第5話 王子様の部屋で
数十分経ち、ドアのノック音が聞こえ、私はベッドから立ち上がる。
足音がかなり聞こえる。一体、何人、人を呼んできてくれたのだろうか。
彼女らと目が合って、会釈をする。ざっと10人は居る。恐らく、西洋のドレスは着付けが非常に大変なため、複数人係で行う必要があるからだ。ほかにも、メイクや部屋セットにもたくさんの人が必要なのだろう。
彼女らに椅子に座るよう指示され、私はドレッサーに映る自分を見つめていた。
※ ※ ※
「コハネ姫。こちらのドレスと、こちらのドレスではどちらがよろしくて?」
着付け係の女性が持っている2つのドレス。私は、真剣に2つを眺めていた。左手に持っているのは、絹のような素材でできた、大きなリボンが特徴の、深海の海色のドレス。右手に持っているのは、薔薇の刺繍が入った桜色のレースのガーリーなドレスだった。
2つ並んでいるドレスを、私は、『うーん』といいながら首を傾げる。
「この中だとこっちかな?」
「じゃあこちらとこちらでは?」
今度は、先ほど選ばなかった海色のドレスをハンガーラックにかけ、再びほかのドレスを手に取る。
「うーん、こっちかな。」
「かしこまりました。」
数々の試行錯誤を練った結果、結局私は、1番最初から選んでいた、桜色のドレスをすることにした。小さい頃から好きな色はピンクだったし、何よりも1番ヒロインっぽく、お人形さんみたいで可愛いと思ったからだ。
着付け係らは、私が選んだドレスをハンガーから外し、着付けの準備を始めている。
すると、背後から、別の女性が声を掛けてきた。鏡越しに目が合う。
「姫様。ヘアセットのリクエストはございますか?」
私の髪の長さは、胸くらいまであるセミロングヘアだ。そのため、ある程度のアレンジは効くだろう。少し前までは、ボブが1番似合うかなと思っていたけど、顔が細長いためあまり映えない気がして、最近はずっと髪を伸ばしている。
この世界の普通の髪型なんて、さっぱりだ。先ほど廊下ですれ違った令嬢たちをみても、前の世界みたいにポニーテールだとか、数分でできるようなヘアスタイルはまずいなかった。毛先を巻くのが当たり前、奥に編み込みをしたり、髪の毛でハートを作ったり。バリエーション豊富なようだ。
「うーん、私が1番可愛く見れるような髪型にしてほしいかな。」
ヘアスタイル担当の女性が笑みを浮かべる。
「はい。かしこまりました。」
「お願いします。」
「完成致しました!!!姫様、お疲れ様でした!」
着付け、髪、メイク……ざっと1時間以上は掛かった。彼女らは『お疲れ様』というけれど、別に、私は、座っていたり立っていただけだから、疲れてはいない。むしろ、お疲れなのはスタイリスト達の方だ。お疲れ様でした。
私は椅子から立ち上がり、ドレッサーに映った自分を見つめる。
「わぁ……。やっぱり可愛い……。」
カチューシャのように編み込みされ、後ろ髪をハーフで2つに縛り、小さなピンクと白のリボンを複数組み合わせたヘアスタイル。インスタの美容室アカウントでしか見たことがなかったので、思わず自惚れてしまった。メイクも、濃すぎず、薄すぎず、バランスのいい色あい。眉毛を薄く整え、少女漫画のヒロインのように長いまつげと、美しさの象徴である三日月アイライン。女性らしさを際立たせるときめきのチークは、全世界の人々を魅了させるほどの力があるようにも感じた。
つまり、何が言いたいかというと、やっぱり私は可愛かったということだ。こんな素晴らしいビジュアルなのに、なぜ、前の世界のマチアプ男は、私をブロックしたり、返事を返してこなかったのか。ほんと、惜しいことをしたな。
側にいたローズが、部屋中に響くほどの拍手で、私を顔を覗き込む。
「ですよね! この飾りとドレス。世界的に有名なデザイナー・ヒューズ様のものでして、こちらの素材は、なんと6億ドルする……‥」
「……ローズ。」
「はい?」
「それを着飾る私も、可愛いわよね?」
「……はい♪」
「今、間があったけど、どういうことかしら。」
