった。その表情には、これまで見せてきた見下すような態度とは、少し違う何かが滲んでいた。


「この結界を、突破する方法はあるんですか」


あたしが尋ねると、アルドは、少し考え込んでから答えた。腕を組み、視線を宙に向けたまま、しばらく黙っていた。


「正攻法では、難しい。ただ、結界にも、弱点はある。同時に多くの人間が結界の効果範囲内に留まると、負荷が増して、一時的に効果が薄れる瞬間がある」


その情報は、これまでで最も具体的な手がかりだった。あたしは、その言葉を、忘れないよう、心の中で何度も繰り返した。


「教えてくれて、ありがとうございます」


あたしが礼を言うと、アルドは、素っ気なく肩をすくめた。それでも、その表情には、僅かな照れくささのようなものが、見え隠れしていた。


「礼はいらない。俺は、ただ、無闇な混乱を避けたいだけだ」


そう言うと、アルドは踵を返し、足早に立ち去っていった。その後ろ姿を見送りながら、あたしたちは、顔を見合わせた。彼の背中には、これまで見えていなかった、何か複雑な事情が滲んでいるように思えた。


「あの人、思ったより、色々教えてくれたね」


「うん。もしかしたら、味方になってくれるかもしれない」


セシルの言葉に、あたしは深く頷いた。


セシルの言葉に、あたしは頷いた。少しずつ、この町の謎が、確かな形を成しつつあった。


宿へと戻る道すがら、あたしは、アルドから聞いた話を、頭の中で何度も反芻していた。同時に多くの人間が結界の効果範囲内に留まると、負荷が増して、一時的に効果が薄れる瞬間がある――その言葉が、可能性の光のように、あたしの中に残っていた。


「セシル、あの話、フェンさんの救出に使えないかな」


あたしが尋ねると、セシルは、地図を広げながら考え込んだ。


「うん。もし、フェンさんがあの厳重な倉庫の中にいるなら、力を使えないあたしたちだけじゃ、突破は難しい。でも、結界の弱点を利用すれば、話は変わってくる」


セシルの分析に、あたしは頷いた。


「具体的には、どうすればいいの」


「まだ詳細は詰めきれてない。ただ、大人数を一箇所に集中させることで、結界の負荷を上げる、という方向性は考えられる」


セシルの言葉に、あたしたちは顔を見合わせた。


「でも、フェンさんを助けるためだけに、そんな大がかりなことができるのかな」


トトの疑問に、あたしも考え込んだ。


「今はまだ、計画段階。もう少し情報を集めてから、具体的な作戦を練ろう」


セシルの冷静な提案に、あたしたちは頷いた。宿に戻ると、あたしたちは、今日得た情報を、改めて手帳にまとめ直した。距離税の単位を利用した結界、その弱点、そして、まだ姿を見せないフェンの安否。解き明かすべき謎は、確実に一つずつ、その正体を現しつつあった。窓の外に広がる夜の町並みを眺めながら、あたしは、これから待ち受けるであろう困難に、静かに心を整えていった。


最後までありがとうございました!


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それでは次回の更新をお楽しみに!

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