第3章
「カズーーどこにいんだよ。」「また隠れてるのか?いい加減そういうの厭きたけど。」
「おーーーい、カーーーズーーーー?」
僕らはまた、カズを探してる。
外の雨は止むことなく、絶え間なく硝子と壁を叩いてる、ときにかみなりも混ざって。館内には、僕ら3人の声だけが響く。
返事がない。3階は全てチェックしたが、見当たらない。
「この前は2階の部屋に隠れていたな?」
「2階は部屋多いからな、手分けして探そうか。」
ショウの提案を聞いて、タクが言う。「でもまた同じ場所に隠れてるとは思わねぇな。まあどの道探すしかないっか…」
そうやって僕らはそれぞれの担当区域を決めて2階での捜索に入る。とは言って3人手分けならこの階は2分も要らずで全部回り切れるし、あまり心配はしてない。
僕のやることはただ電灯の光を部屋中に満遍なく当てていくだけ。隅々までチェックして、いなかったら次の部屋へ行く。
「いない。」
「おーーい、カズ~?……うう…」
3つ目の部屋に入る直前、ここはさっきカズが隠れていた所だと僕は気づく。階段から左手にある部屋、さっきカズはここに指さしてたな。
まさかとは思うが、見てみよう。
一歩踏み入れて、照明を床から周りに当てようとした時、忽然電灯の光が消えた。
壊れた?電池切れ?と疑問に思った瞬間、僕の心拍が激しくなった。
言い表せない不安が突如僕を襲う。照明はないが、僕は周囲を見渡す。
すると、不安が恐怖に変わった。
部屋には、窓が一つある。外も結構暗いが、微かな光が硝子を通して差し込んでいるから、それが窓だと認識できる。それを見て僕は気づいた。距離感が違う。さきほど入口にいた僕は、いつの間にか部屋の中まで入っていた。
そして窓周りには微弱な光はあるが、僕の元には届かない。遠すぎる。この部屋の距離感がなんか変だ。光は見えるのに、それが遠いものだと感じる。僕は闇に包まれているみたいだ。手を目の前に出しても全然見えない、自分とこの空間との区別がつかなく程の、単純な闇。そして息切れしそうな感じがした。何かに見つめられているような感覚。この部屋には多分他の人はいないのに、僕は何かに見つめられている。ゆっくりと、その僕を見ている「何かの目」が、複数に増えた気もしてきた。これは不安ゆえに頭がおかしくなって勝手に作った妄想だと、自分に言い聞かせたくても、心臓は脳の処理に追い付けない。
逃げないと、このままじゃ溺れる、この闇に飲み込まれる!僕はそう思った。
だが足は言うことを聞かない。
他の二人は?耳を澄ましても、その声は聞こえない。ドアの外には足音も電灯の光もない。
今僕は独りぼっちで無力だと、そう思えて来る。自分がどんどん広がる暗闇と反比例に、縮んでいくようだった。
という時に、窓の外に、稲妻が走る。
本来ならばそれが周囲を照らして、僕の救いになるはずだったが…それのせいで僕はもっと恐ろしいことに気付いてしまった。
この部屋は空ではない。その逆だ。
僕は囲まれている。感じた多くの目線は錯覚ではなかった。
雷が映し出したのは、店で並ぶマネキン程等身大の、素体の人形だった。
僕の周りに十体、いや数十体が僕を包囲している。そのマネキンたちに目が付いてるかどうかは見えなかったが、確実に顔の部分は僕の方に向かってると分かっちまう。
まるで、自分の意志を持って動けるみたいだ…
珍しいものを見るために集っている人間の様だ…
閃きはほんの一瞬だが、その光景を見て凍った僕の感覚、止まった心拍が、その一瞬を何分も過ぎているように感じさせてくれた。
「これはなんなんだ。初めて2階を探検してた時、ここの部屋全部空っぽだったぞ!」
「カズ…さっきカズがここに隠れていた時も、こいつらは既にいたのか?」
ずっとこいつらに見られていたと思うと、身の毛がよだつ。
恐怖のせいで筋肉が強張っていたが、無理矢理体を動かす!