彼女からは、ふわふわとした雰囲気を感じる。癒し系キャラなのだろう。
だから、多分、悪気はない。
※ ※ ※
ローズに王子の私室を案内され、ドアの前に立つ。
私の部屋は、5F。ちなみに王子の私室も5Fである。同じ最上階なはずなのに、距離は非常に遠く、目が回りそうだ。先ほどからずって同じ景色ばかり。歴代のお偉いさんような石像、石像、たまに薔薇の花瓶、石像…石像……。
「こちらが、オルクス王子様のお部屋でございます。」
ドレスの裾を踏むまいとチビチビあるいていると、少し遠くにいるローズがふと立ち止まる。
「案内ありがとう。」
「お安い御用でございます。では。」
すると、彼女は何事もなかったかのように、背をくるっと向ける。
「え!? ローズ、入らないの?」
私が声をかけると、彼女はピタリと動きをとめる。
「お2人の愛の巣に割り込むわけにはいきませんから♡」
心なしか、語尾にハートマークがついているような気がした。『うふっ』と気品のある笑みを交わし、また背を向ける。
私は絶対に逃がすまいと、彼女の裾を追いかけて掴む。
「ちょっと待って! いていい!!いていいから!!」
あのイケメンと2人きりだなんて心臓が持たない!! 誰かいてくれないと、恥ずかしくて倒れてしまう!!
それに、今日オルクス王子と初めて出会って、婚約者だと言われて、何を話せばいいのか、こんがらがるし。
「本日は、予定がございません。明日からスケジュールぎっしり埋まっておりますので、今のうちにごゆっくりと♡」
「あっ!!」
そういって、ローズは階段をおりていってしまった。凄まじい速さだ。追いかけたいのは山々なのだが、この長いドレスでは、うまく走れない。
………仕方がない。行くしかないわ。1人で。
収まらない鼓動を落ち着かせようと、胸に手を当てる。
大丈夫よ……ただ、お礼を言いに来ただけだもの。
『お二人の愛の巣に割り込むわけにはいきませんから♡』
落ち着かせようと思ったのに、先ほどのローズの言葉が頭をよぎって、顔が熱くなる。
もう! 愛の巣だなんて! そんなラブラブみたいな!
そうじゃないのはわかっているが、不意に顔が熱くなって、さらに平常心では居られなくなる。
ノックを3回を鳴らす。2回だと、トイレだからね。
もう、ここまで来たらあとには戻れない。当たって砕けるわよ!!
「コッ…………コッコッコッッ……」
自分の名前を言うだけなのに、『コハネです』って、ただそれだけなのに、言葉詰まってうまく話せない。
鳴くのが下手なニワトリか。私は。
すると、部屋の内側から、カチャという開ける音がし、静かにドアが開く。
オルクス王子の姿だった。目を丸くしている。
その美しいビジュアルに、さらに言葉を失った。
「わっ………こんにちは!…じゃなくて! ごきげんよう!」
「あはは。 そんなにかしこまらないで。 どうぞ。 足元気をつけてね。」
よく見ると、部屋を入るとすぐに段差があるようだった。みっともない姿を見せないように気をつけないと。
「お邪魔します。」
オルクス様の部屋は、壁は、白をベースにした細いゴールドのラインと紺のライン、床はレッドカーペット。
深青のロココ調アンティークソファーと、メルヘンチックなローテーブル。さらに奥へ進むと、カーテン付きの青い天蓋ベッドがあった。
なんだか、落ち着く匂い。香水とは違う、自然溢れる石鹸の香り。ツンとする強い匂いではなく、ほのかに香る優しい匂いがした。
ソファーに座っていると、彼がハーブティーを淹れてくれた。『熱いから気をつけてね』といいながら、向かい側に座る。ある意味、隣に座ってほしかったかもしれない。目を合わせないといけないから、余計に恥ずかしい。
「ドレス、着せてもらったんだね。すごく可愛いよ。」
「…!! ごほっごほっ!」
突然の言葉に、哀れふためき、気管支がむせた。息がしづらくて苦しい。というか、首元が熱い。やけどだろうか。
まさか、ドストレートに言うなんて! イケメンからの褒め言葉なんて、慣れてない!!
