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チキンナイフと呼ばれた少女 ~逃げて逃れて世界最強~  作者: 荒瀬 維人
5章 王都の裏側

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(47)組合の扉

翌朝、あたしたちは早くから宿を出て、金融組合の出先機関へと向かった。昨日は閉まっていた扉も、今日は開いていて、中からは、忙しなく働く職員たちの声が聞こえてくる。


「失礼します」


セシルが先頭に立ち、扉をくぐった。受付には、几帳面そうな中年の女性職員が座っていた。


「ご用件は」


「貸し手という人物について、調べています。こちらの組合と関係があると聞いたので」


セシルが単刀直入に切り出すと、女性職員の表情が、僅かに強張った。


「その名前について、私どもからお話しできることはございません」


「何か、ご存知なんですね」


「申し訳ございませんが、規定により、お答えできません」


職員の口調は丁寧だったけれど、その裏には、明確な拒絶が感じられた。あたしたちは、顔を見合わせた。これまで通ってきたどの町とも違う、組織立った警戒の壁が、そこにはあった。


「せめて、誰に聞けば分かるか、教えてもらえませんか」


あたしが食い下がると、職員は少し困ったような表情を浮かべた。


「個人的な意見として申し上げますが、貸し手様に関することは、組合の上層部でも、限られた者しか知らされていません。私のような末端の職員には、詳しいことは分からないのです」


「上層部の方に、お会いすることは」


「事前の予約と、身分の証明が必要です。旅の方が、簡単にお会いできる相手ではありません」


職員の説明に、あたしたちは肩を落とした。ここまで来て、また壁にぶつかってしまった。それでも、諦めるという選択肢は、誰の頭にもなかった。


「他に、何か手がかりになりそうなことは」


セシルが、粘り強く尋ねた。職員は、少し考え込んでから、声を潜めて言った。


「これは、あくまで噂ですが……貸し手様は、月に一度、この町にいらっしゃるという話を聞いたことがあります。ただ、その日程は、私どもにも分かりません」


「この町に、直接来る、ということですか」


「あくまで噂です。確かな情報ではありません」


職員は、そう釘を刺しながらも、貴重な情報を教えてくれた。あたしたちは、礼を言って組合の建物を後にした。


建物を出ると、朝の陽射しが、石畳の通りに白く反射していた。しばらく無言で歩いていると、トトが、ぽつりと呟いた。


「なんか、思ったより手強い相手だね、貸し手って」


「うん。今までの町とは、規模が違う感じがする」


あたしが答えると、セシルが頷いた。


「貸し手が、金融組合の中枢に近い人物だとしたら、それなりの権力を持ってるはず。慎重に動かないと、逆にこっちが危険な目に遭うかもしれない」


セシルの冷静な分析に、あたしたちは気を引き締めた。ガイン・オルスとの戦いとはまた違う種類の危険が、この町には潜んでいるように感じられた。


「月に一度、この町に来る、か」


「うん。もし本当なら、しばらくこの町に留まって、様子を見る価値はある」


セシルの言葉に、あたしは頷いた。それでも、いつ来るとも知れない相手を、ただ待つだけというのも、心もとない話だった。


建物を出たところで、あたしたちは、昨日の魔導士の男と再び出くわした。彼は、あたしたちの姿を見ると、皮肉めいた笑みを浮かべた。


「収穫はあったか」


「あなたには、関係ないでしょう」


あたしが少し強い口調で返すと、男は肩をすくめた。


「別に、喧嘩を売りに来たわけじゃない。ただ、忠告しておこうと思ってな」


「忠告、ですか」


「この町で、貸し手について嗅ぎ回るのは、危険な行為だ。組合の上層部は、外部の人間が首を突っ込むのを、良く思わない」


男の口調には、いつもの見下すような響きがありながらも、どこか本当に忠告しているような、真剣さも滲んでいた。


「わざわざ、教えてくれるんですね」


あたしの言葉に、男は少し意外そうな表情を浮かべた。


「無用な混乱は、俺も好まない。それだけだ」


男は、それだけ言うと、あたしたちに背を向けて立ち去っていった。二日連続で説教されている気がするけど、内容は忠告らしいので、文句を言うタイミングを逃した。台詞帳には、言い返せなかった悔しさだけを記録しておく。その後ろ姿を見送りながら、セシルが呟いた。


「あの人の言い方、なんだか、この町の内情に詳しそうだった」


セシルの観察眼は、こういう細部にも、いつも鋭く行き届いていた。


「うん。もしかしたら、組合とも何か関わりがあるのかもしれない」


あたしの推測に、ヴァレナが腕を組んだ。


「敵か味方か、まだ分からない。でも、覚えておく価値はありそう」


ヴァレナの判断は、いつも冷静で、感情に流されないものだった。


ヴァレナの言葉に、あたしたちは頷いた。あの見下すような態度の裏に、何が隠れているのか。今はまだ、想像するしかなかった。


「あの人、思ったより、悪い人じゃないのかもしれない」


セシルの声には、意外そうな響きがあった。


「そうかな。感じは悪かったけど」


あたしの正直な感想に、みんなが小さく笑った。


あたしが答えると、ヴァレナが小さく笑った。


「態度は悪いけど、言ってることは、筋が通ってる。この町で、しばらく用心して動く必要がありそう」


ヴァレナの言葉に、あたしたちは頷いた。宿へと戻る道すがら、あたしは、この町での滞在が、思っていたよりも長引くかもしれないという予感を抱いていた。石畳の道に落ちる、あたしたち四人分の影が、夕暮れの光の中で、少しずつ長く伸びていった。


