第2話 現世とさようなら
夜は静かだ。大人も子どもも、家にいて、皆それぞれの時間を楽しんでいる。
私だって、普段この時間は、スマホで音楽を聴いたり、漫画を描いたりしているはず。
なのに……、なのにっ……!
「ちょっと!! どこへ連れて行く気!! これじゃあ、誘拐じゃない! 警察呼ぶよ!!!」
私・牙端 恋羽(きばたん こはね)は、突如現れた整合騎士団3人組に、どこかへ連行されて行くところだった。
彼らの鎧の音が、なんともまあ、うるさい。カチャ、カチャと言っていて、わざとらしくなっているように聞こえた。
身長は高い方だけれど、力はない。なにせ、中高6年間文化部だったから足も腕もヒョロヒョロである。そのため、ガタイの良い彼らに軽く捕まれても、全く抵抗できなかった。
3人は、私の言うことなんて当たり前に無視。ロボットかのように、私をせっせとどこかへ連れて行く。
私は、最後の悪あがきのように腕をジタバタ動かす。
「こんな美女を無理やり連れて行くなんて、犯罪よ!!」
「………美女?」
赤髪の男性が、立ち止まって、私を見つめる。
「……なによ。違うって言いたいの。」
彼らは、何も言わず、再び歩き出す。
なんとも言えない、気まずい空気が走った。
特別寒いわけではないのに、なんだか冷たい。
……美女、よね? 私。
※ ※ ※
あれから、どれだけ歩かされただろうか。見渡すと、何もない土手のような場所に来ていた。こんな時間だから、人気はゼロ。川のせせらぎが静かに流れている、それだけだ。
というか、こんなキャラクターもののパジャマのまま連れ去られたから、恥ずかしくてしょうがない。
「さて……ここでしたかね。境界は。」
そして、金髪の男性が、ホット一息をつき、手を、はたいてる。
それに倣って、ほかの2人も柄ものの手袋をはめる。
私は、目を丸くした。何をされるかは分からないけど、なにかヤバいことをされる予感はしていた。
「なにする気っ…!」
金髪の男性が人さし指を立て、何もない空間に手を当てる。
嫌な予感がして、今すぐにでも逃げ出したい。怖くて、しょうがない。
「はっっ!!!」
そして、その何もない空間から人間一人がすっぽり入れるくらいの隙間が現れた。
何が起きているのか、さっぱりわからない。力を抜くと、その場で倒れそうだ。
空洞の中は、絵の具の色が混ざったような奇妙な色。
「はい、入って。」
「え!? いや、え!? ちょ…ちょっと…!」
3人は、満面の笑みを浮かべた。『どうぞ』と言わんばかりに、手をその空間に向けた。
いや、いやいやいや。そんな怪しそうな場所に、私が快く入れるわけじゃない!!
パニックになっていると、その様子に彼らが同時に気づいたのか、わざとらしく後ろに駆け寄る。
気配を察知し、背筋がゾワッとなった。
「はい、背中押しますよ。」
「ぎゃぁああああ! そこ、そこはお尻!!! このセクハラ野郎〜〜!!」
触った場所とは背中より少し下のような気がした。柔らかい桃に触れられて、私は悲鳴を上げる。
彼らに押され、私はそのまま異空間へ突入。空気が澄みすぎて、思わず咳き込んでしまうほどたった。
身体が宙に浮き、なんだか気持ち悪い。あ、体調が悪くなってきた…お腹痛い。
目を開けると、めまいがしそうなため、私は怖くてずっと目を閉じていた。殺されるかもしれないという、この危機感はずっと頭から離れなかった。
こんなことになるなら、仁に最後に告白をすればよかった。
脈無しだし、振られるのは百も承知だ。だけど、ちゃんと気持ちに区切りをつけたかった。『もしかしたら』という希望を持たずに済むから。
仁はきっと忘れたと思う。何気ないあの日の会話のことなんて。
※ ※ ※
小学校6年生の時。私と彼は同じクラスだった。席は、隣同士じゃなかったけど、近くの席になったら、貴方はいつも話しかけてくれたよね。
『こはね、おはよ〜。』
『じん! おはよう!宿題終わった?』
ピンク色のランドセルを机に置き、通路挟んで隣には、いつも仁の姿がいた。
彼は、かなり前から学校に来ていたようで、1時間目の算数セットが用意されている。
『なんとか。大変だった〜。』
『計ド多かったよね〜。うちも大変だったぁ。』
この時は、私は、自分のことを『うち』って言っていたっけ。中学に入って、友達に指摘されて、『私』に直したけど。懐かしい。
私が、ランドセルの中から教科書類を取り出そうとしていると、彼の視線をまた感じる。
振り向くと、私の瞳を、まじまじと見つめていた。
『………てか、今日2つなんだ。』
小6の私の髪型は、ポニーテールだった。しかし、お母さんが『たまにはツインテールも可愛いんじゃない?』と言ったことがきっかけで、今日だけツインテールで登校することになった。
小6なんて、もう子供じゃないのに、ツインテールだなんて、恥ずかしいよ。当時の私はそう思って、嫌々学校へ行ったことを覚えている。
なのに、彼にさらっと指摘され、咄嗟の2つの結びで顔を隠す。
『あー、まあね……』
どうしよう。ガキっぽいって思われたかな。やだなぁ。男子にからかわれるの。
だから、ツインテールは嫌だったのに。
彼の口から出る言葉に怖がっていると、意外にも気の抜けたような返事をした。
『……ふーん。』
え!? それだけ!?
せめてなんか、もっと、こう、いい返事なかったの!?
と思ったのが、最初の本音。
でもね、私、知ってたんだ。
『ちょっと! こはね!! 仁のやつ、2つのほうが可愛いって!!』
『えー、でもこはねは、1つのほうがかわいいよねぇ?』
女友達2人が、私に駆け寄って、そう言ってきたこと。なんで、彼女らが仁に迫ったのかは、わからない。
じゃあ、あの反応は――――
でも、もうそんなこと考えても意味ないね。
私は、これから、チューディッシュ王国の姫になるのだから。
ほんと、意味わからないけど。
こうなったら、私を指名した王子が、仁よりブスだったら許さないんだから!
なんてたって、仁は周りの友達に『芸能界いける顔面』って、言われてきてたレベルなのよ。
※ ※ ※
「コハネ姫。……着きました。」
「今こそ、お目覚めの時です…。」
「さあ、どうぞ。」
整合騎士団らの声で、私は息を整える。
空気が落ち着いて、ようやく慣れてきた。何やら、遠くから人の話し声が聞こえ、武器のような音も微かに聞こえてくる。
地面も、レッドカーペットのような柔らかさで、心地よい。
ついに、来てしまったのね。
目を開けたら、多分、今までの生活では考えられない景色がきっと広がっているのだと思う。
漫画や映画でしか見たことのない、西洋の世界が―――




