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チキンナイフと呼ばれた少女 ~逃げて逃れて世界最強~  作者: 荒瀬 維人
3章 網を潜り抜けて

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(28)踏み出す前に

翌朝、町にはうっすらと霧が立ち込めていた。石畳を踏む足音が、いつもより湿った響きを持って聞こえる。あたしたちは、朝一番でセシルが目星をつけていた情報屋を訪ねることにした。


情報屋の店は、路地裏の目立たない場所にあった。古びた扉を開けると、埃っぽい紙の匂いが鼻をついた。店主らしき老人が、机の向こうから値踏みするような視線を寄越してくる。


「ガイン・オルスの依頼主について、知りたいことがある」


セシルが単刀直入に切り出すと、老人は片眉を上げた。


「物騒な話だね、お嬢さん。それなりの対価は、もちろん用意してるんだろうね」


セシルが懐から取り出した硬貨を机に置くと、老人はしばらくそれを眺めてから、ゆっくりと口を開いた。


「詳しいことは、わしも知らん。ただ、噂で聞いた話なら一つ。依頼主は、王都から遠く離れた場所にいる、大きな貸し手だそうだ」


「貸し手」


トトが、思わずといった様子で聞き返した。老人は、意味深に頷く。


「金を貸して、利子と支配で人を縛る類の商売だよ。詳細は分からんが、その筋の噂じゃ、ずいぶんと執念深い人物らしい」


情報はそれ以上出てこなかった。礼を言って店を出ると、あたしたちはしばらく無言のまま、通りを歩いた。


「貸し手、か」


呟くように言うと、セシルが静かに補足した。


「金銭的な理由で誰かを縛る立場の人間なら、簡単には諦めない。むしろ、時間をかけてでも回収しようとする」


「回収って、あたしのこと、借金みたいに扱ってるってこと」


「可能性としては、否定できない」


背筋に、冷たいものが走った。理由も分からないまま追われることの不気味さに、今さらのように実感が伴ってくる。


トトが、あたしの袖をそっと引いた。


「大丈夫?」


「うん。ちょっと、考えてただけ」


無理に笑ってみせると、トトは心配そうな顔のまま、それでも頷いた。ヴァレナが、静かに口を挟む。


「理由がどうであれ、やることは変わらない。逃げるか、向き合うか」


「向き合うなら、もっと力が必要」


「そう。だから、今のうちに、できることをやっておこう」


セシルの言葉に、あたしたちは頷き合った。町の広場に差し掛かると、霧が少しずつ晴れ始め、朝日が石畳を白く照らしていた。


「次にガイン・オルスと会うときまでに、少しでも強くなりたい」


あたしがそう言うと、ヴァレナが微かに笑った。


「その意気。あたしも、まだまだ負けてられない」


「あたしも、できることを探す」


セシルが手帳を胸に抱えながら頷く。トトも、小さいながらしっかりとした声で言った。


「あたしも、みんなの役に立ちたい」


四人の視線が、自然と交わった。言葉にしなくても、覚悟は共有されているようだった。


町を出て、街道を進みながら、あたしは遠くの山並みを見つめた。次にガイン・オルスと相まみえるとき、今日よりも強くなっていたい。そのために、できることを一つずつ積み重ねていくしかない。


情報屋を後にしてから、あたしたちは町外れの空き地で、少しだけ体を動かすことにした。セシルの提案だった。


「実戦を想定した動き、もう少し詰めておきたい。特に、リクとヴァレナの連携」


「連携か。昨日は、なんとなく合わせただけだったもんね」


「なんとなくでも通用したのは、二人の相性が良かったから。でも、次はもっと厳しい状況になる」


セシルの言葉通り、あたしとヴァレナは、簡単な模擬戦を繰り返した。互いの間合いを確かめ、どちらが前に出て、どちらが隙を作るか、無言のうちにすり合わせていく。


「さっきの動き、いい。あたしが崩したところに、すぐ入ってきた」


「ヴァレナの動きが、分かりやすかったから」


汗を拭いながら、二人で笑い合う。トトは、その様子を熱心に見つめていた。


「あたしも、何か手伝えることないかな」


「トトには、トトにしかできないことがある。周りをよく見て、危険を早く察知する力、あれは貴重」


あたしがそう言うと、トトは驚いたような顔をしてから、照れくさそうに俯いた。


「そんな、大したことしてないと思うけど」


「そんなことない。何度も助けられてる」


セシルも頷きながら、手帳に何かを書き足した。


「役割分担、整理しておく。リクとヴァレナが前衛、あたしが情報と索敵の補助、トトが危険察知。悪くない布陣」


「悪くないどころか、結構いい感じじゃない」


ヴァレナが、額の汗を拭いながら笑った。緊張と不安の中にも、少しずつ、手応えのようなものが積み重なっていくのを感じる。


日が高くなる頃、あたしたちは荷物を背負い直し、再び街道へと歩き出した。振り返ると、町の輪郭が、朝靄の中に霞んで見えた。


歩きながら、セシルが今後の方針について、改めて口を開いた。


「貸し手の正体、これからも情報を集め続ける。でも、それと並行して、あたしたち自身の力も、もっと磨いておくべきだと思う」


「力を磨くって、具体的には」


「リクの技、まだ伸びしろがあるはず。武勇伝の引き出しが増えれば、それだけ使える技も増える」


セシルの指摘に、あたしは思わず苦笑した。


「新しい武勇伝を作れって言われても、そう簡単には」


「簡単じゃなくていい。でも、この旅を続けてる限り、経験は自然と積み重なっていく」


「それは、そうだね」


ヴァレナが、隣で頷いた。


「あたしも、もっと剣の腕を磨きたい。次は、足を引っ張らないように」


「引っ張ってなんかない、って何度も言ってるのに」


軽口を叩き合いながらも、その奥には、確かな決意が滲んでいた。トトも、負けじと声を上げる。


「あたしも、もっと役に立てるように、頑張る」


四人それぞれの決意が、静かに重なり合っていく。まだ何も解決していない。それでも、前に進む理由は、確かにここにあった。乾いた風が、街道の砂埃を巻き上げて過ぎていった。遠くに見える山の稜線を目指して、あたしたちは歩を進めた。


「行こう。まだ、旅は続く」


あたしの言葉に、三人が頷いた。四人分の足音が、朝の街道に、静かに重なっていった。次なる戦いへの布石は、まだ見えない。それでも、確かな一歩を、あたしたちは踏み出していた。


いつか必ず、ガイン・オルスと、そしてその向こうにいる貸し手と、正面から向き合う日が来る。その日のために、あたしたちは、今日という一日を、確かに積み重ねていくしかなかった。


最後までありがとうございました!


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それでは次回の更新をお楽しみに!

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