変なところは見せまいと頑張っていたので、1人でアガって空回りしてるよ…。
「コハネ!? 大丈夫、?」
心配する彼に、私は手でサインを送る。
「大丈夫…ありがとう。――ヴッッッ!!」
本当は大丈夫じゃない。話すと、余計にむせて吐きそうだ。喉の中の小さな虫が暴れている。いいから、早くどっかいってよ。オルクス様に、変なところ見せちゃったじゃない。
おっさんみたいな声を出しちゃった。みっともないわ。
※ ※ ※
結局、彼からお冷をもらい、なんとか落ち着いた。虫もどこかへいなくなったようだ。
やれやれ、私たちの時間を邪魔しないでちょうだい。私は、お姫様なんだからね。
今度は、絶対引っかかるまいと、ゆっくり紅茶を口に運ぶ。
「……お部屋、オルクス様がデザインしてくれたんですって? 私、すっかり気に入っちゃったわ。ありがとう。それを言いに来たの。」
「僕は、鳥のぬいぐるみを受注をしただけだよ。女性のガーリーさは、女性にしか分からないからね。」
そういうと、彼はくすっと笑った。無邪気な笑顔とは違う、大人の落ち着いた笑顔。そのクスッとした吐息さえも、回収したい。お願いします。
「あと…あと……」
「あはは。聞きたいことがたくさんあるみたいだね。そりゃ、急にこんな世界に来たし、驚くよ。いいよ。なんでも聞いて。」
「……じゃあ、どうして、私を婚約者として選んでくれたの?」
「んー。どうしてだろう? こういう人がタイプだなって思って。気がついたら、イメージ像ができてたね。」
「へ、へぇ〜〜……」
それにしては、なんだか不自然な気がする。まあでも、ラノベの世界もこんなものか。『なぜか』溺愛されるのが、お決まりルートだものね。いいのよ。それで。
ベタなシェイクスピアで♡
私が、『うんうん』と1人で納得していると、彼が気づかぬうちに身を乗り出す。
「……あれ、伝わらなかったかな。」
コトン、とティーカップを置く音。私たちしか部屋にはいないから、余計に心臓の脈が速くなる。
彼との距離が近くなる、いい香りが鼻につく。
「君は、僕の理想の人だよ。コハネ。」
そして、ゆっくりと、私の赤い唇を撫でた。
綺麗な大きい瞳。鮮やかに輝く深緑の澄んだ瞳は、私の心の中を見透かされるようだった。
美しい白髪。その髪1本1本が、シャンデリアの光で輝いていた。
近距離で目をそらすことさえも制限され、慌てふためいているのもバレてしまう。恥ずかしい。
私、こんな幸せでいいのかな?
だって、ちょっと前まで、姉の幸せそうな顔に嫉妬していたのに。『幸せなのは今のうちだ』と毒を吐きたくなるほどの、性格悪さなのに。私。
しかし、そんな悲劇のヒロインぶらなくても、元凶はすぐそこにあった。持ち前の性格の悪さは、やがて、自分の元へと返ってくると。そう、思い知らされる日が、今日であることを、私はまだ知らなかった。
オルクス様の婚約者という、その紛れもない事実が、宮殿内にいる女性たちの火を大きくつけたのである。




