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チキンナイフと呼ばれた少女 ~逃げて逃れて世界最強~  作者: 荒瀬 維人
2章 積み重ねた距離の分だけ

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(13)積み荷の記憶

翌日の街道は、乾いた土埃と、遠くの牧草地から流れる干し草の匂いに満ちていた。日差しが強く、影の輪郭がくっきりと地面に落ちている。


「今日は暑いっすね」


誰にともなく漏らすと、ヴァレナが黙って水筒を差し出してきた。素っ気ない仕草の裏に、面倒見の良さがにじんでいる。この人は、口より先に手が動くタイプだ。


トトは相変わらず、少し後ろをついてくる。最近は、その距離が以前より縮まっている気がする。気のせいだと思うことにする。振り返ると、トトはさっと目をそらして、興味なさそうな顔を作った。分かりやすい子だと思う。


宿場を出てしばらく歩くと、街道沿いに人だかりができていた。掲示板の前で、誰かが声を張り上げている。


「行方知れずの子供を探しています。年の頃十歳前後、栗色の髪、上等な生まれの子です。心当たりのある方は、どうか」


読み上げていたのは、身なりのいい商人風の男だった。手にした紙には、似顔絵らしきものが描かれている。輪郭がぼんやりしていて、はっきりとは分からない。周りに集まった野次馬たちが、口々に噂を交わしていた。


「上等な生まれ、ってどこの子だろうね」


「さあ。でも、かなりの謝礼が出るらしいよ」


「謝礼目当てで探されるなんて、なんだか可哀想な話だ」


そんな会話が、あたしの耳にも流れ込んでくる。悪意のない世間話のつもりなんだろうけど、聞いているだけで、なんとなく胸がざわついた。


隣を歩いていたトトの足が、ぴたりと止まった。顔から、すっと血の気が引いていくのが分かる。


「トト?」


「なんでもない」


即答だったけど、声が硬かった。あたしは何気ない顔を装って、掲示物から視線をそらした。


「行こう。関係ない話」


「うん」


トトは短く答えて、また歩き出した。それでも、足取りはさっきより明らかに速く、拳もわずかに震えていた。振り返らずに、ただ前だけを見ている背中だった。


その夜、宿の部屋で荷物を整理していると、トトの荷物の中から、小さな布包みがこぼれ落ちた。慌てて拾おうとしたトトより早く、あたしの目に入ってしまう。


丁寧に布でくるまれた、掌に収まるくらいの小箱。以前、街の広場で荷馬車が横倒しになったとき、地面に散らばった積み荷の中に、よく似た梱包のものがあったのを思い出す。あのときは気にも留めなかった。


「これ」


「触らないで」


珍しく強い声だった。トトが箱をひったくるように取り返し、胸に抱え込む。あたしは両手を上げて、それ以上手を伸ばさないことを示した。


「触らないよ。ただ、似てるなと思っただけ」


「何が」


「前に、街で拾った積み荷。丁寧な梱包の仕方が、なんか似てるなって」


トトは何も答えなかった。ただ、箱を抱える腕に、さらに力がこもるのが分かった。


部屋の隅で、セシルが静かにこちらを見ていた。何か言いたげな顔をしていたけど、結局、口には出さなかった。手帳を開きかけて、思い直したように閉じる。数字にできないことは、無理に測ろうとしない。それも、セシルなりの気遣いなんだろう。


ヴァレナも同じだった。得物の柄に触れたまま、黙って壁にもたれている。誰も、トトを問い詰めようとはしなかった。


「無理に話さなくていい」


あたしは、トトの正面に座り直して言った。


「聞きたいことは、いろいろある。でも、あんたが話したくないなら、それでいい。今すぐ全部知らなくても、一緒にいられないわけじゃないから」


トトは、しばらく黙っていた。箱を抱えたまま、膝を抱えるように体を丸める。


「まだ、言えない」


「うん」


「いつか、言うから」


「うん。急かさない」


それだけのやり取りだった。トトは布包みを、そっと荷物の奥にしまい直した。手つきが、いつもよりずっと慎重だった。しまい終えると、少しだけ肩の力が抜けたように見えた。


「あの人たち、どうしてトトを探してるんだろうね」


夜、廊下でセシルがぽつりと言った。あたしは肩をすくめる。


「分からない。悪い理由じゃないといいけど」


「悪い理由だったら?」


「そのときは、あたしたちが何とかする。それだけの話」


我ながら、根拠のない答えだった。それでも、口にした瞬間、案外しっくりきた。根拠なんて、あとから積めばいい。今まで、それでずっとやってきた。


「らしいね、あんたらしい」


セシルが小さく笑った。珍しい表情だった。


「らしいって、褒めてる?」


「さあ、どうだろう」


はぐらかす言い方まで、いつものセシルに戻っている。少し安心した。


廊下の向こうから、ヴァレナが歩いてきた。得物の柄に手を添えたまま、静かに聞いてくる。


「あの子、大丈夫そう?」


「今のところは。無理に聞き出すつもりもないし」


「そう」


短い返事だけで、ヴァレナは満足したように頷いた。多くを語らないところは、いつも通りだった。それでも、心配していることぐらいは、あたしにも伝わってくる。


「もし、本当に厄介な相手が絡んでたら」


「そのときは、ヴァレナに前に出てもらう。頼りにしてる」


「軽く言うね」


「重く言っても、結果は変わらないでしょ」


軽口のつもりだったけど、ヴァレナは少しだけ表情を緩めた。


「まあ、悪い相手じゃないなら、それでいい。悪い相手なら、叩き出すだけ」


物騒な発言だったけど、頼もしさのほうが勝った。この人がいてくれるだけで、大抵のことはどうにかなる気がしてしまう。


「セシルは、どう思う」


聞いてみると、セシルは少し考えてから答えた。


「今のところ、事実として分かってることは少なすぎる。憶測で動くのは、一番効率が悪い」


「相変わらず、数字みたいな答え」


「数字みたいでいいでしょ、こういうときは。感情で動くと、判断を間違える」


正論だった。それでも、その正論の裏にある気遣いを、あたしはちゃんと感じ取っていた。セシルなりに、トトのことを案じているのが伝わってくる。


窓の外で、夜風が木々の葉を揺らす、乾いた音がした。トトの部屋の明かりは、まだ消えていなかった。あの小さな箱の中身が何なのか、今はまだ知らない。それでも、知る日が来るまで、あたしたちはただ、隣にいるだけでいい。急いで答えを出さなくても、旅を続けていれば、いつか向こうから追いついてくるものもある。


最後までありがとうございました!


楽しんでいただけたら、評価やブックマークを入れてもらえるととても嬉しいです。


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それでは次回の更新をお楽しみに!

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