↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チキンナイフと呼ばれた少女 ~逃げて逃れて世界最強~  作者: 荒瀬 維人
4章 最後に踏み出す一歩

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/97

(37)それぞれの明日へ

数日の静養を経て、あたしの体は、ようやくいつも通りに動くようになっていた。宿の窓から差し込む朝の光が、部屋いっぱいに広がっている。心地よい暖かさが、肌に染み渡った。


鳥のさえずりと、遠くの市場から流れてくる活気ある声が、開け放った窓から届いていた。穏やかな日常の空気を、久しぶりに肌で感じる朝だった。


「リク、もう平気そうだね」


トトが、朝食の席で嬉しそうに声をかけてきた。


「うん。おかげさまで、すっかり元気」


体を軽く伸ばしながら答えると、セシルが、手帳から顔を上げて頷いた。


セシルは、あたしの顔を覗き込みながら、じっと観察するように言った。


「顔色も、だいぶ良くなった。無理はまだ禁物だけど」


「分かってる。もう、あんな無茶はしないよう気をつける」


「その言葉、覚えとくから」


セシルの軽い皮肉に、あたしたちは笑い合った。宿の食堂には、穏やかな朝の空気が満ちていた。焼きたてのパンの匂いが、部屋いっぱいに漂っている。


食後、荷物をまとめながら、これからのことについて、改めて話し合うことにした。


「ガイン・オルスは、当面は動かないと思う。依頼主への報告があるはずだから」


セシルの分析に、あたしは頷いた。焦って動くよりも、着実に一手ずつ積み重ねていく方が、結局は近道になるはずだった。


「その間に、少しでも準備を進めておきたい」


「貸し手の正体についても、引き続き調べる。今回の戦いで、あちらも簡単には諦めないってことが、はっきりした」


セシルの言葉に、みんなが真剣な表情で頷いた。長い旅は、まだ終わっていない。それでも、今回の戦いを経て、確かな手応えを掴んだことは、間違いなかった。


「そういえば、ザラって人、あれから噂も聞かないね」


トトが、ふと思い出したように呟いた。


「今頃、どこで何してるんだろうね。また会う、とは言ってたけど」


あたしの言葉に、セシルが手帳をめくりながら答えた。


「情報が少なすぎて、追いようがない。でも、あの人が簡単に諦めるタイプだとは思えない」


「これからも、大変なことが続くと思う。それでも、みんなとなら、なんとかなる気がする」


トトの言葉に、あたしたちは頷き合った。以前の怯えた様子とは違う、確かな芯の強さが、その声には宿っていた。


「トトの方は、どう。何か思うところある?」


聞いてみると、トトは少し考えてから答えた。


「怖いこと、まだたくさんある。でも、みんなとなら、乗り越えられる気がする」


トトの成長した言葉に、あたしは胸が熱くなった。声にも、確かな落ち着きが宿っている。出会った頃の怯えた表情は、もうほとんど見られなくなっていた。この旅を通じて、確かに強くなったのだと、あたしは改めて実感した。


「よし、そろそろ出発しよう」


あたしの号令に、三人が頷いた。荷物を背負い、宿を出る準備を整える。窓の外に見える空は、雲一つない澄んだ青だった。


宿の主人に礼を言い、あたしたちは外に出た。村の通りには、いつも通りの穏やかな日常が広がっていた。行商人の声、子供たちの笑い声、洗濯物の揺れる音。


「こういう普通の景色、見るたびに、あたしたちがやってることの意味を考えちゃう」


ヴァレナが、ぽつりと呟いた。


「意味なんて、単純でいいと思う。生きて、仲間と一緒にいる。それだけで、十分じゃない」


あたしの言葉に、ヴァレナは小さく笑った。


「そうだね。単純が一番、あんたらしい」


「あんたたちらしさも、大概単純だと思うけど」


軽口の応酬に、セシルとトトも顔を見合わせて笑った。こんな何気ないやり取りが、今のあたしたちにとって、何よりも大切なものだった。穏やかな日常の一コマも、命がけの戦いも、どちらもかけがえのない旅の一部だった。これからも、その両方を大切にしていきたいと、あたしは心の中で誓った。


四人分の足音が、村の通りに重なっていく。次の目的地はまだ決まっていないけれど、それでも、進むべき道はきっと見えてくる。そんな確かな予感が、あたしたちの中にあった。


しばらく歩くと、村の家々が途切れ、開けた街道へと出た。振り返ると、小さな村の輪郭が、朝靄の中に霞んで見えた。ここで過ごした穏やかな数日間を、あたしは静かに胸に刻んだ。この村で得た休息が、これから先の旅を支える力になるはずだった。


村を出て、街道を歩き始めてしばらく経った頃、セシルがふと足を止めた。


「そういえば、この先の街道、王都に近づく方向でもある。貸し手の情報、王都で集めた方が早いかもしれない」


「王都か。人が多い分、目立ちそうだけど」


「その分、情報も多い。リスクとリターン、天秤にかける価値はあると思う」


セシルは、手帳に何かを書き込みながら、淡々と続けた。数字と論理で状況を組み立てる、彼女らしい判断だった。


セシルの提案に、あたしたちは顔を見合わせた。


「王都、行ったことある?」


トトが、荷物の紐を握りしめながら、少し不安そうに聞いてきた。


「ないよ。だから、正直、少し緊張する」


「あたしもない。でも、人が多い分、埋もれやすいっていう利点もある」


ヴァレナの言葉に、あたしは頷いた。危険と機会は、いつも表裏一体だった。慎重に動きながらも、前に進む選択をする。それが、今のあたしたちに必要な姿勢だった。逃げるだけの日々から、一歩前へ踏み出す日々へ、確かに変わりつつあった。


「行ってみよう。逃げてばかりじゃ、いつまでも終わらない」


あたしの言葉に、三人が頷いた。遠くに霞んで見える王都の方角へ、あたしたちは、新たな一歩を踏み出した。


歩きながら、あたしはふと、これまでの旅路を振り返った。式典から逃げ出したあの日から、数えきれないほどの出来事があった。仲間との出会い、幾度もの戦い、そして今回の決着。どれもが、かけがえのない記憶として、確かに積み重なっている。あの頃の自分に、今の自分を見せたら、きっと驚くだろう。それくらい、今のあたしは、あの日とは違う場所に立っていた。


「リク、何か考え事?」


ヴァレナの声に、あたしは我に返った。


「これまでのこと、色々思い出してた。あんたたちと出会えて、本当によかったって」


ヴァレナが、少し驚いたように目を丸くした。


「急にどうしたの、素直すぎる」


「たまにはいいでしょ、こういうのも」


照れくささを誤魔化すように、あたしはわざと明るい声で言った。


軽口を交わしながらも、あたしの胸には、確かな充実感が広がっていた。仲間たちと過ごす、何気ない日常の一コマが、何よりも愛おしく思えた。


長い旅は、まだ続いていく。それでも、仲間と共に歩むこの道を、あたしはもう恐れてはいなかった。



最後までありがとうございました!


楽しんでいただけたら、評価やブックマークを入れてもらえるととても嬉しいです。


反応があると更新速度が上がります(重要)


それでは次回の更新をお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。