(50)傭兵仲間の証言
翌日から、あたしたちは、フェンの足取りをさらに詳しく調べることにした。セシルの提案で、まずは、彼のかつての傭兵仲間を探すことになった。
「傭兵をしてた人なら、酒場に集まってることが多い」
セシルの読み通り、町の外れにある古びた酒場には、荒くれた雰囲気の男たちが、昼間から酒を飲んでいた。
酒場特有の饐えた匂いに、思わず顔をしかめそうになる。逃げ足を鍛える旅の途中で、こういう場所への免疫だけはついていないらしい。
「すみません、フェンさんのことで、お話を伺いたいんですけど」
あたしが声をかけると、隅の席に座っていた、傷だらけの大男が、こちらを振り返った。
「フェンの知り合いか」
「いえ、知り合いというわけじゃないですけど。奥さんに頼まれて、行方を探してます」
「へえ。あいつの家族に、そこまでしてくれる奴がいるとはな」
男は、興味深そうにあたしたちを見た。
「フェンさんのこと、詳しく知ってるんですか」
「そこそこな。昔、同じ隊で働いてた仲間だ」
男は、懐かしそうに目を細めた。
男は、酒杯を傾けながら、ぽつりぽつりと語り始めた。
「あいつが最後に会ったのは、半月くらい前だったか。妙に思い詰めた顔をしてたのを、覚えてる」
「思い詰めた顔、というのは」
「詳しくは話さなかったが、大金が必要だとは言ってた。奥さんの薬代だろうな」
男の言葉に、あたしたちは頷いた。これまで聞いた話と、符合する内容だった。フェンの妻から聞いた話と、この男の証言が、少しずつ繋がっていく。まるで、ばらばらだった糸が、一本の道筋にまとまっていくような感覚だった。
「その大金を稼ぐための仕事、心当たりはありますか」
セシルが、真剣な表情で尋ねた。
「一つだけ、心当たりがある。この町の裏で、時々流れる話だ。金融組合絡みの、荷運びの仕事」
「荷運び、ですか」
「ああ。何を運ぶのかは、俺も知らない。ただ、報酬が破格に良くて、その分、危険も相当なものらしい」
男は、そこで一度言葉を切り、周囲を警戒するように見渡した。酒場の喧騒は変わらず続いていたが、この話題だけは、慎重に扱う必要があるようだった。
「この話、あまり大きな声じゃできないんだが」
男は、声をさらに潜めた。
「その荷運びの仕事、依頼主を辿ると、最終的には、貸し手に行き着くって噂がある」
その言葉に、あたしたちは思わず息を呑んだ。ようやく、貸し手とフェンとの繋がりが、はっきりと見えてきた。酒場の喧騒の中、その一言だけが、妙に重く響いた。
「貸し手が、直接依頼を」
「そこまでは分からない。ただ、この町の裏の仕事は、大体どこかで、貸し手の意向が絡んでるって話だ」
男の証言に、あたしは背筋が引き締まるのを感じた。噂が、少しずつ具体的な形を帯びていくのが分かった。
「フェンさんが、今どこにいるか、心当たりはありませんか」
あたしが尋ねると、男は首を横に振った。少し考え込むように、酒杯の中の琥珀色の液体を見つめている。
「悪いが、そこまでは知らない。ただ、荷運びの仕事は、大抵、国境近くの倉庫街で行われるって聞いたことがある」
「倉庫街、ですか」
「町の北側にある。普段は、あまり人が近づかない場所だ」
男の言葉に、あたしたちは礼を言って、酒場を後にした。手がかりは、少しずつ、確かな形を成しつつあった。
酒場を出る間際、あたしは、大男にもう一つだけ尋ねた。
「あなたは、なぜそこまで教えてくれるんですか」
男は、少し驚いたような顔をしてから、寂しげに笑った。
「フェンには、昔、命を救われたことがある。あいつが困ってるなら、力になりたい。それだけだ」
男の目には、荒くれた見た目からは想像できないほどの、静かな誠実さが宿っていた。
その言葉には、荒くれた見た目に似合わない、確かな義理堅さがあった。あたしは、少し意外に思いながらも、その言葉の裏にある温かさを、素直に受け止めた。
「その気持ち、あたしたちにも分かります。だから、必ず見つけ出します」
あたしの言葉に、男は小さく頷いた。
「頼んだぞ。あいつは、ああ見えて不器用な奴だ。一人で全部抱え込む癖がある」
男の言葉には、長年の付き合いから来る、確かな信頼が滲んでいた。
男の言葉を胸に刻みながら、あたしたちは酒場をあとにした。
「倉庫街、行ってみよう」
あたしの提案に、みんなが頷いた。
「今日はもう遅い。明日、日が高いうちに行こう。夜は、危険が大きすぎる」
セシルの慎重な判断に、あたしたちは頷いた。逸る気持ちを抑えながらも、無闇な行動は避けるべきだった。急いては事を仕損じる、という言葉が、頭の中を過った。
宿に戻る道すがら、あたしは、フェンという見知らぬ男の姿を、何度も思い浮かべた。家族を守るために、危険を承知で仕事を引き受けた彼の覚悟。それは、あたしたちが逃げながらも、大切なものを守ろうとしてきた旅と、どこか重なるものがあった。会ったこともない相手のことを、これほど強く案じるのは、初めての経験だった。
宿に戻ると、セシルが早速、地図を広げて、倉庫街の位置を確認した。
「ここが、倉庫街。町の北側、城壁に沿って広がってる」
「明日、実際に行ってみよう」
あたしの提案に、セシルが頷いた。
「ただし、慎重に動く必要がある。もし本当に貸し手が絡んでるなら、下手に近づいて、フェンさんをさらに危険な目に遭わせるわけにはいかない」
セシルの言葉には、いつも以上の重みがあった。
セシルの言葉に、あたしたちは頷いた。
「まずは、遠目に様子を探るところから始めよう。無闇に踏み込まない」
ヴァレナの提案に、みんなが同意した。焦る気持ちを抑えながらも、確実な一歩を積み重ねていく。それが、これまでの旅で培ってきた、あたしたちなりのやり方だった。ガイン・オルスとの戦いでも、この慎重さが、最終的には活路を開いてくれた。
「トトも、明日は一緒に来る?」
「うん。あたしも、力になりたい」
トトの言葉に、あたしは頷いた。
「危なくなったら、すぐ知らせて。無理はしないでね」
あたしの言葉に、トトはしっかりと頷いた。
「分かってる」
トトの返事には、確かな決意が込められていた。剣を握る手にも、以前より力強さが増しているように見えた。
「必ず、フェンさんを見つけよう」
あたしの言葉に、三人が力強く頷いた。夜の帳が下りる町並みの中、あたしたちの決意は、確かに一つになっていた。
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