第9話 第2王子と第3王子
その日は、あまりよく眠れなかった。この世界に来て、1日目だし、環境が変わったからかもしれない。でも、それだけではない気がした。
明日からは、想像を絶するほどのスケジュールが詰まっている。ふわふわした性格のローズがそういうのだから、相当なのだろう。明日のためにも、今日はとりあえず休まないと。
私は、無理矢理目を閉じ、夢の世界へ入った。
「コハネ姫!! コハネ姫ってば!! 朝食の時間が過ぎていますよ!!!」
遠くから、人の叫び声が聞こえてきて、私はガバっと起き上がった。
「 え!なに、1限!?」
「なにを寝ぼけたこと言ってるんですか!! ドレスを選ぶ時間がなくなったので、私が勝手に選びましたからね! ほら! 早く服を脱ぐ!」
「うわぁあ!! はい!!」
そうだった。私は、昨日からこの世界へ来たんだった。本来ならば、今日は大学へ行く日だったから、ローズに変なことを言ってしまった。
夢オチではなかった。
私があたふたしていると、ローズはすぐさま大勢のメイドを呼び出し、私は強制的にネグリジェを脱がされた。
「姫様を連れて参りました!! 遅くなってしまい、誠に申し訳ございません!!」
準備を済ませ、朝食会場へ。今日のランチまで、オルクス様と2人だけ。つまり、夜からは彼の家の方への挨拶がある。
ローズは、彼の前で深くお辞儀をしている。彼女は何も悪くないのに、なんだか申し訳なくなって、私はさらに深く腰を曲げた。まだ、眠い。
オルクス様は何一つ怒っていなさそうだった。彼女に『ご苦労様。』と軽く声をかけ、見送りを済ませた。
私は静かに腰掛ける。本日の朝食は、焼きたてクロワッサン2個、オムレツ、スモークサーモン、そしてフルーツが何個かあった。
朝食からいっぱい食べれない私にとっては、少し安心した。残したら失礼だと思われそうだからだ。
「おはよう。コハネ。早速寝坊?」
彼は、ハーブティーをゴクリと喉に流す。朝イチなのに、寝癖1つなく、白髪がサラサラだ。目元にクマもなく、だらしないところ一つも見せない。さすがは王子だ。
私はその姿に思わず圧倒され、口をすぼめる。
「…おはよ。まあ、そんなとこね。」
「あはは。今日から、いろいろ勉強するんだっけ? 僕も、読む書物が溜まっているよ。」
「うん…お互い、頑張りましょ。」
昨日のことがあって、目を逸らす。別に喧嘩したわけじゃないけど、ジュリエッタの存在がどうしても気になる。だが、それを聞くにはまだ距離が遠い気がする。彼は、私に愛を囁いてくれるけど、本当に思っているのか謎だし、彼女といたほうが素なきがする。
こんがり焼けたクロワッサンが、すごく美味しい。口に運ぶと、ほんのり蜂蜜のような甘い味が広がる。そして、このサクサク感がたまらない。汚い食べ方をしないように、気をつけないと。
「そういえば、昨日、大丈夫だった?」
「え?」
考えてることが見透かされたような気がして、私は思わず目を丸くした。彼は、話を続ける。
「寒くて帰ったでしょ? 風邪引いてないかなって。」
「大丈夫よ。ありがとう。」
「よかった。今日も無理せずにね。コハネは、お姫様なんだから。」
その言葉に、少しだけ口角が上がってしまう。私は、昔から、こういう言葉に弱い。『王子様』『お姫様』といったメルヘンな言葉が大好きで、小さな頃からそういうシチュエーションに憧れていたっけ。まさか、自分が当事者になるとは。
もう少し、仲良くやってみよう。私も、歩み寄ろう。
そしたら、もっと分かる気がするから。ジュリエッタとの事も、彼がなぜ私を選んだのかも――
※ ※ ※
朝食が終われば、怒涛のスケジュールが一気に襲いかかってくる。
まず、身支度を済ませ、午前9時からは、教養の勉強。ローズに指定された場所へ行き、専門の講師によるレッスンが始まる。この国の公用語を一から学び、スラスラと字を書けるようにする。他には、チューディッシュ王国になるまでの歴史や、宮殿の規定・政治を学んだ。大学時代、理系の学部に通っていた私にとって、この勉強はなんともハード。暗記が嫌いで、理系に入ったのに、この年になって、またこんなことをさせられるなんて。こんなことになるなら、文系に行っておけばよかった。幸い、文字を読むことだけはできたので何とかなった。しかし、文字はアラビア語のように複雑なのに、なぜ会話は通じるのだろうか。まあ、そういう細かいことは、わざと考えないようにしておいた。
続いて、午後11時からは、芸術に触れる。王妃になるからには、この面においても堪能でなければならないらしい。ピアノやハーブの弾き方、歌唱、絵画など、貴族としての基礎を学んでいった。
ちなみに、特に器楽のセンスが皆無だった。それも無理はない。経験もなかったし、中学のリコーダーのテストもボロボロだったのを覚えている。講師の方には、散々嫌味を叩かれた。しょうがないじゃない。出来ないんだから。
軽く昼食を済ませ、次は、宮殿内の人々に、次期王妃になるご挨拶をした。私は、お昼ご飯はガッツリ食べたいのに、軽食程度で終わってしまった。お腹すくんだけど。