ここから出る!僕はそれしか考えられなくなった。
背後にもいるかどうかは知らんけど、出口はたった一つ。ならば一秒でも早く、ここを出るべきだ!
来た方向に踵を返す。
感覚が麻痺した足に力を入れて、踏み出す。
ここから、逃げるんだ!
でも、僕は転んだ。
いや、引き留められたんだ。付け根が掴まれてる感じがした。
足元を見ると、床から一本の手が突き出てる。こんな暗闇の中、なぜかそれだけがはっきり見えた。禍々しい蛍光を発しながら、まるで草やカビの生長を倍速で見ているように床から手がどんどん生えてくる。
引き込まれる!やばい!
…振解かないと、
早く立てないと…
走るんだ!
「ハッ!」
ベッドから突然起き上がる僕には、自分の荒い息と心拍しか聞こえなかった。
直接脳内で響いている脈拍、もはや「ドキドキ」じゃなくて「ドカンドカン」に聞こえてくる。
緊張感が収まらない、背中は冷え汗でびっしょりだ。
「夢…」
不意に口から漏れる言葉。
さっきのは、夢なのか?
現と夢の境目が曖昧でわからない、頭がまだ完全に醒めてないからか?
夜はまだまだ冷えている季節なのに、汗がまだまだ止まらない。
しばしベッドで呆然と座っていたら、だいぶ冷静を取り戻せる。
ちょっと水を飲もう、と。僕はベッドから下りる。
……
電灯の光で周りを確認したら、
カズとタクが寝ていたはずのベッドに誰もいないことに気付く。
僕はまた夢の中のシチュエーションを思い出してぞっとした。
まさか、と思って一瞬で焦り出した。いやいやない、二人が同時にいないってことは、多分どっかで暇つぶししているのだろうと、自分に言い聞かせる。
…真っ先に考えられるのはトイレだ、同じ3階でそう遠くはない。
僕は懐中電灯をつけて急ぎ足で探しに行った。が、そこには誰もいない。
次はどこを探そうと考えながら、トイレを出ようとして振り向いた時、斜め向かいの浴室にある鏡が照明を反射して何かを映し出す。
誰かがいる、鏡の前に立って何かしている。
勇気とは変なタイミングで出て来るものだ。その時不安が脳裏を過るが、それでも僕はゆっくり近づいてみた。
そのものは右手を腹の前で横に置き、左から右へ引く動作を繰り返している。他の部分は動かず、ただ右手が揺らいでいるブランコのように無機質な行動を何度も何度も、腹を横切る。音も立てず、電灯の光にも反応しない。
異様な光景。
顔が見える距離まで来て、その者がカズだと僕は気づいた。
その眼はただぼーと鏡を見て、顔に表情という物が見取れない。僕がこの距離まで来てもなお無反応のままそれを繰り返している。
手には何も持ってないが、その動きは僕から見るとまるで切腹に失敗して、何度も何度も自分の腹を切り裂こうとしている様だった。でも少なくともそれはカズの意志で行っているには見えない、その機械的な動きに何の意味があるかもわからない。まるで抜け殻みたいだ。
ただひたすらに、この光景があまりにも非現実的なものだと感じ、悪寒が走る。
『何とかしないと』と思って、彼の傍へ迫った。
「パンッ!」
何すべきかわからず、とりあえず思いっきりピンタを一発入れる。
すると、「ふーふー」
カズが重い息を立て、目に生気が戻る。どうやら効いたみたいだ。
困惑な表情を見せながら荒い呼吸を立て、「お、よお…」と、意味不明な声を出す。
こっちが知りたいよ。
「何があった、タクは?一緒じゃないのか?」
「はあ?…ふう、ふう…何言ってんだ…?」
カズが考え込む。呼吸はまだ整えられず。
そしてまた疑問を帯びた眼光で鏡と左右を見て、僕に聞く。
「俺、さっきまでずっと寝てたんだぞ。何でここにいるんだ…」
「こっちが聞きたいよ。覚えがないのか?」
彼は首を横に振った。
「じゃあタクの行方も知らないか…タク見た?」
「見てない…何?いないのか?」
僕は難しそうな表情で黙り込んでた。するとカズは僕に聞く。
「じゃショウは?お前一人で行動してたのか?」
……
…!!
