(31)連携
剣戟が幾度も交わされる中、あたしとヴァレナの呼吸は、次第に一つの律動へと重なっていった。互いの動きを目で追わなくても、次にどちらがどう動くか、自然と分かるようになっていた。
思えば、初めて出会った夜も、こんな風に息を合わせて逃げ出したのだった。あの頃はただ必死だっただけだけど、今は違う。積み重ねてきた時間が、確かな連携という形になって、あたしたちを支えていた。
汗が背中を伝い、剣を握る手のひらが、じっとりと湿っていく。それでも、隣にヴァレナがいるという安心感が、恐怖を上回っていた。
「ヴァレナ、右から崩す」
「了解、合わせる」
短いやり取りの後、あたしが右側から斬りかかり、ガイン・オルスの意識をそちらに引きつける。その隙に、ヴァレナが左から鋭い突きを繰り出した。ガイン・オルスは、僅かに体を捻ってそれをかわしたものの、完全には避けきれず、肩口を掠めた。
「効いてる」
「まだまだ、これくらいじゃ足りない」
ヴァレナの声には、確かな手応えと同時に、まだ届かない相手への焦りも滲んでいた。それでも、その表情には、諦めの色は一切なかった。ガイン・オルスは、傷口を一瞥することもなく、淡々とした表情のまま、剣を構え直す。
「連携、悪くない。しかし、まだ甘い」
涼しい顔でそう告げるガイン・オルスの声は、これまでと変わらず淡々としていた。それでも、その言葉の端々に、僅かながら緊張の色が滲んでいるようにも感じられた。
言うが早いか、ガイン・オルスの姿が再び揺らいだ。次の瞬間、あたしの背後に回り込んでいた。とっさに振り返り、剣で受け止める。衝撃で、足元がぐらついた。
「くっ」
「リク!」
ヴァレナが、すかさず割って入った。二対一の均衡が、辛うじて保たれている。それでも、ガイン・オルスの一撃一撃は、確実にあたしたちの体力を削っていた。
後方で、セシルが叫んだ。
「リク、ヴァレナ、右に回り込んで!地形を利用して!」
セシルの声には、これまでにない鋭さが宿っていた。手帳を片手に、戦況を冷静に見極めている。トトも、その隣で、じっと周囲に目を配っていた。
「セシル、あたしにできることは」
「今は、動かないで。合図があったら、すぐ知らせて」
トトの問いに、セシルは短く答えた。索敵の役目に徹するトトの緊張した横顔を見て、あたしは改めて、この仲間との連携の大切さを噛み締めた。
セシルの声に従い、あたしたちは崩れた石壁の陰へと移動した。狭い通路に誘い込むことで、ガイン・オルスの動きを制限しようという狙いだった。
「なるほど、地の利を使うか」
ガイン・オルスは、それでも動じることなく、狭い通路へと足を踏み入れてきた。石壁に囲まれた空間では、大振りの一撃が打ちにくくなる。その分、あたしたちの連携が活きる場面が増えた。
「今しかない」
あたしの合図で、ヴァレナが前に出て、あたしが背後から援護する形を取った。二人の息が、完全に合っていた。剣先が、ガイン・オルスの防御をわずかに崩す。
「悪くない。だが」
短い評価の言葉に、まだ余裕を感じさせる響きがあった。その落ち着きが、逆に不気味だった。あたしは、歯を食いしばりながら、次の一手を頭の中で組み立てた。
ガイン・オルスの声とともに、彼の剣が一段と鋭さを増した。防御に徹していたはずの動きが、一転して攻勢に転じる。ヴァレナが、辛うじてそれを受け止めた。
「まだ、本気じゃないってこと」
「そうだ。まだ、余力を残している」
淡々とした言葉に、あたしは背筋が冷えるのを感じた。これまでの攻防が、まだ本気の一部でしかなかったという事実に、改めて相手の底知れなさを思い知らされる。
腕の筋肉が、悲鳴を上げ始めていた。剣を握る手も、次第に感覚が鈍くなっていく。それでも、諦めるという選択肢は、頭の中に一切浮かばなかった。仲間を守るという、ただその一点が、あたしを支えていた。
ヴァレナも、肩で息をしながら、それでも構えを崩さずにいた。互いに視線を交わすだけで、まだやれるという意志が伝わってくる。
「セシル、何か策はある?」
後方に向かって叫ぶと、セシルが素早く答えた。
「地形を使った消耗戦、悪くないけど、決定打にはならない。長引けば、こっちが不利になる」
「じゃあ、どうすればいい」
「一気に畳みかけるしかない。リクの技、使えるタイミングを作る」
セシルの声は落ち着いていたが、その手はわずかに震えていた。それでも、判断を鈍らせることなく、状況を的確に分析し続けている。
セシルの提案に、あたしは息を呑んだ。まだ、決定的な一撃を放つには早いと思っていたけれど、悠長なことは言っていられない状況だった。
頭の中で、これまでの記憶をざっと巡らせる。どの武勇伝を選ぶべきか、まだ判断がつかない。今使える程度の技では、この状況を打開するには足りない気がしていた。かといって、もっと大きな一手を放つには、まだ機は熟していない。
「ヴァレナ、あと少しだけ、時間を稼いでほしい」
「分かった。任せて」
短い言葉のやり取りに、確かな信頼が宿っていた。ヴァレナは、傷ついた体を奮い立たせるように、再び剣を構え直した。
「分かった。ヴァレナ、隙を作れる?」
「作る。任せて」
ヴァレナの言葉に、あたしは頷いた。連携の中で積み重ねてきた信頼が、確かな力になっていくのを感じた。決定的な一手に向けて、あたしたちは息を合わせ、再びガイン・オルスへと向き直った。
後方から、セシルの声が飛んだ。
「合図は、あたしが出す。タイミングを合わせて」
「了解。頼りにしてる」
セシルの冷静な指示が、これまでの旅で積み重ねてきた信頼の証だった。トトも、緊張しながらも、しっかりとした目でこちらを見つめている。
ガイン・オルスは、変わらぬ淡々とした表情で、こちらの出方を伺っていた。その静けさが、かえって不気味だった。
「そろそろ、仕掛けよう」
あたしの呟きに、ヴァレナが小さく頷いた。強い決意を宿したその瞳に、あたしは背中を押されるような思いがした。互いの視線が交わり、無言のまま、次の一手への覚悟が固まっていく。崩れた石壁の隙間から差し込む光が、二人の影を長く伸ばしていた。その先に、決着の糸口が見えている気配だけが、確かにあった。
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