午前中に学んだ語学の知識が試されるとき。私は、オルクス様と共に、王と王妃様への宴会を行ったり、その他、貴族へ挨拶に回った。言葉遣いをちょっと間違えると、彼らが時々変な顔をするので、ヒヤヒヤした。オルクス様はあんまり気にしてなさそうに、ぼーっとしているようだったけど。
長い宴会が終わり、オルクス様と別れ、待っていてくれたローズと共に廊下を歩く。
オルクス様は、このあともスケジュールが詰まっているようだった。朝、話していた書物の読み込みと、他王国へのメッセージの返信・その他もろもろの勉学に励むようだ。王子も大変である。
「つかれた……もう無理……休憩。」
「心配なさらなくても、この後は休憩ですよ。お疲れ様でした。ぜひ、宮殿内を回ってみてください。」
「やっと休憩か〜〜疲れた。もう、足がパンパンよ〜〜」
「回らないんですか? 私もご一緒しますよ?」
ローズの優しい気遣いに、私はきっぱりと断った。
「いや、大丈夫。私、部屋でゆっくりしたい。眠い。」
彼女は、『コハネ姫……』と苦笑していた。
確かに、今日は雲一つない快晴だった。ステンドグラスから見える景色を見ても、青空が綺麗だし、色鮮やかな蝶たちが青薔薇辺りを舞っている。
でも、私は、昔からインドアだったので、必要最低限以外は外に出ない。部屋に籠もっているほうが、心身ともに休まるのである。
廊下を歩いていると、背後から微かな人の気配がする。足音が廊下中に響き渡っていた。
私は、昨日女らに突き落とされたときから、人に敏感になってしまった。よそ者が王妃になることで、よく思わない人間もたくさんいるはず。いや、そっちの方が大多数かもしれない。
「あいつじゃね!?」
「あっ………兄さん、ちょっと………」
耳を澄ますと、2人の若い男性の声。トーン的に、すぐに悪さをする感じはしなさそうだった。そして、足音は徐々に大きくなる。
予想は的中。振り向くと、案の定、若い男性2人が私の目の前に現れた。
「やっと見つけたぜ。オマエだろう? 兄貴の婚約者だっていう。」
「え……?」
すると、私の隣にいたローズが、申し訳なさそうに静かに声をかける。
「コハネ姫。私は一旦席を外しますね。」
「ちょっとローズ!? ……え、貴方たちは……?」
2人を見た感じ、オルクス様と並ぶくらいの顔整いだ。主になって話している明るい口調で喋る男性は、銀色の髪に、宇宙に入り込んだかのような青く光る瞳。髪型の名前は、センターパートと言ったところだろうか。オルクス様と違って、少し髪にうねりがかかっている。
一方の、ちょっとおとなしい方は、髪は銀色だけど、少し灰色が入ってる。前髪が重めで、茶色の瞳が片方しか見えない。
全体を通して、2人とも顔の雰囲気は似ている。性格は全然違いそうだが。
「失礼。俺は、フォゴッドだ。こっちは、弟のジーク。俺ら、オマエの婚約者の弟っちゅーかんじだな。」
「ちなみに、俺が第2王子で、ちょっと口下手なコイツが第3王子。」
フォゴッドに挨拶され、私はそれにならって軽く会釈をした。
オルクス様って、2人の弟がいたんだ……それすらも知らなかった。先ほどの宴会でも、王様は他の息子の話を何も話されなかったから、いないものだと思っていた。
フォゴッドは、棒立ちしている私を360°観察し、何やらニヤニヤしているようだった。
「兄貴が、まさか住む世界が違うやつを選んだなんて、ビビったよな〜、な?ジーク?」
「……………確かに、顔立ちが違う……」
大人しめのジークが、私の顔を見て、やがて視線が下がる。目が合わない。きっと、顔の一部を重点的に見ているに違いない。
私は彼を軽く睨み、呆れた口調で話した。もう慣れっこだ。
「はいはい。しゃくれてるって言いたいのね。言っとくけど、わざとこうなったわけじゃないから。」
ジークは、私の強い口調に黙り込んでしまった。想像以上に内気な人だったかもしれない。返答に困らせてしまったかな。適当に流せばよかったのに、体が小さくなって、フォゴッドの方へ隠れている。
しばらく間があって、フォゴッドがまたもやニヤニヤしながら、私の顎をぐいっと上げる。
「なあ、オマエ、この後暇?」
「暇じゃない。この後、部屋で昼寝する予定がありまして。」
距離感がバグっている彼に、私はムッとした目つきを交わす。そっちが最初からそういうつもりなら、私も素で行かせてもらうわ。婚約者の親族など、今は関係ない。
私たちの掛け合いをみていたジークが、静かに、ポツリと呟く。
「………それを、暇っていう……………」
「ふん、ちょうどいい。オマエ、俺の部屋についてこい。話でもするか。」
「私、眠いんだけど……」
「さすがに兄の婚約者には手は出さないから安心しろーー。あと、今んところ色気ゼロから。」
フォゴッドの言葉に、私はさらに声を上げた。それに、誰もついていくなんて言っていないのに、2人に手を引っ張られ、抵抗ができない。
「はぁ!? 誰が色気なしよ!失礼な人たちね。」
第1王子であるオルクス様は、絵に描いたような素晴らしい王子様なのに、この2人といったら、どうにも生意気ね。
その時、また遠くからヒールのような鋭い音が聞こえてきたような気がした。彼らにされるがままに引っ張られるが、どうにも気になって、後ろを振り向く。
誰もいない。
気のせいか。私、やっぱり気にしすぎ?




