第6話 人生イージーモード?
オルクス様との会話が終わり、私は彼の部屋をあとにする。
「送らなくて大丈夫?」
「大丈夫よ。ここの階だし。ありがとう。」
私はクスッと笑顔を交わす。ドレスの裾に躓かないようにしながら。
「わかった。それじゃあ、気をつけてね。また、ディナーで。楽しみにしてるよ。」
彼のその笑顔は、なんだか心に響くものがある。初めて会った気がしない。なんだか、落ち着くような。そんな気持ち。これが、運命というものなのだろうか。
というか、現世であんなに苦労していたのが馬鹿みたいね。だって、この世界では、このしゃくれた顎さえも、『愛おしい』と想ってくれる、仁よりハンサムな王子様がいるんだから♡
私は、誰にも見られてないことをいいことに『グフフ』と気持ち悪い顔を浮かべる。
人生イージーゲームじゃない! やっぱり、私は最初からこうであるべきだった! 元からこちら側の人間だったのよ。
ふふん、素晴らしいシンデレラストーリーね。
ステンドグラスに映った自分を見つめ、さらに気分が高まる。
この場所は、女の子の夢が詰まった場所。見る場所全てがメルヘンチックで、絵本の中に入り込んだみたい。天井はシャンデリア、床はレッドカーペット、アーチ窓や、紋章が彫られてる両開きのドア。その情報全てが、私を興奮させた。
本当は、すぐ戻れるのだが、せっかくなので少し冒険したい。ローズも多分怒らない人だろう。
エレベーターの直ぐ側には、階段があった。ここへ来るまでは、ローズに部屋を案内されただけなので、4F以下は何があるか分からない。
ちょっとくらい、いいよね。
私は、ドレスの裾を上げながら、ゆっくりと階段を一段、一段、降りていく。
その時――体がふわりと浮いた。
ドンッ!!!
衝動で、されるがまま、私は、地面へ転がり落ちた。一瞬の出来事だから、何も考えられなかった。
足がグキッとくじいた音がして、咄嗟に手で押させる。痛くて、すぐに立ち上がることができない。近くにある手すりを触ることぐらいしか、できなかった。
「あらぁ〜。 手が滑ってしまったわ。」
「まあ、この方。次期国王様のご婚約者ですよ〜? 私たちが悪いみたいじゃない〜。」
「やだわぁ。よそ見してるのが悪いんじゃなくて?」
声の先を、恐る恐る見上げる。3人の女性が私の姿を見て、笑っていた。
彼女らは、皆、髪が長く、毛先をくるくると巻いてる。ドレスは、赤、黃、オレンジと、派手めである。片手に持っている扇子がシャンデリアの光で反射で、少し眩しかった。
私を見るその目。ゴミを見る目かのようなバカにした表情。私が姫なはずなのに、立ち位置が逆転しているようだった。
その事実を自分で言い聞かせ、震える手を抑えながら、口を開いた。言いたいことは、ちゃんと言わなきゃ。
「よそ見なんて、してません……。」
「は?」
3人のうちの1人が、眉間にしわをよせていた。
その後、他の女らも、次々に痛い言葉を私に投げかける。
「歩き方すら分からないのぉ〜? ほんと、この人が次期王妃で大丈夫かしら〜?」
「それに、貴女、他所ものなんでしょう? 一体、どんな場所でどういう生き方をしてきたのかっ。 オルクス様も、よくご承諾したものよねぇ〜〜。」
その言葉、訂正するわ。私はね、王子様にご指名されたのよ。その言い方じゃ、まるで私が婚約したくて、この宮殿に来たみたいじゃん。
ちょっと前まで、マチアプの男と通話する予定だったの。まあ、この人たちに言っても、出会い系アプリなんてことを話したら、さらにバカにされそうだから、言わないけど。
そんなことを、心の中でブツブツ言いながら、挫いた足を触る。痺れて簡単には立てない。ジンジンして、痛い。
悔しい。言い返したいのに、どこか怖い。
「「「やんなっちゃう〜〜。」」」
彼女らが、扇子で口元を隠しながら笑っていると、遠くからヒールの男がかすかに聞こえてくる。
コッコッ…と、鋭い音。その音は、だんだん私たちの方へ近づいてくるようだった。
そして、そのあとは、私たちを察知した途端、ピタリと止まった。
「何の騒ぎ!!」
階段は、よく声が響く。その瞬間、先ほどまで嫌味を吐いていた女らが、一瞬で静かになった。
「ジュリエッタ様……!!」
女らにそう呼ばれた彼女は、私の下へ全速力で階段を駆け下りる。
この宮殿内で大分珍しい、ショーットカットの黄金の髪色の女性。ドレスもキラキラと光り輝く黄色のドレスを纏っていた。
彼女の姿を見つけたとき、この人は、他とは違うという確信を持っていた。私をまっすぐ見つめ、ニコッと太陽のような眩しい笑顔を向けてくれたからだ。
そして、すぐさま私の肩を抱きかかえる。
「貴女…大丈夫?」
「はい……えっと……」
そして、自然と視線は嫌味を言ってきた女3人組に目を向ける。『コイツらにやられました』と言わんばかりの顔をジュリエッタに向けてみた。女の世界は、顔だけで、一体何を言いたいのか分かるものである。
すると、彼女は、私のメッセージを察したのか、無言の圧を3人組にキッと向けた。
「私は、なにもしてませんわ!! イーノ!貴女がやったわよね?」
「は!? やってません!! …ちょっと、リィナ、ウソをつかないでくださる? そうよ! やったのはアンネよ!! 早くジュリエッタ様に謝って!!」
フレネミーな人たちを、私は心の中で嘲笑う。
ふん。ざまぁ見ろ!!
