(13)積み荷の記憶
翌日の街道は、乾いた土埃と、遠くの牧草地から流れる干し草の匂いに満ちていた。日差しが強く、影の輪郭がくっきりと地面に落ちている。
「今日は暑いっすね」
誰にともなく漏らすと、ヴァレナが黙って水筒を差し出してきた。素っ気ない仕草の裏に、面倒見の良さがにじんでいる。この人は、口より先に手が動くタイプだ。
トトは相変わらず、少し後ろをついてくる。最近は、その距離が以前より縮まっている気がする。気のせいだと思うことにする。振り返ると、トトはさっと目をそらして、興味なさそうな顔を作った。分かりやすい子だと思う。
宿場を出てしばらく歩くと、街道沿いに人だかりができていた。掲示板の前で、誰かが声を張り上げている。
「行方知れずの子供を探しています。年の頃十歳前後、栗色の髪、上等な生まれの子です。心当たりのある方は、どうか」
読み上げていたのは、身なりのいい商人風の男だった。手にした紙には、似顔絵らしきものが描かれている。輪郭がぼんやりしていて、はっきりとは分からない。周りに集まった野次馬たちが、口々に噂を交わしていた。
「上等な生まれ、ってどこの子だろうね」
「さあ。でも、かなりの謝礼が出るらしいよ」
「謝礼目当てで探されるなんて、なんだか可哀想な話だ」
そんな会話が、あたしの耳にも流れ込んでくる。悪意のない世間話のつもりなんだろうけど、聞いているだけで、なんとなく胸がざわついた。
隣を歩いていたトトの足が、ぴたりと止まった。顔から、すっと血の気が引いていくのが分かる。
「トト?」
「なんでもない」
即答だったけど、声が硬かった。あたしは何気ない顔を装って、掲示物から視線をそらした。
「行こう。関係ない話」
「うん」
トトは短く答えて、また歩き出した。それでも、足取りはさっきより明らかに速く、拳もわずかに震えていた。振り返らずに、ただ前だけを見ている背中だった。
その夜、宿の部屋で荷物を整理していると、トトの荷物の中から、小さな布包みがこぼれ落ちた。慌てて拾おうとしたトトより早く、あたしの目に入ってしまう。
丁寧に布でくるまれた、掌に収まるくらいの小箱。以前、街の広場で荷馬車が横倒しになったとき、地面に散らばった積み荷の中に、よく似た梱包のものがあったのを思い出す。あのときは気にも留めなかった。
「これ」
「触らないで」
珍しく強い声だった。トトが箱をひったくるように取り返し、胸に抱え込む。あたしは両手を上げて、それ以上手を伸ばさないことを示した。
「触らないよ。ただ、似てるなと思っただけ」
「何が」
「前に、街で拾った積み荷。丁寧な梱包の仕方が、なんか似てるなって」
トトは何も答えなかった。ただ、箱を抱える腕に、さらに力がこもるのが分かった。
部屋の隅で、セシルが静かにこちらを見ていた。何か言いたげな顔をしていたけど、結局、口には出さなかった。手帳を開きかけて、思い直したように閉じる。数字にできないことは、無理に測ろうとしない。それも、セシルなりの気遣いなんだろう。
ヴァレナも同じだった。得物の柄に触れたまま、黙って壁にもたれている。誰も、トトを問い詰めようとはしなかった。
「無理に話さなくていい」
あたしは、トトの正面に座り直して言った。
「聞きたいことは、いろいろある。でも、あんたが話したくないなら、それでいい。今すぐ全部知らなくても、一緒にいられないわけじゃないから」
トトは、しばらく黙っていた。箱を抱えたまま、膝を抱えるように体を丸める。
「まだ、言えない」
「うん」
「いつか、言うから」
「うん。急かさない」
それだけのやり取りだった。トトは布包みを、そっと荷物の奥にしまい直した。手つきが、いつもよりずっと慎重だった。しまい終えると、少しだけ肩の力が抜けたように見えた。
「あの人たち、どうしてトトを探してるんだろうね」
夜、廊下でセシルがぽつりと言った。あたしは肩をすくめる。
「分からない。悪い理由じゃないといいけど」
「悪い理由だったら?」
「そのときは、あたしたちが何とかする。それだけの話」
我ながら、根拠のない答えだった。それでも、口にした瞬間、案外しっくりきた。根拠なんて、あとから積めばいい。今まで、それでずっとやってきた。
「らしいね、あんたらしい」
セシルが小さく笑った。珍しい表情だった。
「らしいって、褒めてる?」
「さあ、どうだろう」
はぐらかす言い方まで、いつものセシルに戻っている。少し安心した。
廊下の向こうから、ヴァレナが歩いてきた。得物の柄に手を添えたまま、静かに聞いてくる。
「あの子、大丈夫そう?」
「今のところは。無理に聞き出すつもりもないし」
「そう」
短い返事だけで、ヴァレナは満足したように頷いた。多くを語らないところは、いつも通りだった。それでも、心配していることぐらいは、あたしにも伝わってくる。
「もし、本当に厄介な相手が絡んでたら」
「そのときは、ヴァレナに前に出てもらう。頼りにしてる」
「軽く言うね」
「重く言っても、結果は変わらないでしょ」
軽口のつもりだったけど、ヴァレナは少しだけ表情を緩めた。
「まあ、悪い相手じゃないなら、それでいい。悪い相手なら、叩き出すだけ」
物騒な発言だったけど、頼もしさのほうが勝った。この人がいてくれるだけで、大抵のことはどうにかなる気がしてしまう。
「セシルは、どう思う」
聞いてみると、セシルは少し考えてから答えた。
「今のところ、事実として分かってることは少なすぎる。憶測で動くのは、一番効率が悪い」
「相変わらず、数字みたいな答え」
「数字みたいでいいでしょ、こういうときは。感情で動くと、判断を間違える」
正論だった。それでも、その正論の裏にある気遣いを、あたしはちゃんと感じ取っていた。セシルなりに、トトのことを案じているのが伝わってくる。
窓の外で、夜風が木々の葉を揺らす、乾いた音がした。トトの部屋の明かりは、まだ消えていなかった。あの小さな箱の中身が何なのか、今はまだ知らない。それでも、知る日が来るまで、あたしたちはただ、隣にいるだけでいい。急いで答えを出さなくても、旅を続けていれば、いつか向こうから追いついてくるものもある。
最後までありがとうございました!
楽しんでいただけたら、評価やブックマークを入れてもらえるととても嬉しいです。
反応があると更新速度が上がります(重要)
それでは次回の更新をお楽しみに!




