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チキンナイフと呼ばれた少女 ~逃げて逃れて世界最強~  作者: 荒瀬 維人
6章 見下ろす魔導士

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(51)倉庫街の影

翌朝、あたしたちは、町の北側に広がる倉庫街へと向かった。城壁沿いに並ぶ石造りの建物は、どれも大きく無骨で、人の気配がほとんど感じられない。


「ここが、倉庫街」


セシルが、地図と照らし合わせながら呟いた。荷馬車の轍が、地面に幾筋も刻まれている。誰かが、頻繁にこの場所を出入りしている証拠だった。


「どこから、調べ始める」


「まずは、遠目に様子を見よう。目立つ動きは避けたい」


セシルの言葉は、いつも通り、冷静で的確だった。


セシルの提案に従い、あたしたちは、近くの物陰に身を潜めた。しばらく観察を続けていると、一つの倉庫だけ、他とは違う様子であることに気づいた。周囲には見張りらしき人影があり、出入りする者たちの動きも、どこか統制が取れているように見えた。他の倉庫の入口が開けっぴろげなのに対して、その一角だけ、明らかに人の出入りが制限されていた。


「あの倉庫、何か違うね」


トトが、小声で呟いた。


「うん。見張りがいるってことは、何か大事なものを保管してるか、隠してるってこと」


ヴァレナの分析に、あたしは頷いた。


しばらく様子を窺っていると、倉庫の扉が開き、荷馬車が一台、中から出てきた。荷台には、大きな木箱がいくつも積まれている。木箱には、見慣れない紋章が刻印されていて、それが何を意味するのか、あたしたちには見当もつかなかった。


「あの紋章、見覚えある?」


あたしが尋ねると、セシルは目を細めて観察した。


「ないね。金融組合のものとも、少し違う気がする」


セシルの答えに、あたしたちは首を傾げた。この町には、まだ知らない勢力が、いくつも絡んでいるのかもしれなかった。


「あの荷馬車、追ってみる?」


馬車が遠ざかっていくのを目で追いながら、あたしは思わず尋ねた。


あたしの提案に、セシルが首を横に振った。


「目立つ真似は危険。それより、あの倉庫自体を、もう少し詳しく調べたい」


じっと物陰に張り付いているだけの仕事は、逃げることにかけては自信のあるあたしにとって、地味に一番苦手な部類だった。動きたい気持ちを抑え込むのも、立派な修行の一つなのかもしれない。セシルの言葉に従い、あたしたちは、日が暮れるまで、倉庫の様子を観察し続けた。出入りする人々の顔ぶれ、荷物の種類、見張りの交代時間。地道な作業だったけれど、少しずつ、あの倉庫の実態が見えてきた。


「見張りの交代、大体二時間おきみたい」


セシルが、手帳に書き込みながら呟いた。その正確さは、まるで測量士だった頃の仕事ぶりを、そのまま思わせるものだった。


「あの倉庫、フェンさんと関係あるのかな」


トトの疑問に、あたしは考え込んだ。確証はまだないけれど、この町の裏の仕事が、あの場所に集約されているような予感があった。荷馬車の轍の深さが、それを裏付けているように思えた。


日が暮れかけた頃、あたしたちは、いったん引き上げることにした。宿への帰り道、セシルが、今日の観察結果を、改めて整理した。西日が、石畳の道を橙色に染めながら、長い影を落としていた。


「あの倉庫、明らかに普通の商業倉庫とは違う。見張りの配置も、荷物の扱い方も、どこか軍隊的」


「軍隊的、というのは」


「規律だった動き。ただの商人が雇う見張りにしては、統制が取れすぎてる」


セシルの分析に、あたしは背筋が冷たくなるのを感じた。


「もしかして、あそこ、貸し手の私兵みたいなものがいるってこと」


「その可能性、否定できない。相手が、それなりの組織力を持ってるとしたら、警戒するに越したことはない」


セシルの慎重な言葉に、あたしたちは頷いた。ガイン・オルスのような、個人の力量による脅威とは、また違う種類の危険が、そこには潜んでいるのかもしれなかった。組織立った相手を前に、あたしは、これまでとは違う緊張を覚えていた。


「明日からは、もっと注意深く動く必要がありそうだね」


ヴァレナの言葉に、あたしたちは頷いた。


「金融組合が、直接関わってるってこと?」


「可能性はある。ただ、確証はまだない」


セシルの慎重な言葉に、あたしたちは頷いた。


宿に戻ると、あたしたちは、これまでに集まった情報を、改めて整理した。フェンの足取り、荷運びの仕事、貸し手との繋がり、そして、あの統制の取れた倉庫。点と点が、少しずつ、一つの線として繋がりつつあった。それでも、確信を持てる証拠は、まだ何一つ手にしていなかった。


「明日も、あの倉庫を調べよう。もし、フェンさんがあそこにいるなら、必ず何か手がかりが見つかるはず」


あたしの言葉に、みんなが頷いた。


夜、部屋の窓から見える倉庫街の方角を、あたしはじっと見つめた。あの無骨な建物のどこかに、フェンという男の運命が、繋がっているかもしれない。そう思うと、胸の奥に、確かな緊張感が広がっていくのを感じた。城壁の向こうから聞こえる、微かな風の音だけが、静けさの中に響いていた。


「リク、今日は早く休んで。明日も長い一日になりそう」


ヴァレナの言葉に、あたしは頷いた。


夕食の席で、セシルが、今日一日の観察結果を、改めて図に描き起こしていた。倉庫の位置、見張りの配置、荷馬車の出入りする時間帯。細かな情報が、一枚の紙の上に、丁寧にまとめられていく。


「こうして見ると、あの倉庫、随分と厳重に守られてる」


「うん。普通の商業施設とは、明らかに違う」


セシルの言葉に、あたしは頷いた。


「明日は、少し違う角度から観察してみよう。裏手に回れば、また違う発見があるかもしれない」


セシルの提案に、あたしたちは頷いた。


「危険じゃない?」


トトが、心配そうに尋ねた。


「慎重に動けば、大丈夫。無理はしない」


セシルの答えに、トトは安心したように頷いた。


食事を終えたあと、あたしは、一人で窓辺に座り、倉庫街の方角を見つめた。夜の闇の中、遠くにぽつぽつと灯る明かりが、あの町の裏側に潜む何かを、静かに物語っているように見えた。


「まだ起きてたの」


いつの間にか隣に来ていたセシルが、声をかけてきた。


「うん。なんとなく、眠れなくて」


「フェンさんのこと、考えてた?」


「うん。あの奥さんと子供のことも」


あたしの言葉に、セシルは静かに頷いた。


「必ず、見つけ出そう。あたしたちなら、きっとできる」


セシルの言葉に、あたしは頷いた。窓の外に広がる夜の町並みを、最後にもう一度見つめてから、あたしは静かに目を閉じた。まだ見ぬ真実が、この先に待っている。その予感は、確かなものとして、あたしの胸に刻まれていた。


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