(46)力の淀む町
城門をくぐった先に広がっていたのは、これまで見てきたどの町とも違う、独特な空気を纏った町並みだった。石造りの建物が整然と並び、通りには魔導具らしき照明器具が、青白い光を放っている。
「魔導評議国の影響が、強く出てる町なんだと思う」
セシルが、周囲を見渡しながら分析した。看板には見慣れない紋章が刻まれ、行き交う人々の服装も、これまでの町とは少し違って見えた。
「ここに、金融組合の出先機関があるはずだよね」
「うん。まずは、宿を確保してから、探しに行こう」
セシルの提案に従い、あたしたちは、大通り沿いの宿を訪ねた。宿の主人は、あたしたちの顔を一瞥すると、少し驚いたような表情を見せた。
「旅の方かい。珍しいな、最近は」
「最近は、旅人が少ないんですか」
あたしが尋ねると、主人は肩をすくめた。
「検問が厳しくなってから、めっきり減った。それに、この町自体、あまり長居するような場所じゃないからな」
「長居するような場所じゃない、というのは」
「ここは、魔導評議国の管理が強い土地でね。妙な決まりごとが多いんだ。まあ、詳しいことは、俺の口からは言えないが」
主人はそう言うと、それ以上は多くを語らず、部屋の鍵を差し出した。あたしたちは、それぞれの荷物を部屋に置くと、さっそく町の様子を探りに出かけることにした。
大通りを歩いていると、あたしはふと、違和感を覚えた。すれ違う人々の中に、明らかに戦士や魔導士らしき身なりをしていながら、どこか力なく歩いている者たちが、何人か混じっていたのだ。
「あの人たち、なんだか元気がないね」
トトが、小声で呟いた。あたしも、同じことを感じていた。
「見て、あそこ」
ヴァレナが指さした先には、剣を背負った男が、道端に座り込んでいた。顔色は悪く、まるで長患いを患っているかのように、げっそりとやつれている。
「大丈夫ですか」
あたしが声をかけると、男は力なく顔を上げた。
「ああ……大丈夫、なわけないな。この町に来てから、ずっとこの調子だ」
「この町に来てから、というのは」
セシルが、すかさず尋ねた。
「分からない。ただ、剣を握っても、力が入らない。まるで、何かに吸い取られてるみたいなんだ」
男の言葉に、あたしは思わず、自分の胸に手を当てた。検問で感じたあの奇妙な違和感が、脳裏をよぎる。
「もしかして、それって」
「ああ。国境の検問を通ってから、ずっとこの調子だ。俺だけじゃない、ここにいる連中、皆同じような症状を抱えてる」
男は、周囲に座り込んでいる他の何人かを、指し示した。皆一様に、力なく壁にもたれかかっていた。
「治す方法は、ないんですか」
「分からない。町の医者に診てもらっても、原因不明だと言われるだけだ。それでも、しばらく休んでいれば、少しずつ良くなる者もいるらしい」
男の説明に、あたしたちは顔を見合わせた。これはまさに、噂に聞いていた魔導結界の影響そのものだった。
「セシル、これって」
「多分、検問の紋様と関係がある。距離税と同じ、歩・貫の単位を利用した何らかの結界。それが、特定の力を持つ者から、何かを奪ってる」
セシルの分析に、あたしは背筋が冷たくなるのを感じた。もし、これがあたしのチキン流にも影響するとしたら、これから先の旅は、これまで以上に困難なものになるかもしれない。
「あたしも、検問で反応したよね。これから、大丈夫かな」
「正直、分からない。慎重に、様子を見ながら進むしかない」
セシルの答えに、あたしは頷いた。不安がないと言えば嘘になる。それでも、ここまで来た以上、引き返すという選択肢は、もうなかった。
「男の人、少し休んで。何か力になれることがあれば、言ってください」
あたしがそう声をかけると、男は弱々しく微笑んだ。
「ありがとう。だが、今は、休むしかないんだ」
その言葉を背に、あたしたちは町の探索を続けた。金融組合の出先機関を探しながらも、あたしの頭の中には、あの男の姿と、自分自身の中に残る違和感が、絶えずちらついていた。
「もし、この町で長く過ごしたら、あたしの力、どうなっちゃうんだろう」
思わず呟くと、ヴァレナが、あたしの肩に手を置いた。
「今は考えすぎないで。まずは、貸し手の手がかりを掴むことが先決」
「うん、そうだね」
そう答えたものの、胸の奥にわだかまる不安は、簡単には拭いきれなかった。チキン流は、あたしにとって、逃げ続けてきた日々の証であり、同時に、仲間を守るための力でもあった。それが、もし失われてしまったら――そんな想像が、頭の隅をよぎるたびに、あたしは小さく首を振った。
夕暮れが近づく頃、ようやく、金融組合の看板を掲げた小さな建物を見つけた。しかし、扉には「本日の受付は終了しました」という札がかけられている。
「明日、改めて来るしかないね」
セシルの言葉に、あたしたちは頷いた。建物の前で、少し肩を落としていると、通りの向こうから、身なりの整った若い男が歩いてくるのが見えた。腰には、精巧な装飾の施された杖を提げ、その足取りには、隙のない自信が滲んでいた。
「見ない顔だな。旅の者か」
男は、あたしたちの前で立ち止まると、値踏みするような視線を向けてきた。
「ええ、そうです」
「この町に、何の用だ」
「調べ物があって。金融組合の関係者に、話を聞きたいと思ってます」
あたしが答えると、男は僅かに眉を上げた。
「金融組合、ね。この時間じゃ、受付はもうやっていない。出直すことだな」
「はい、そうするつもりです」
「ふん。それにしても」
男は、あたしの全身を、じろじろと見回した。
「お前、検問で反応が出た口か。珍しいこともあるものだな」
その言葉に、あたしは思わず身構えた。どうして、それを知っているのか。
「どうして、それを」
「この町にいれば、嫌でも耳に入る。検問で反応が出る者は、そう多くない。しかも、その様子だと、まだ体調に違和感が残っているようだな」
男の口調には、どこか見下すような響きがあった。
「あんたは、何者ですか」
セシルが、警戒した様子で尋ねた。
「名乗るほどの者じゃない。ただの、この町の魔導士だ」
男はそう言うと、それ以上は何も語らず、背を向けて歩き去っていった。その後ろ姿を見送りながら、あたしは、言い知れぬ不快感を覚えていた。
「感じ悪い人だったね」
トトが、小さな声で呟いた。人を上から値踏みするような目つき、正直、あまり好きになれそうにない。今度会うことがあったら、何かひとこと言い返してやりたいところだけど、その「今度」が来ないことを、密かに祈っておく。
「うん。でも、あの人の言葉、気になる。検問で反応が出る者は珍しいって」
あたしの言葉に、セシルが頷いた。
「その情報自体が、この町では、ある程度知られてることみたい。慎重に動いた方がいい」
セシルの忠告に、あたしたちは頷いた。宿へと戻る道すがら、町のあちこちに座り込む、力なき戦士や魔導士たちの姿が、あたしの目に、いつまでも焼き付いていた。
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