「これから、どうする」


トトが、不安げに尋ねてきた。


「まずは、この町にしばらく留まって、貸し手が来るという噂の真偽を確かめよう。それと、この町のことも、もっと詳しく知っておきたい」


あたしの言葉には、いつもの逃げ腰さとは違う、確かな前向きさがあった。


あたしの言葉に、みんなが頷いた。魔導結界の正体、力を失っていく戦士や魔導士たち、そして、まだ姿を見せない貸し手。この町には、まだ解き明かされていない謎が、いくつも潜んでいる。一つ一つ、地道に解きほぐしていくしかなかった。


宿に戻ると、セシルは早速、これまでに集めた情報を、手帳に整理し始めた。


「これまで分かったこと、まとめておくね」


「うん、お願い」


手帳を開くセシルの表情には、確かな集中力が宿っていた。


セシルの手帳には、検問の魔導結界のこと、力を失った戦士たちのこと、貸し手が月に一度この町に来るという噂、そして、あの素性の知れない魔導士のことまで、丁寧に書き込まれていった。


「こうして見ると、この町、思ったより奥が深そう」


「うん。焦らず、一つずつ確かめていこう」


セシルの手帳のページは、この一日だけで、随分と埋まっていた。几帳面な文字の連なりが、これまでの旅の積み重ねを、確かに物語っていた。


セシルの言葉に、あたしは頷いた。窓の外では、魔導具の青白い光に照らされた町並みが、夜の帳の中に、静かに沈んでいくところだった。


夕食を終えたあと、あたしは一人、宿の窓辺に腰を下ろし、町の灯りを眺めていた。昼間の出来事を、頭の中で改めて整理していると、ヴァレナが静かに隣に来た。


「考え事?」


「うん。この町のこと、貸し手のこと、それに――」


言葉を濁すと、ヴァレナは何も言わずに、あたしの隣に腰を下ろした。


「検問のこと、まだ気になってる?」


「うん。あたしの力、本当にこのまま大丈夫なのかなって」


正直な気持ちを口にすると、胸の奥にわだかまっていた不安が、少しだけ、はっきりとした輪郭を帯びた。


「あんたの力は、あんただけのものじゃない。あたしたちも、一緒に背負ってる」


ヴァレナの声は、いつもよりずっと真剣で、静かな重みを持っていた。


ヴァレナの言葉に、あたしは思わず顔を上げた。窓から差し込む夜風が、二人の間を静かに通り過ぎていった。


「そんな、大げさな」


「大げさじゃない。あんたが逃げて力を得る流派なら、あたしたちは、あんたが逃げ切るための盾になる。それだけの話」


ヴァレナの飾らない言葉に、あたしの胸の奥が、じんわりと温かくなった。


「ありがとう。なんか、少し楽になった」


「それでいい」


ヴァレナは、そう言うと、窓の外に視線を戻した。二人並んで見つめる町の灯りは、これまで通ってきたどの町とも違う、青白い光を放っていた。その光の下に、まだ見ぬ困難と、確かな手がかりの両方が、静かに息を潜めているように思えた。


しばらくして、セシルとトトも部屋に戻ってきた。四人で顔を合わせると、自然と、明日以降の方針について、話が及んでいった。


「明日からは、手分けして情報を集めよう」


セシルの提案に、あたしたちは頷いた。


「あたしとトトは、町の商店や市場で聞き込み。リクとヴァレナは、組合の周辺を、それとなく見張ってほしい」


「分かった」


「セシル、無理はしないでね」


あたしが声をかけると、セシルは軽く笑った。


「それは、こっちの台詞。あんたの方こそ、無茶しないで」


「トトも、あたしと一緒に動くから、心配しないで」


「うん、頼りにしてる」


トトの成長は、この旅の中で、確かな支えの一つになりつつあった。


トトの言葉には、以前よりずっと頼もしい響きがあった。ヴァレナも、その様子を見て、満足げに頷いていた。


「あたしとリクの方は、組合の周りを、目立たないように見張る。何か動きがあったら、すぐに知らせる」


ヴァレナの言葉に、あたしは頷いた。役割分担がはっきりすると、それぞれの中に、確かな責任感が生まれてくるのが分かった。


軽口を交わしながらも、それぞれの胸には、この町での日々に対する、確かな緊張感があった。夜が更けていく中、あたしたちは、明日からの動き方を、細部まで詰めていった。


これから始まる、この町での日々に、あたしは確かな緊張感と、僅かな決意を抱いていた。まだ見ぬ困難が、この先に待っているとしても、仲間たちと共になら、きっと乗り越えられる。そう信じて、あたしは静かに、明日への備えを整えていった。

最後までありがとうございました!


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それでは次回の更新をお楽しみに!

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