(45)国境の町
翌朝、あたしたちは早々に宿を発ち、国境の町を目指した。街道は次第に狭くなり、両側には切り立った崖が迫ってくる。まるで、この先の道が、特別な意味を持つ場所へと続いていることを、地形そのものが物語っているようだった。
昼前、ようやく国境の町、ライネス手前の集落が見えてきた。石造りの城壁に囲まれたその町は、これまで通ってきたどの町よりも、物々しい雰囲気を漂わせていた。城壁の上には、等間隔に見張りが立ち、行き交う人々の動きを、絶えず監視しているようだった。
「ここが、国境の町か」
あたしは、馬車の荷台から身を乗り出し、その光景を見つめた。せっかくだから、格好いい二つ名の一つも思いついておこうと考えていたのに、物々しい城壁を前にすると、そんな余裕はあっさり消えてしまった。台詞帳の出番は、また今度らしい。城門の前には、長い行列ができている。荷馬車、旅人、商人。誰もが皆、順番を待ちながら、書類らしきものを手にしていた。
「思ったより、審査に時間がかかってるみたい」
セシルが、行列の様子を観察しながら呟いた。列の進みは、驚くほど遅かった。
「あたしたちも、並ぶしかないね」
馬車を降り、あたしたちは徒歩で行列の最後尾に加わった。周囲を見渡すと、緊張した面持ちの旅人たちが、それぞれ荷物を抱えながら、順番を待っていた。
「なんだか、みんな顔がこわばってる」
トトが、小声で呟いた。あたしも同じことを感じていた。この行列に漂う空気は、これまで通ってきたどの関所とも違う、張り詰めたものだった。
しばらく待っていると、前方で小さな騒ぎが起きた。一人の商人らしき男が、検問の兵士と何やら言い争っている。
「だから、この荷物は普通の商品だと言ってるだろう」
「規定通りの審査だ。大人しく従ってもらう」
兵士の口調は、事務的でありながら、有無を言わせない鋭さを含んでいた。男は不満そうな顔をしながらも、結局は指示に従い、荷物を検査台に載せた。
「あれ、普通の検問と、何が違うの」
あたしがセシルに尋ねると、彼女は目を細めて、遠くの様子を観察した。
「検査台の上に、何か紋様のようなものが刻まれてる。多分、あれが、噂の魔導結界に関係してるんだと思う」
セシルの言葉に、あたしは目を凝らした。確かに、検査台の表面には、見慣れない幾何学的な模様が、淡く光を放っているように見えた。
「距離税の関所とは、違う仕組みってこと?」
「多分ね。距離税の関所は、通過距離を測るだけの単純な仕組み。でも、あれは、何かもっと違うことをしてる気がする」
セシルの分析に、あたしは背筋に、じわりとした緊張が走るのを感じた。
行列は、少しずつ前に進んでいった。あたしたちの番が近づくにつれ、胸の鼓動が、自然と速くなっていく。
「大丈夫、落ち着いて」
ヴァレナが、あたしの肩に軽く手を置いた。その温もりに、少しだけ気持ちが落ち着く。
「うん。ありがとう」
前方の男の検査が終わり、次の旅人が呼ばれた。行列は、着実にあたしたちへと近づいていた。あたしは、これから待ち受けているであろう何かに備え、静かに息を整えた。
城壁の向こうに広がる景色は、ここからではまだ見えない。それでも、この検問を越えた先に、貸し手の手がかりと、まだ見ぬ困難が待っていることは、確かだった。
「次、こちらへ」
兵士の声が響いた。あたしたちの番が、いよいよ回ってきた。
検査台の前に立つと、先ほど遠目に見た紋様が、間近でよりはっきりと見えた。幾何学的な線が幾重にも重なり、淡い青白い光を放っている。見ているだけで、肌が微かにざわつくような、不思議な感覚があった。
「通行証を」
兵士の一人が、事務的な口調で告げた。セシルが、懐から人数分の書類を取り出し、差し出す。
「目的は」
「調べ物です。ライネス国境付近に、用があって」
セシルが、淀みなく答えた。兵士は、書類に目を通しながら、時折あたしたちの顔を確認していた。
「荷物を、検査台の上に」
言われるがまま、あたしたちは背負っていた荷物を、一つずつ台の上に置いていった。紋様の光が、荷物に触れるたびに、僅かに揺らめくように見えた。
「特に問題はなさそうだな」
兵士は、しばらく荷物を調べたあと、そう告げた。あたしは、密かに安堵の息を漏らした。
「最後に、一人ずつ、この場所に立ってもらう」
兵士が指し示したのは、検査台の中央、紋様が最も濃く光る一角だった。
「これは、何の検査ですか」
セシルが、慎重に尋ねた。
「決まりだ。詳しいことは、俺たちにも分からない」
兵士の返事は、素っ気なかった。それでも、拒否するわけにはいかない。あたしたちは、一人ずつ、その光る場所に足を踏み入れていった。
まず、トトが恐る恐る足を踏み入れた。紋様の光が、彼の体をなぞるように一瞬強く輝き、それから、何事もなかったかのように元の明るさに戻った。
「大丈夫、みたい」
トトが、ほっとした様子で振り返った。次に、ヴァレナが同じ場所に立つ。紋様は同じように反応し、特に変化は見られなかった。
「異常なし」
兵士が、淡々とそう告げた。次はセシルの番だった。彼女もまた、紋様に軽く光らせただけで、何事もなく通過した。
「最後、あんたの番」
兵士に促され、あたしは、緊張しながらその場所に足を踏み入れた。紋様の光が、体をなぞるように強く輝いた瞬間、あたしは、これまで感じたことのない、奇妙な感覚に襲われた。まるで、体の奥にある何かが、すっと吸い取られていくような感覚だった。
「な、何これ」
思わず声が漏れた。兵士は、あたしの反応を見て、僅かに眉をひそめた。
「反応が出た。珍しいな」
「反応、って」
「詳しいことは、俺たちも知らされていない。ただ、この結界に強く反応する者は、ごく稀にいる」
兵士の言葉に、セシルとヴァレナが、緊張した表情で顔を見合わせた。
「通行に問題は」
セシルが、すかさず尋ねる。
「今のところはない。だが、この先、何が起きても知らないぞ」
意味深な言葉を残し、兵士はあたしたちに通行を許可した。城門をくぐりながら、あたしは、自分の体の中に残る、あの奇妙な違和感を、拭いきれずにいた。
「リク、大丈夫?」
ヴァレナが、心配そうに顔を覗き込んできた。
「うん……なんか、変な感じがしただけ。今は平気」
そう答えたものの、体の奥に残る違和感は、まだ完全には消えていなかった。城壁の内側に広がる町並みを眺めながら、あたしは、この先に待つ何かへの予感を、確かに感じ取っていた。
最後までありがとうございました!
楽しんでいただけたら、評価やブックマークを入れてもらえるととても嬉しいです。
反応があると更新速度が上がります(重要)
それでは次回の更新をお楽しみに!