そうだ、ショウを忘れてた。部屋を出る前に確認できたのは二人のベッドが空いてることだけ、確かにその時ショウのベッドにはちゃんと人がいたから起こす気にはなれなかった。
でも安全のため一応一緒に行動した方がいいと既に決めていたから、やっぱ戻って起こしてからタクを探さないと。
僕はカズの腕を引っ張って戻ろうとする。突然、
『ポトン、パシャ』と、何か重い物が水に落ちた音。
僕は照明を周りに振ってカズと見渡す。
湯船からだった。
目線が光に追い付いて湯船に向けた途端、僕らは固まった。
水が出ないはずの蛇口からは、液体が滴って出る。外の雨がうるさいからか、その音には今まで気づかなかった。
湯船の八分目くらいは既にその液体で満たしている。
さらに僕らの不安を煽るのは、その液体が黒く、粘り気があること。
それが何なのかですらも考えたくはない。脳が拒絶している。
だけどこうも固まっている間に、脳が完全に機能停止してはいない。たった一つのことを考えている。
何が落ちた。
すると徐々に、耳鳴りがしてきた。頭の中でシンバルに似ている響く『カシャン、カシャン』の音がまるで何かを予言している。
湯船のそこに何かがある。そして、もうすぐ浮び上ってくる。その予感が強まるに連れて脳内の音が益々大きく、速くなった。
『ポッ』と、液体の表面に突起が出来て、何かが現れた。
それがバレーボール大きさのもので、液体まみれのせいでよくわからなかったが、形が不規則で凸凹が付いてる。
さっき見た夢と、カズが取った奇怪な行動と、黒い液体。これらが重なって僕の心を圧迫して来た。
恐怖感が衝撃になって、頭がジンジンに痛くて、耳鳴りも酷くなる一方。
そんな中、何故かわからんが、その黒い液体まみれの物が、人の生首に見えた。
まるで肉が付いていて、目玉も僕を睨んでいるように感じた。
そう思った瞬間、頭の中で響いていた音が炸裂して、目の前が真っ白になった。
その眩暈から意識が戻った時、僕は既にカズを連れて走り出した。
「?!さっきのあれ…」
「いいから逃げろ!」
自分でも信じられないスピードを出して、カズを半ば引き摺りながら部屋の前へ着いた!
「ショウ!起きろ!何かやばいこ…ッ!」
ショウがいない!
ベッドで寝ていたはずのショウも消えたというのか!
「どうする?」
カズもどうやらついにこの状況がやばいことに気付いた。真剣に聞いてくる。
「ここを出る!」
緊張のせいか、僕は怒ってるみたいな口調で端的に言った。
「あの二人は置いていくのかよ!」
「ごめん、簡略し過ぎた。」…僕は手で顔をこすって、改めて言う。
「下りて二人を探しながら、ここを出る。まずポンチョを着ろ、付いて来い!」
もう言葉を選ぶ余裕もなくなった。
窓の外に展開していたポンチョを掻っ攫い、僕らは駆け足で階段を降りていく。
「カズ、電灯!」「あっ、お!」カズも照明を付けた。
「ショウ!タク!」叫んで二人を呼ぶ。無事でいてよな、お前ら!
