第11話 デートと悲劇
そして、第2王子のフィゴッドと第3王子のジークにされるがままに、私はフィゴッドの私室へ入った。
「まっ、コハネ、上がんな。」
「本当にすぐ帰るからね。お邪魔します。」
ふんっと、口を膨らませる私に、フィゴッドは苦笑する。
「姫のくせに、可愛げがないなぁ〜。そんなんだと、兄貴に婚約破棄されるのも時間の問題だぞ。」
『婚約破棄』
その言葉に、思わずドキンとする。今の私に、自信を持って『ありえないよ!』なんて、言えない。だって、昨日の夜。彼は、0歳からの幼馴染・ジュリエッタと楽しそうに話していたから。
「そんなこと、ないし…………」
先ほどの態度が嘘かのように、私は口をすぼめた。
「……………自信、なさげ。」
「えーーー? もしかして図星だった? 」
二人の言葉にも、何も言い返すことができない。まだこの世界にきて、数日しか経ってないし、ジュリエッタのほうが、距離が近いのも当然のことだ。でも、どうしても、私は彼女との方がお似合いに見えてしまう。
なんやかんや言って、自分は強がりに見えて、本当は弱い部分を隠しているだけの人間なのだなと感じた。
深い紺色のベルベットソファに腰掛けて、部屋中を眺めていると、フィゴッドが紅茶を淹れて来てくれた。彼の部屋は、オルクス様とは、ちょっと違う。香水のような強く、甘い香りがして、部屋は、ワインレッドの情熱カラー。きっと、彼自身がそういう性格なんだろう。デスクには、伝記のような分厚い本が何冊か、羽根のペンが横に添えてある。第2王子も、きっと大変なのだろうと、見るだけで伝わってきた。
私は、彼からティーカップを受け取り、紅茶に反射した自分をじっと見つめる。
お洒落な薄い茶色をしているのに、よく見ると紅茶の葉が残っている。それは、どこか、今の自分の心の中に近いようなものを感じた。
「で、オマエはさ、どこから来たわけ?」
フィゴッドも向かい側のソファに腰掛け、脚を組んでいる。その隣には、静かに座るジークの姿があった。彼は、フィゴッドの言葉に、時々チラッと見ながら、様子を伺っているようだった。
「どこからって……埼玉から。」
「………………サイ…タマ……? 何の玉?」
「おいおい。 ふざけるのはやめてくれって。」
私の言葉に、彼らは口々にそう話す。どうやら、この世界では、日本という概念はなさそうだ。納得かもしれない。言語も、私の住んでいた世界に存在しないであろう、知らない文字だった。一体ここはどこなのだろうか。
でも、嘘はついていないので、私はどうやってここまでこの世界へたどり着いたのかを赤裸々に話すことにした。
「…そこで、私は住んでいたの。インターホンで、整合騎士団に急遽こっちの世界に連れて行かれることになったの。それで、王子の婚約者は、あなただって言われて……」
「オルクス……兄さんが…………」
ジークは、フィゴッドとは反対に、ポツリと呟く。それにならって、フィゴッドも会話に乗っかる。
「指名されたってわけだな。ふーん。」
「でも、わからなくて。どう考えても変じゃない? だって、わざわざ、他の世界から私を呼び出すなんてさ、ねぇ、二人だったら私を呼びだしたいと思う? 婚約者として。」
「…………………あんまり。」
「全く思わないな。」
それだけは、返答が非常に早い。まだ、私の中身を知らないだろうから、判断材料は見た目しかない。
ということは、きっと顎を見て判断したな。私くらいのレベルになると、『コイツ、しゃくれてるな』って思ってるくらい、お見通しなんだから。
光のような回答に、私は、少ししゅん、とした表情を見せた。
「…そんなにはっきり言われると、さすがに傷つくわよ…。私も。」
「…まあ、兄貴はさ、オマエの知らない良さを見抜いたんじゃね? てか、夕食の時とか、どんな話してるのさ。」
「え? これがおいしいとか、そういう普通の……」
「………まあ、まだ初日だったか。」
フィゴッドは、腕を組み、ふぅとため息をついた。何かを考えているよう。
そうだ。オルクス様だって、まだ私のことを何も知らない。なのに、婚約者としてあえて指名した。それだけが本当に矛盾している。極度のしゃくれ好きだったとしか、今の私には、それくらいしか考えられないのだ。
もちろん、私だって、彼の全部なんて知るわけがない。せっかくの機会だし、身内の2人にぶっちゃけて見ることにした。
「ねえ、オルクス様ってどんな人? 私から見たら、何でもできる王子様って感じで、完璧っていうイメージしかなくてさ。」
「兄貴はーーーー。」
フィゴッドが、そう言いかけた瞬間、ジークが割り込むように言葉を重ねる。
「…………なに考えてるか、わからない。」
「……というと?」
「なんだろうなー。あんまり思っていることを口に出さないよな。いつも窓を見つめて、ぼーっとしていたり、なんつーの? 朗らか?みたいな。」
確かに、フィゴッドの言うことも、なんとなく、分かる気がする。
多分、オルクス様は、人前で騒ぐタイプでは無さそう。学校でいえば、問題児系じゃなくて、教室で静かに友達と話しているような、そんな感じ。本とか、似合いそう。
私の、好きなタイプ。サラサラな髪が靡いて、静かに校庭を眺めていたりして。
