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チキンナイフと呼ばれた少女 ~逃げて逃れて世界最強~  作者: 荒瀬 維人
6章 見下ろす魔導士

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(49)フェンという人

翌日、あたしたちは、フェンという人物について、さらに詳しく調べることにした。市場の屋台からは、香ばしい匂いが漂っていて、正直、聞き込みより先に胃袋の方が反応しかけたけれど、さすがに今は我慢する。市場の商人たちに聞き込みを続けると、少しずつ、彼の輪郭が見えてきた。


「フェンさんね。前は、傭兵として名の知れた人だったよ」


野菜を売る老婆が、そう教えてくれた。


「傭兵、ですか」


「ああ。腕は確かだったらしいけど、数年前に大怪我をして、それからは引退したって聞いてる。今は、奥さんと小さな子供と、三人でひっそり暮らしてたはずだよ」


「その人が、行方不明になったって聞いたんですけど」


あたしが尋ねると、老婆は声を潜めた。


「詳しいことは知らないけどね。噂じゃ、借金絡みで、危ないところに手を出したとか」


「借金、ですか」


「奥さんが病気がちでね。薬代がかさんで、生活が苦しかったって話。それで、割のいい仕事に手を出したんじゃないかって」


老婆の話に、あたしたちは顔を見合わせた。事情が、少しずつ明らかになってくる。市場の喧騒の中、老婆の声だけが、妙に鮮明に耳に残った。


「割のいい仕事、というのは、具体的には」


セシルが、粘り強く尋ねた。


「そこまでは、あたしも知らないよ。ただ、この町の裏じゃ、金融組合絡みの、あまり褒められない仕事が、色々あるって噂は聞くね」


老婆はそう言うと、それ以上は多くを語らず、商売に戻っていった。あたしたちは、礼を言って市場を後にした。


「金融組合絡みの、あまり褒められない仕事、か」


「うん。貸し手のことと、何か繋がってるのかな」


トトの言葉に、あたしは考え込んだ。まだ確かなことは分からないけれど、点と点が、少しずつ繋がっていくような予感があった。


「フェンさんの家、探してみよう。何か手がかりがあるかもしれない」


あたしの提案に、みんなが頷いた。市場の人々に道を尋ねながら、あたしたちは、町の外れにある、小さな家へと向かった。


家は、粗末だけれど、丁寧に手入れされた様子が見て取れた。庭には、小さな菜園があり、育ちかけの野菜が並んでいる。扉を叩くと、しばらくして、青白い顔をした女性が顔を出した。窓辺に干された洗濯物が、風に揺れていた。


「どちら様でしょうか」


「突然すみません。フェンさんのことで、お話を伺いたくて」


あたしが丁寧に切り出すと、女性の表情が、一瞬にして強張った。


「あの人のことは、話せません」


「危険な状況にあるかもしれないと聞いて、心配で。あたしたちで、何か力になれることがあればと」


女性は、しばらく黙り込んでいたけれど、やがて、疲れた様子で扉を大きく開けた。


「少しだけなら」


家の中に通されると、粗末ながらも、清潔に整えられた居間があった。奥の部屋からは、幼い子供の寝息が、微かに聞こえてくる。


「夫は、半月前から、帰ってきていません」


女性は、震える声で語り始めた。


「半月前、というと」


「ある人から、仕事の話を持ちかけられたんです。危険だけど、報酬が良いって。うちには、まとまったお金が必要だったから」


女性の声は、次第に震えを帯びていった。


「その仕事というのは」


「詳しいことは、私も知りません。ただ、夫は出かける前、もし何かあっても、俺のことは探すなって、そう言い残していきました」


女性は、両手を強く握りしめながら、その言葉を絞り出した。


女性の目に、涙が浮かんだ。あたしは、胸が締め付けられるような思いを感じた。奥の部屋から漏れる子供の寝息が、静けさの中で、いっそう切なく響いた。


「必ず、何か手がかりを見つけます。約束はできないけど、できる限りのことはします」


あたしの言葉には、根拠のない気休めではない、確かな覚悟が込められていた。


あたしの言葉に、女性は小さく頭を下げた。


「ありがとうございます。でも、あまり深入りしないでください。危ない話みたいですから」


女性の気遣いに、あたしは、複雑な気持ちを抱いた。


家を出たあと、あたしたちは、しばらく無言のまま、夕暮れの道を歩いた。誰の頭にも、あの女性の震える声と、涙をこらえる横顔が、離れなかった。


「フェンさんを助けたい」


あたしが呟くと、みんなが力強く頷いた。


「うん。放っておけない」


ヴァレナの言葉に、あたしたちは、新たな決意を胸に抱いた。貸し手の手がかりと、フェンの行方。二つの謎が、この町の中で、確かに交わろうとしていた。


宿への帰り道、あたしは、フェンの妻の悲しげな顔を、何度も思い出していた。家族を守るために、危険を承知で仕事を引き受けた男。その姿は、どこか、あたしたちの旅の始まりと、重なるところがあるように思えた。


「セシル、何か手がかり、掴めそう?」


「まだ具体的なことは分からない。でも、金融組合絡みの、あまり褒められない仕事、っていう言葉が引っかかる」


セシルは、手帳に何かを書き込みながら答えた。


「貸し手が絡んでる可能性、あると思う?」


「否定はできない。この町で、金融組合絡みの怪しい仕事といえば、真っ先に思い浮かぶのは、そこだから」


セシルの分析に、あたしたちは頷いた。手帳の余白には、既に幾つもの仮説が、細かい字で書き加えられていた。


「明日から、フェンさんの足取りを、もっと詳しく調べよう。もしかしたら、貸し手に繋がる何かが、見つかるかもしれない」


あたしの提案に、みんなが力強く頷いた。


宿に戻ると、トトが、少し思い詰めた表情で口を開いた。


「あの奥さんと子供、見てたら、なんか、他人事に思えなかった」


「うん。あたしも、同じ気持ち」


トトの言葉に、あたしは頷いた。あの家族の姿は、あたしたちの中に、確かな痕跡を残していた。


「あたしたちが、何かできることがあるなら、力になりたい」


トトの声には、以前とは違う、確かな決意が宿っていた。剣術の稽古を始めたことで、彼の中に、新たな強さが芽生えつつあるのを、あたしは感じていた。あの怯えていた少年が、今では、誰かを守りたいと願うまでに、成長していた。


夜が更けていく中、あたしたちは、明日からの調査方針を、詳しく話し合った。フェンの足取り、貸し手との繋がり、そして、まだ姿を見せない敵の正体。解き明かすべき謎は、まだいくつも残っていた。それでも、フェンとその家族を救いたいという思いだけは、あたしたちの中で、確かな一致を見せていた。


最後までありがとうございました!


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それでは次回の更新をお楽しみに!

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