2階全ての部屋を僕らは走りながらチェックしたが、やっぱりいなかった。
「次、下!」カズの浮かない顔を見て、僕は即断する。
だが、大広間まで駆けつけても、誰も見つからなかった。
これからどうするかを考えている時に、カズが僕を呼んだ。
「来て来て!」
カズが僕を階段の方に呼び寄せ、そしてその裏の影を照明で照らした。
トラップドア…そう呼ぶんだっけ?縦に開くドアが床にある。
どうやらこの屋敷に、地下室はあるみたいだ。こんな所にあったら、今まで気づかなかったのも不思議じゃない。
僕はもっと詳しく調べようと近づいた途端、脳裏にあの金属音がまた蘇り、キンキン響く。
あそこにも何かがいると直感した。
でも気づいたら、カズが既にドアの凹み部分を掴み、それを開けた。
音がまた強くなる。
「底が浅い、入ってみるよ。ドアは閉めないで。」照明で確認しながら、カズが言う。
僕が声出して止める前に、彼はもう飛び降りた。
行動が早すぎんだよって、僕は舌打ちしながら思った。
でも二人がまだ見つからない以上、一人にしちゃ危険だ。
そう思って、僕は身を乗り出して下へ続く道を確認する。
確かに底までは2.5mくらいの高さしかない。一面に降りるための固定梯もある。カズは既に奥へ行ったのか?ここからは見当たらない。
……
顔を上げてこのトラップドアがまた視線に入った時、ふと僕は、この屋敷に入ってからずっと感じてた得体の知れない違和感の正体がわかった。
ここは廃屋なのに、汚れや埃など全然被ってない。ここだけじゃない、どの階のどの部屋も、ベッドのマットレスですら、埃が一番溜まりやすい所なのに。所々が毎日掃除しているみたいにきれいだ…むしろきれいすぎた。たとえ人を沢山雇っても、こんな屋敷の隅々まで塵一つなく拭くのは無理な所業。それに、虫やクモの巣なども見たことがない。
ここは廃屋じゃなかったのか?今でも使われていたのか?…それとも、虫ですらここを避けているのか?
不可解だ。ますますここが怪しい。
「カズ?下はどう?」
……
「…カズ?」
……
返事がない。
正直ここまで来て僕はもう混乱した、どうすればいいのかわからない。
例え出たとしてもあの雨の中で山を一人で降りることはできないだろう。二人は見つからないままだし、カズのことも心配だ。
それに、あの金属音が頭から離れない。それらすべて僕を追い詰める。
…
10秒くらい躊躇した結果、先にカズの安否を確認した方が穏便だろうと、結論を下した。
それが正解か間違いかはわからないが、とにかく電灯を口に銜えて僕は降りて行った。
梯子半分くらいを降りた頃、電灯の光が消えた。
そしてまるで僕の選択が間違いだと言っているように、上の方から『パタン』という音がした。
「!!!」
しまった、と思って駆けあがってく。
『パン、パンッ、パンッ!』
トラップドアが閉まった。何度も肘をぶつけてみたが、開かない。
なぜだ!下からは開かない仕様なのか?それとも鍵が掛けられたのか?あれは閉まったじゃなくて閉められたのか?!どうなってんだこの屋敷は!
カズは、カズはどこだ?!クソ、周りが真っ暗で何も見えない!
一瞬で不安が怒りに化け、僕の心に過よぎったが、怒りの潮が引いた後に露わになったのは夢で見た光景。
雨の音が届かない地下で、『カシャン、カシャン』の耳鳴りだけが響く。
どこともなく夢の状況に似ている。
耳鳴りがそれの到来を知らせているように、どんどん強くなった。
わかる。僕にはわかる。夢の中で見たマネキンも、液体から浮かび上がるものも、正体は掴めてないが、僕はもう包囲されている。
暗闇の中、それらはどこにでもいる。
頭が痛い、息が詰まりそうだ。
近づいてくる。何かが、こっちまで来ている。
誰か、せめて頭の中のこの音を消してくれ。もう爆ぜそうだ。
カシャン、カシャン、カシャン、カシャン
カシャン、カシャンカシャ
カシャ、カシャカシャカシャ、カシャカシャカシャ、カシャカシャカシャカシャ
その音が極限に達した時、懐中電灯の照明がついた。
目の前が一瞬、白くなる。
その時見た物が、僕の最後の記憶となった。