お姫様に楯突くと、外野が黙ってないんだから。さぁ、ハエは帰った帰った!!
「謝るのは私じゃないでしょう。 この方に謝りなさい。」
ジュリエッタが、そうはっきりいうと、彼女らは別人かのように人格が変貌し、私の前に跪いた。
「「「……申し訳ありませんでしたっっ!!!」」」
※ ※ ※
「ありがとうございました…。」
私は、手すりをうまく掴みながらゆっくりと身体を起こす。
それにしてもすごかった。私が言い換えしても、火に油を注ぐだけだったのに、ジュリエッタが来たら、すぐ頭を下げるんだもん。
彼女は、私の姿を隣で見つめながら、腕を組んでいる。
「私は、正しいことをしただけよ。」
ペコリと軽くお辞儀をし、身体を起こして、階段を登ろうとする。
…がしかし、余程おかしい方向に挫いたのか、足が思うように動かない。階段を登りたいのに、震えてうまく上がらないのだ。
両手で手すりを掴み、ゆっくりと上がろうとすると、彼女が私の元へ近く駆け寄ってきた。
「……私の肩を貸すわ。部屋まで、送ってあげる。」
何から何まで申し訳ない。今回ばかりは仕方がないので、お言葉に甘えることにした。
階段を登り終え、私たちはローズがいる私室へと向かう。
彼女は、私より高く細いヒールを履いているのに、一切よろむいていない。むしろ、肩を借りられているのに、モデルような歩きだ。姿勢が良い。ものすごく。
すると、彼女は私の顔を見つめた。不意に視線が合って、目を逸らす。
「私は、ジュリエッタ・ランベール。生まれたときから、この宮殿にいたわ。何かあったら、何でも言ってちょうだい。」
「コハネです……その、ありがとうございました……。」
「お礼を言い過ぎよ。貴女、次期王妃になったんですって? 見たわよ〜、さっき。ここは、意地悪な人も多いから気をつけなさいね。」
そして、クスッと笑った。有名モデルかのようなこの美しさ。ローズも巨乳で可愛いなって思ったけれど、ジュリエッタは、また違う良さがある。162センチの私よりも、ずっと背が高くて、腰も細い。
おまけに狐のような瞳。ファッション雑誌の表紙に載っていてもおかしくない。
なんだか、いい人っぽいな。私のことを気にかけてるみたいだし。
「私、もっと知りたいわ。貴女のこと。オルクスがどんな人を選んだのか、この目で確かめてみたいのよ。」
しばらくして、彼女の独り言のような言葉に、心臓がドキンとする。
今、オルクス様じゃなくて、オルクスっていった……?
私の部屋の前につき、ノックする前に、ジュリエッタが3回ドアを叩いた。
しばらくして、ローズが私たちの姿を見て、目を丸くする。
「ジュリエッタ様!?…と、コハネ姫!! お待ちしておりました! 」
「ローズ。久しぶり。コハネが足をくじいてしまったの。手当てをしてあげて。それじゃ、私はこれで。それじゃあ。」
『久しぶり』?
2人は知り合いなの?
まあ、でもそんなもんか。宮殿内にいれば、嫌でも関わるわよね。
状況が整理できない私に、ジュリエッタは手を振り、背を向けた。
「コハネ姫、ジュリエッタ様とお知り合いになったんですね!」
ローズが、私の左足に消毒液を垂らしながら、そう呟く。その液体が傷口に触れて、かなり染みる。痛い。
私の傷は、軽い擦り傷によるものだった。
やれやれ、異世界転移初日で、怪我をするなんて。これから先、すぐ死んじゃうんじゃない?
「ローズこそ。知り合い?」
「当然でございます! 彼女は、思ったことをはっきりと言う、ご令嬢さんです。あとは……」
「あとは?」
嫌な予感がした。別に、ローズが変な表情をしているわけじゃない。この変な間が、なんだか気持ち悪くて、恐ろしかった。勘というものだろうか。
彼女は、ガーゼをチョキチョキとハサミで切りながら治療を続けている。その音が、ものすごくはっきりと聞こえ、不気味だった。
生唾を、ゴクリと飲み込んだ。
「オルクス様とは、0歳からの幼馴染ですね。」




