第10話 ジュリエッタの場合
この20年間、私・ジュリエッタ・ランベールは、なにもかも上手くいっていた。欲しいものは何でも手に入ったし、我慢なんて、したことがなかった。
私が歩けば、周囲が騒ぐ。それが当たり前の日常。父は侯爵。母は、かつて、1000人に1人の美女と呼ばれた伝説の人。
そして、その間に生まれた私は、当然―――
『ご覧なさい! ジュリエッタ様よ!』
『あのランベール様の娘様でしょう? わぁ……歩いているだけで、華になるわね……』
もちろん、囁き声は全て私の耳に届いている。私は、常に気を配りながら周りに配慮をし、時々手を振りながら、レッドカーペットを歩いていた。
私は、自分が理想とする私になりたい。幼いながそう思っていた。
貴族でありながら、周りの人へ積極的に話しかける。身分差はもちろん関係ない。どんな人にも手を差し伸ばし、困っている人は決して見逃さない。それが、私のモットーだった。
もちろん、こんな自分を作るのはある目的があった―――。
※ ※ ※
「オルクス〜〜〜!! やっほ!!!」
私は、右に曲がろうとしている彼を、必死に追いかける。ドレスの裾をあげて、できるだけ早く追いつくように。
そして、彼はすぐに気づいて、後ろを振り向いてくれるのよ。そして、愛嬌のある無邪気な笑顔を見せてくれるの。
当時は、確かお互い12歳だったから、彼は今より髪が短くて、丸顔で可愛かった記憶がある。まだ、声変わりもしてなくて、高い声。
「あれ!? ジュリエッター! こんなところで会うなんて、すごい偶然!!」
同じ年の幼馴染。オルクス。現王様の息子で、第1王子。つまり、次期王となるのは、彼で決まりだった。
小さい頃は、わんぱくでよく笑う人だった。一緒に庭でおいかけっこをして遊んだり、部屋で楽器の練習をしたりした。
彼は、いつだって私より背が高かったから、幼いながら男性的な魅力を感じていたと思う。私は、昔から大柄だったから。
私は、彼のことがずっと大好きだった。
「今日は、クッキーを焼いたのよ!お母様と一緒に頑張ったの! よかったら食べて?」
そう言って、背中に隠していた袋を彼に見せる。受け取ってくれるかと、少し手が震えた。
本当は、お菓子作りなんて興味ない。だけど、お母様はせっかく作るなら、私は彼の胃袋を掴んでやろうという、あざとい作戦だ。
彼は、私の震える手なんか気にせずに、袋を手に取った。
「へえーー!! これ、ジュリエッタが作ったの? 絶対うまいやつじゃん!」
そして、ラッピングを豪快に開け、一つ一つのクッキーを手に取って匂いを嗅いでいる。
予想外の出来事に、私は目を丸くした。
「今!? 食べるの!?」
「もちろん、ジュリエッタがせっかく持ってきてくれたし。……んーー。10点。」
ボリボリと、彼の咀嚼音が廊下に鳴り響く。食べカスが地面に落ちたのを指摘しようと思ったが、なんだか子どもらしくて可愛かったので、何も言わなかった。
勝手に点数をつけられて、私は、その場でしょげた。
「うそぉ……。」
「ちなみに、10点満点中な?」
彼は、私の反応なんか気にせずにボリボリとクッキーを口に運ぶ。『これ店いけるな』なんて、アホなことを言いながら、あっという間に完食。
そのわんぱくな姿に、私はずっと笑っていた。それと同時に、この思いは、どんどん募っていった。
『私は、将来、絶対オルクスと結婚するんだ。』
そのためなら、私はなんだってやろうと心に誓った。20になれば、王位継承の時期が訪れる。我が王国では、恋愛結婚か契約結婚のどちらかを次期王が決めることができ、歴代でも、割合は半々であった。
そこで、運よく彼が、『恋愛結婚』を選び、私と結婚する。それが、自分が思うハッピーエンドだった。この方程式を完成させるためには、周りの人脈が大切である。誰一人私の悪い噂を流させない。人に優しくする。意地悪をいう人たちにも、全て平等に、接するんだ。宮殿内の人間で、私の株を上げて、完璧な状態で、結婚する。これが、私の生き方だった。
それから、月日は経ち、私たちが19になった頃。チューディッシュ王国に、原因不明の難病が流行し、宮殿内でも何人もの人々が命を落とす、パンデミックが起こった。
私は、健康な方だったので、特にかかることはなかったが、オルクスはその難病にかかってしまい、寝込むことになったのである。
感染力が通常の風邪の数千倍あるということで、親族以外の出入りは禁止された。つまり、しばらく会えなくなり、会話することさえ難しくなった。
でも、そんな時でも、いつも最善な方法を考えて、彼の無事だけを願った。
会話ができないなら、私室の前に手紙や花束を置いて、関係者に怒られるまで、ドア越しで話しかけたりしていた。
宮殿内でも、彼の病状が悪化したという噂で、『次期国王は、第2王子に回されるのではないか』と言われるほどの深刻さになっていた。それも無理はない。ついには、寝たきりになってしまい、植物人間状態になっていたからだ。
でも、オルクスが国王になっても、ならなくても、私はどうだっていい。彼がずっと私のそばにいてくれるなら、必要としてくれるなら、何でもいい。そう思った。
彼が元気になるまで、私は何度でも通い続けて、彼が20になった頃。
「オルクス様……? オルクス様ーーー!!!」
彼の私室から、数々の喜びの声が響き渡る。まるで、お祭りかのように、大騒ぎ状態だった。
私は、勢いに身を任せて、そのドアを思いっきり開けた。気になって、気になってしょうがなかったから。
広がっていたのは、オルクスが何事もなかったかのように、綺麗さっぱり目を覚ましていた。先ほどの病気が嘘かのように、夢から覚めたかのように、ぽかんとしていた。
願いが叶った。やっと、やっと―――
気がつけば私は彼の元へ駆け寄り、強く、抱きしめた。
「オルクス……!! オルクス……!!」
何度も彼の名前を呼ぶ。嘘じゃない。体が温かく、呼吸も落ち着いている。私がずっと彼の回復を願い続けたおかげだ。やっぱり、強く願えば叶うって本当なのかもしれない。
と、思っていた。
「こ…………はね……………」
体が、ピクリと止まる。
誰……?