「ほら、誰かに……恋とか? 例えば、幼馴染の子とかさ。この前、楽しそうに話してて。」
「あー。ジュリエッタのこと? まあ、アイツとは、仲いいよな。でもなんか、それは恋愛っつーか、仲間って感じじゃね? 女とかじゃなくて、人として好きみたいな。」
「ほんとに? ジュリエッタのほうが好きとか、そういうのもない?」
「わからん。女の方は。まあ、あっちもまあいいヤツだろうな。病気の時も、ずっとお見舞いに通っていたらしいし。」
フィゴッドの言葉に、私は目を丸くした。
「………病気? お見舞い?」
「……兄さん、それ以上は。」
ジークが彼を止めようとするが、私はその先が知りたくてしょうがなかった。
しかし、フィゴッドは『やべっ』と声漏らし、頭をポリポリとかいている。
「…まーいろいろな。それは本人から聞いたほうがいい。で? オマエさ、王国周りの店にはもう見た?」
「みせ?」
いきなり話題を変えられた。私としては、先ほどの病気の話が、気になってしょうがない。そんな話、知らなかったし、今は全然元気そうだったから、何も分からなかった。
でも、2人は、話したくない雰囲気だったから、あえて戻すことやめにした。
「……近くに、ジュエリーや小物、美味しい食べ物がたくさん売っている……。出かけながら、お互いのことを知るのも……いいかも……。」
「……それって、デート、、ってこと!? …ていうか、私お姫様なのに、そんな出かけちゃって大丈夫なの!?」
ジークのその静かな言葉に、私は思わず胸が高鳴る。お出掛け…
王妃になるまでは、やることが多すぎて、てっきり遊ぶ暇なんてなんて思っていた。今日1日でも、すごいボリュームだったし、頭がパンクしそうだった。多分、王位継承まで、そんなに時間はないわけだから、勉強漬けだと思っていた。
私は、うーんって悩んでいると、フィゴッドが苦笑する。
「ばかだな。姫だから出かけるんだろう。町の視察もかねて。兄貴に今度頼んでみれば? 」
「行ってこいよ。デート。」
その言葉に、思わず頬赤らめた。私は、すぐに顔に出やすい。おまけに、恋愛経験も乏しかったから、その言葉だけで、妄想の世界が広がっていく。
「デートなんて……そんなぁ……えへへ。」
「……そういう顔は、兄貴に見せてやってくれ。俺らに見せられても困る。反応に。」
フィゴッドの言葉に、ジークも静かに頷く。1人で盛り上がっていたことに気づき、私は体を小さくした。
そうだよね。やっぱり、お互いのことを知るためには、交流が大事だよね。私、オルクス様のこと、もっと知りたいし、私のことも知ってほしいよ。
今度、デートに誘ってみよう。
部屋にこもって寝たかったけど、2人と話したら眠気が覚めたし、なんだか結果的に良かったかもしれない。
私は彼らに、お礼をし、部屋をあとにした。
※ ※ ※
昼は、やっぱり夜よりは人気が多い。ここは、姫や王子、その他高貴な身分の人たちの私室だが、耳をよく澄まさなくても、人の笑い声や話し声が響くし、歩く音も聞こえる。
BGMはクラシック音楽のようなものが流れている。それがあるだけで、大分、気分が穏やかになって、姫であるという実感が、より湧く気がした。
廊下を歩いていると、背後から人の気配がした。背筋がゾワッとなり、振り向くと、ジュリエッタの姿があった。
「コハネ?」
「ジュリエッタ………ごきげんよう。」
その美しさに、思わず声を小さくなる。
今日の彼女も、一段と素敵だ。まず、ショートカットは、よっぽどの美人じゃないと似合わないはずなのに、持ち前の小顔と、シュッとしたフェイスラインのおかげで、よく似合っているし、ドレスも太陽のような強く眩しいオレンジ色。袖のレースの花柄が、お上品でかわいらしい。
裾の部分も、小さなリボンがしつこくない程度に飾られている。可愛い系のドレスも似合うなんて、もう惨敗です。
「あら、そんな気を遣わなくてもいいのに。ちょうど、ここを通りかかったのよ。何してたの? 今は自由時間よね?」
「ううん! なんでもないの…それじゃ――――」
私が、彼女に言葉をかけようとした、瞬間。
ばしゃん、と、大量の水が溢れる音。
「ぎゃぁああああああ!!!」
それは、僅か数秒の出来事だった。
一瞬で、侍女にやってもらったお団子の髪が崩れて。固めた前髪も、水分を含み、台無しなってしまった。
その水滴が、ポタ……ポタ……とレッドカーペットを湿らせる。
もちろん、今日のドレスもびしょびしょ。水滴が胸元に入り込み、一気に体温が低くなった気がする。
私は、一気に腰が抜けて、その場で座り込んだ。
「ちょっと……コハネ…! 貴女、大丈夫なの!? しっかりして!!!」
ジュリエッタが、隣で心配そうに腰掛ける。だが、今はもう、そんなこと何も考えられなかった。声が、段々と遠くなっていく。
やられた…………今は、ジュリエッタがいるっていうのに。
やっとの思いで、後ろを振り向く。体を震わせながら。
しかし、犯人の姿はなく、水が入っていたバケツがそこに残っていただけだった。
鼓動がみるみる速くなっていく。
どうして。
よく思わない人がいるのは、わかってる。
だけど、だけど―――
まるで、私の幸せを綺麗に壊すように、1つ1つ丁寧にやられているような、そんな気がしたのだ。




