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チキンナイフと呼ばれた少女 ~逃げて逃れて世界最強~  作者: 荒瀬 維人
6章 見下ろす魔導士

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(48)クレインという名の魔導士

翌朝から、あたしたちは手分けして情報収集を始めた。セシルとトトは町の商店や市場を、あたしとヴァレナは組合の周辺を、それぞれ担当することになった。


組合の建物が見える路地の物陰で、あたしとヴァレナは、交代で見張りを続けた。行き交う職員や来客の顔ぶれを、それとなく観察する地味な作業だった。


「こういう地道な仕事、性に合ってる?」


ヴァレナが、退屈しのぎに尋ねてきた。


「正直、あんまり得意じゃない。じっとしてるの、苦手だから」


「わかる。あたしも、動いてる方が性に合ってる」


二人で顔を見合わせ、小さく笑った。


そんな他愛のない会話を交わしながら、昼を過ぎた頃、組合の建物から、見覚えのある人物が出てきた。あの、初対面から見下すような態度を取ってきた魔導士の男だった。長身に、仕立ての良さそうな外套を纏った姿は、遠目からでも人目を引いた。


「また、あの人だ」


あたしが呟くと、男もこちらに気づいたらしく、真っ直ぐに歩み寄ってきた。


「監視か。ご苦労なことだな」


「別に、監視じゃないです」


慌てて言い返すと、アルドは片眉を上げた。


「見え透いた嘘だな。まあいい」


アルドの口元に、皮肉めいた笑みが浮かんだ。台詞帳的には、もう少し上手い言い訳を用意しておくべきだったと反省する。次に会うまでには、何か考えておきたい。


男は、路地の壁に軽くもたれかかりながら、あたしたちを見下ろした。


「そういえば、名乗ってなかったな。アルド・クレイン。この町で、魔導結界の管理に携わっている」


淡々とした自己紹介だったが、その名乗り方には、確かな誇りが滲んでいた。


「魔導結界の管理、ですか」


その言葉に、あたしとヴァレナは思わず顔を見合わせた。検問の紋様、力を失っていく戦士たち。まさに、あたしたちが調べていることの中心に関わる人物だった。


「その顔、何か察したようだな」


アルドは、口の端を僅かに歪めて笑った。


「教えてください。あの結界について」


あたしが尋ねると、アルドは肩をすくめた。値踏みするような視線が、あたしの全身を、ゆっくりと這った。


「タダで教えるとでも思ってるのか」


「代わりに、何を差し出せば」


「別に、何かを要求するつもりはない。ただ、興味本位で首を突っ込むような輩に、易々と教える情報でもない、という話だ」


アルドの口調には、相変わらず見下すような響きがあった。それでも、その奥に、何か別の意図が隠れているようにも感じられた。単なる嫌味だけでは片付けられない、複雑な陰が、その表情には見え隠れしていた。


「興味本位じゃない。あたしたちには、確かめなきゃいけないことがある」


「ほう。それは、貸し手とやらのことか」


「なぜ、それを」


「この町にいれば、噂はすぐに広まる。金融組合に首を突っ込んだ旅人がいる、とな」


アルドの言葉には、揶揄と同時に、確かな真実味があった。


アルドの言葉に、あたしは唇を噛んだ。この町では、あたしたちの動き一つ一つが、既に注目されているらしい。慎重に動いているつもりでも、この町の情報網の前では、あまり意味がないのかもしれなかった。


「あんたも、貸し手について何か知ってるんですか」


ヴァレナが、鋭い視線でアルドを見据えた。


「さあな。俺の専門は、あくまで結界の管理だ。それ以上のことは、知る立場にない」


素っ気なくそう答えると、アルドは踵を返した。


「一つだけ、忠告してやる。この結界は、単純な力比べじゃ突破できない代物だ。無闇に力を試そうとすれば、痛い目を見るぞ」


そう言い残し、アルドは足早に立ち去っていった。その後ろ姿を見送りながら、あたしは、彼の言葉の意味を、何度も反芻した。


「痛い目を見る、か。ずいぶん、思わせぶりな言い方だった」


「うん。でも、脅しって感じでもなかった。むしろ、本当に心配してるみたいな」


ヴァレナの分析に、あたしは頷いた。アルドの態度は相変わらず高圧的だったけれど、その言葉の端々には、単なる敵意とは違う何かが滲んでいた。


「もう少し、あの人のこと、調べてみる価値ありそう」


あたしの言葉に、ヴァレナが同意した。


「単純な力比べじゃ突破できない、か」


「うん。あの人、思ったより、色々知ってるみたいだね」


ヴァレナの言葉に、あたしは頷いた。敵か味方か、まだ判然としない人物だったけれど、少なくとも、この結界について、重要な鍵を握っていることは確かだった。


夕方、宿に戻ると、セシルとトトも、それぞれの成果を持ち帰っていた。二人とも、市場を歩き回ったせいか、少し疲れた様子だった。


「市場で、面白い話を聞いた」


セシルが、手帳を広げながら言った。


「最近、この町で、行方が分からなくなった人がいるらしい。元傭兵の男で、家族を守るために、何か危ない橋を渡ってるんじゃないかって噂」


「行方が分からない、というのは」


「詳しくは分からない。ただ、その人、フェンっていう名前らしくて、町の人たちの間で、ちょっとした話題になってる」


セシルの報告に、あたしたちは顔を見合わせた。この町には、まだ知らない事情が、いくつも重なり合っているようだった。


「そのフェンさんって人、詳しく調べてみる価値ありそう」


トトが、真剣な表情で言った。


「うん。あたしも、そう思う」


あたしの言葉に、セシルが頷いた。


「明日、フェンさんのことを、もっと詳しく調べよう。家族がいるなら、その人に話を聞くのが早いかもしれない」


セシルの提案に、あたしたちは頷いた。


夕食の席では、今日一日で集まった情報を、改めて整理することになった。アルド・クレインという名の、結界に詳しい魔導士。フェンという、行方不明の元傭兵。二つの手がかりが、この町の謎を解く鍵になりそうだった。


「アルドって人、結局、敵なのか味方なのか、よく分からないね」


トトが、首を傾げながら呟いた。


「今のところは、どっちとも言えない。ただ、単純な悪人ではなさそう」


あたしなりの、率直な印象だった。


あたしの答えに、ヴァレナが頷いた。


「見下した態度は気に食わないけど、忠告してくれたのは事実。もう少し、様子を見てみよう」


ヴァレナの冷静な判断に、あたしたちは頷いた。窓の外では、魔導具の青白い光に照らされた町並みが、夜の帳の中に、静かに浮かび上がっていた。明日は、いよいよフェンの家族に会いに行く予定だった。まだ見ぬ真実に向けて、あたしたちの決意は、確かに固まりつつあった。


最後までありがとうございました!


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それでは次回の更新をお楽しみに!

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