今、他の人の名前を言った……?こはね……? 誰……?
何かの間違いだと思った。彼は、この日からおかしくなってしまった。
原因不明の記憶喪失だそうだ。長い間、眠いについていたから、次期国王となるまでの記憶が、全てなくなってしまっているらしい。
現国王としては、どうしても、オルクスを後継としたいらしく、彼をもう一度教育を勧めた。驚くほどのスピードで取り戻したので、周りの人らも『一時的なものだったね』と呟いているのが聞こえてきた。
でも、私にはわかる。長年の付き合いだもん。見破られるに決まってる。
彼は、人が変わってしまったかのように、別人になってしまった。もちろん、私のことも、すぐに思い出したけど、何か違う。話し方や歩き方、娯楽の楽しみ方。似ているようで少し違う。例えば、一人称も、以前は『俺』といっていたのに、『僕』になったり、歩き方も少しガニ股気味だったのに、まっすぐ歩くようになった。
目覚めた時の、彼の第一声を思い出す。
『こはね』
かすれ声だったが、確かにそう聞こえた気がした。うん。間違いない。好きな人の言葉を私が間違えるわけないのだ。
嫌な予感は的中し、迎えた婚約者指名も、少し前まで思い描いた夢とは真逆なものになっていた。
「恋愛結婚を選択する。この顔の女性を見つけてきてほしい。ただし、そっくりじゃなければ、婚約はしない。」
選ばれなかった。
絶対に私が、王妃になる予定だったのに。
なに……なんで………?
私はどこで間違えたっていうの……?
何も悪いことなんて、してないじゃない。全部、全部、オルクスと一緒になるために、ずっと、今日まで頑張ってきたのに…………。
悔しさと苦しさで、胸をえぐられるようだった。
謁見の間で見た。2階で。オルクスが選んだ女性は、どんなに目を引くほどの美人か。どんなに魅力的な女性なのか。
この目で、見てやろうと思ったのよ。
「やっだぁ。なんですの。あれは。」
「だらしない御方ですわぁ。本当に、この御方がオルクス様の婚約者なのです?」
「みすぼらしい。見てられないわっ。」
隣から、他の令嬢たちの声が聞こえてきて、私は彼女らの視線の先を見つめる。
は………?
彼女らの言うとおりだ。なに?あの服は、柄物のダサい服。こんな服、見たことがないわ。もしかして、彼が下落庶民を選んだって、そういいたいの?
髪もボサボサ。毎朝セットしている私にとっては、見ていられないほどに虫唾が走った。
気持ち悪い。気持ち悪い。なんなの、あのドブスは!!!服はダサいし、髪も汚いし、礼儀はない。清潔感が何一つない。
見た目に気を使ってないのかしら。
毎日泥水しか飲んでなさそうな、あんな汚いドブネズミを、なんでオルクスが………
憎くて、しょうがなかった。
あのドブネズミのせいで、私の人生は壊された。アイツさえいなければ、ずっと幸せだった。一緒になれたはずなのに。
絶対壊す。壊す以外に選択肢ない。
やれることは、全部やる。2人の関係を壊し、ドブネズミがこの宮殿にズカズカと入ってきたことを、思いっきり後悔させてやる―――!
私は、仲の良い令嬢に賄賂を配った。『お金をあげるから、あのドブネズミを突き落としてほしい。復讐に協力してほしい。』と。彼女らは、私をそんな性格に思ってなかったから『ジュリエッタ様………?』と驚きの表情を見せていたが、大量の紙幣を見せたら、バカなアホ犬のように、従ってくれた。
そして、私が助けるフリをして、ドブネズミは、『ジュリエッタは良い人だ』という固定概念を押し付け、よい信頼関係を築けた瞬間、裏切って、奈落の底へ突き落とす。
これが私の計画。
廊下を歩いていると、ドブネズミの声と男性二人の楽しそうな声が聞こえてきた。後ろ姿的に、フォゴッドとジークだろう。
私はバレないように、呼吸を止め、壁に張り付いた。
あいつ……オルクスだけじゃなくて、あの二人にまで手を出そうとしている。どこまで男好きなんだよ……気色悪。
絶対懲らしめる。逃さないから。




